養父市 でテレビアンテナ工事をお考えの方へ
目次
養父市 でアンテナ工事でお困りの方はお任せ下さい。
兵庫県養父市(やぶし)は、兵庫県の北部でやや西寄りに位置し、西端部にも接している市です。但馬地域に属する養父市の総面積は422.91平方キロメートルで、兵庫県の41市町では6番目に広い自治体になります。また兵庫県全体の面積、8,400.96平方キロメートルのうち、約5パーセント。但馬地域の約19.8パーセントを占めています。2022年(令和4年)3月末日時点での市の人口は22,177人。うち男性が10,665人、女性が11,512人です。また市内には9,236世帯が暮らしています。
当あさひアンテナでは、養父市全域でのBS/CSや地デジなど各種アンテナ設置、またアンテナ修理、交換など各種アンテナ工事に対応しております。弊社では現場ごとの地デジ、BS/CSの受信環境、また現場の自然環境や気候などの諸条件を踏まえ、安定した受信性能をはじめ、風雨などの影響を避けて、故障しにくく長寿命となるアンテナ設置工事を、業界最安に挑む低価格でご提供いたします。
アンテナ工事のお問い合わせやご質問に関しては、弊社では「メールフォーム」「フリーダイヤル」「LINE」により受付が可能です。
またお問い合わせやweb見積もりはもちろん、弊社の職人が現場に出張しての「地デジ電波調査」「お見積もり」まで、すべて「0円」となっております。その結果にご満足いただけず、アンテナ工事の本契約にいたらなかった場合も、キャンセル料などすべての諸費用は、やはり「0円」でございます。
2022年現在の「新型コロナウイルス感染対策」といたしましては、弊社では現場へ出向く職人など全従業員に「高性能マスク」「除菌スプレー」や、手袋、目、鼻、のどを消毒洗浄する専用の「医薬品」などを支給し、各自、現場作業の前後など適切なタイミングで、作業車や作業着の除菌、うがいや手洗いなどを頻繁、綿密に行っております。
さらに従業員の体調管理体制として、全従業員に出社前、昼、夜の「日に3度の検温」を実施し「全従業員でデータを共有」しております。他にも日々、現場作業員の「1日の行動分析」を実施して「感染リスク」がないかを確認。そして37.5度以上の発熱など、体調の異変や感染リスクが生じた場合は、安全が確認できるまで休むよう指導する体制で、お客様の安全に万全を期しております。
兵庫県養父市において、CS/BS、地デジアンテナ設置、また修理、交換など各種アンテナ工事をお求めのお客様は、当あさひアンテナのフリーダイヤル(0120-540-527)か、公式サイトのメールフォーム(https://asahi-antenna.jp/contact/)。またLINEアカウント(QRコード:https://line.me/R/ti/p/%40396mlzgh)をご登録いただいてのご相談、お問い合わせなど、どうかお気軽にご利用ください。
養父市 の方でアンテナ工事に関するよくある質問
- Q
養父市で受信できる地デジ電波と設置できる地デジアンテナ機種はどのようなものですか?
- A
養父市は兵庫県の本州部でも、北部の内陸部に位置し、中央からやや西寄りで西端部に広がる市です。市域の多くを山地が占めており、北東部の円山川と、そこから西側の支流沿いに主な市街地が形成されています。
養父市内では市内に位置し、NHK神戸、広域民放と兵庫県の地方局、サンテレビジョン(サンテレビ、SUN-TV)を送信する八鹿中継局からの地デジ電波を、円山川沿いの主要市街地一帯で受信できます。
他にも円山川沿い、市域の境界部では、隣接する朝来市の和田山中継局、および美方郡香美町の兵庫日高(日高)中継局からの地デジ電波を受信できます。両中継局とも、八鹿中継局と同じ局の地デジ電波を送信しています。
しかし養父市内の市街地でも、辺境地などでは地デジ電波が届かないケースもある他、それ以外の大半の産地では地デジ受信ができなくなっております。他にも市内ではケーブルテレビ局として、養父市ケーブルテレビジョン、ケイ・オプティコム(eo光テレビ)が市内全域に対応しております。
そして現在の地デジアンテナ機種は、魚の骨に似た形状の八木式アンテナと、薄型平面のデザインアンテナになります。
八木式アンテナは古くアナログテレビ時代から使用されている、屋根の上にアンテナ設置する古典的な機種で、設計完成度の高さから現在でも高い地デジ受信性能を誇ります。一方で、現在でも主に屋根の上に設置するため、風雨などにより経年劣化が進みやすい弱点もございます。
デザインアンテナは2009年頃より普及しはじめた機種で、軽量で壁面にアンテナ設置を行うため、家屋の外観を損ねず、風雨などにも影響を受けにくい、そのため故障しにくく修理やメンテナンスも簡単になるなどメリットが多く、現在では一番人気のアンテナ機種です。
また現在のデザインアンテナは地デジ受信性能も八木式アンテナに劣りませんが、アンテナ取付け位置の低さから、感度がやや下がるケースがあるのと、本体価格やアンテナ取り付け費用もやや割高になっています。
養父市でも地デジ電波が届く主要市街地であれば、デザインアンテナ、八木式アンテナのどちらを利用しても、安定した地デジ受信が可能になります。ただ市街地でも辺境地などで電波が届きにくいエリアや、地形が複雑な現場など、現場の環境によっては、アンテナ取り付けに使用できる機種、工法に条件が生じる場合もございます。
当あさひアンテナでは地デジはじめ各種アンテナの設置費用に、アンテナ本体価格が含まれております。お客様にとっては本体価格を含むアンテナ工事費用のご負担のみで、別途にアンテナ本体を購入される必要も、工事費とは別にアンテナ本体代金を支払われる必要もございません。
弊社でご用意している各種アンテナは、すべて日本の一流メーカー、DXアンテナ社製の高性能モデルでございます。
八木式アンテナは耐水性、耐風性が高い軽量モデル「UA20」本体価格込み基本価格「15,000円」から。デザインアンテナは20素子相当で業界最小クラスの超薄型モデル「UAH201」本体価格込み基本価格「20,000円」からで、アンテナ設置を施工いたします。
他にも高性能アンテナやアンテナブースターなどの各種機器もご用意しており、あらゆる現場への対応が可能となっております。
弊社では公式サイトのメールフォーム、フリーダイヤル、LINEによる各種アンテナ工事のご相談、ご質問、web見積もり。また弊社の職人が現場に出張しての、高性能の電波調査器による地デジ電波調査、具体的なアンテナ工事費のお見積もりまで、すべて無料で行っております。また出張料、キャンセル料などの費用も1円たりとも発生いたしません。
高い技術と豊富な経験を誇る弊社のアンテナ職人は、養父市での地デジアンテナ設置においても、お客様のご要望を最優先に、各現場の電波状態や周辺環境などを踏まえ、受信性能の安定と、経年劣化を軽減し、故障リスクも低くなる地デジアンテナ工事を、業界最安値に挑む低料金でご提案いたします。
またお客様のご要望や現場の条件によっては、地デジアンテナ設置より、前述したケーブルテレビをご利用になった方が、リーズナブルで安定したテレビのご視聴が可能になるケースもございます。弊社では必ずしもアンテナ取付けにこだわらず、お客様のご利益を最優先とするご提案を心がけております。
兵庫県養父市にて高品質な地デジアンテナ設置を低価格でお求めのお客様は、当あさひアンテナのフリーダイヤル(0120-540-527)か、メールフォーム(https//asahi-antenna.jp/contact)。またはLINE(QRコード:https://line.me/R/ti/p/%40396mlzgh)まで、どのようなことでもお気軽にご相談ください。
- Q
自宅で購入したアンテナの設置だけを依頼できますか?
- A
当あさひアンテナではあらゆるアンテナ設置工事について、お客様のご要望を最優先に施工しております。もちろんお客様が他店で購入された各種アンテナ取り付け工事にもご対応いたします。
弊社ではまずお客様にご信頼いただけるよう、弊社サイトにて各種アンテナ工事の基本費用、各オプション工事や機器の料金体系。またご提供する各種アンテナの機種、型番などをすべて明記し、お見積り価格にもご納得いただけるよう心がけております。
アンテナ施工業者とのトラブルの原因としては、施工業者が現場においてお客様に無断で工事、機材などを追加し、工事費用に加算したため、当初の見積もり価格より請求額が高額になるというケースが多くなっております。そのため弊社では現場においてお客様に無断での機材、工事などの追加は厳禁としており、原則として当初のお見積り通りの施工を実践しております。
また弊社では前述の通り、国内の一流メーカー、DXアンテナ社製の高性能モデルをご用意し、あらゆるアンテナ設置工事を、アンテナ本体価格込みの設置工費でお引き受けいたします。
例えばBS/CS110度アンテナでは、従来の2Kフルハイビジョンと4K8Kのスーパーハイビジョンに対応する最新モデル「BC45AS」を採用しており、本体価格込み基本設置工事を「15,000円」からでお引き受けいたします。
さらに台風などが多い地域向けのBS/CS110度アンテナとして、ディッシュ部にある無数のパンチングホールから風を通す。太いマスト(金属支柱)や強力なマスト押さえ金具。ディッシュの端とアームを固定するなど数々の工夫により、日本で考えられる最大級の台風でも受信性能を損なわず、破損の可能性も極めて低い最新鋭モデル「BG453SE」のご用意もございます。
養父市でも東部、円山川沿いの主要市街地ではおおむね地デジ電波を受信可能ですが、それ以外の大半の山地などでは地デジ受信ができません。また市街地でも地形が複雑な現場や、地デジ電波が届く限界に近いエリアなどでは、地デジ受信に関してアンテナ機種や設置位置、工法などにさまざまな条件が生じてまいります。
したがってお客様が購入された地デジアンテナでは、性能や現場への適性により、確実な地デジ受信ができないケースも考えられます。またアンテナ本体価格と工事費用の総額が、弊社の本体価格込み地デジアンテナ設置価格より高額になることも十分にありえます。
弊社では各種アンテナ工事に関して、アンテナ設置のご相談から、現場での地デジ電波調査やお見積もりまで、すべて無料で実施しております。その結果にご満足いただけず、アンテナ設置工事に至らなかった場合も、キャンセル料などの費用は1円も発生いたしません。
養父市にて各種アンテナ設置をお考えのお客様は、ご自身でアンテナを購入される前に、当あさひアンテナのフリーダイヤル(0120-540-527)、メールフォーム(https//asahi-antenna.jp/contact)。またはLINE(QRコード:https://line.me/R/ti/p/%40396mlzgh)などへ、ご希望されるアンテナ設置工事や工事費の目安など、どのようなことでもご相談いただければ幸いです。
- Q
アンテナ故障した際の保証対応や、火災保険の適用は可能ですか?
- A
当あさひアンテナでは、弊社、また他業者のアンテナ設置現場に関係なく、突然のアンテナトラブルが発生したときは、弊社フリーダイヤル(0120-540-527)などでご連絡いただければ、最短即日、夜間工事にも対応可能の体制で、迅速にご対応いたします。
特に弊社のアンテナ取付け現場ば、業界最長クラスとなる「施工日から10年間」のアフターフォロー体制をご用意しております。これは弊社がアンテナ施工技術について、滅多なことではトラブルが生じないという高い自信を持っている証でもあります。
もし保障期間中、弊社が施工した各種アンテナにトラブルが生じた場合には、すぐ弊社フリーダイヤルなどへご連絡ください。弊社の職人が即座に駆けつけ、補償範囲内のトラブルであれば完全無料で責任をもって復旧までご対応いたします。
弊社ではアンテナ設置工事が完了した際、担当職人の署名入り保証書をお渡ししております。通常のアンテナ保証については、この保証書をご提示いただければ、即座にご対応いたします。
ただ、もしお客様がこの保証書を紛失されて、アンテナトラブルなどの対応をお求めの場合には、弊社へのお電話でその旨と、当時のアンテナ工事について、お名前やご住所、施工時期、施工内容など、ご記憶の範囲でお聞かせください。
弊社でもすべてのアンテナ設置から10年間は、あらゆるアンテナ工事の資料をデータベース化して保存しております。お客様のお話を元に、弊社側で該当するアンテナ工事を確認でき次第、保証書をご提示いただいた場合とまったく等しい保証対応をいたします。
余談になりますが、お客様が加入されている火災保険には、通常「風災保障」が付帯しております。テレビアンテナは家屋の一部に含まれるため、風雨や雷、雪、雹、隕石、外部からの落下物などの自然災害によって損壊した場合には、この「風災保証」により修理アンテナ工事費が補償されるケースが多くなります。
具体的な保証については、保険の契約内容によっても異なってまいりますが、弊社ではアンテナ修理の際に、火災保険に関するご相談にも対応しております。
弊社へアンテナ修理をご依頼されると同時に、保険のご相談もいただければ、迅速で確実なアンテナ修理に加え、修理報告書、見積書、施工前後の画像など、火災保険を申請するために必要となる各種補償請求書類も、すべて弊社でご用意いたします。
保険会社との交渉については弁護士法の規定により、弁護士以外の者による代行はできなくなっております。そのため弊社で交渉の代行はいたしかねますが、お客様のご交渉については、専門知識を持つ弊社スタッフがご相談を受け付け、万全のサポートをいたします。
兵庫県養父市にて突然のアンテナトラブルの際には、当あさひアンテナにご一報いただき、アンテナ修理から火災保険の対応まで、すべてお任せください。
養父市 にお住まいで画面にE201、E202、E203の文字が出ている方
テレビ画面に"E201、E202、E203"と表示され番組が視聴できない
アンテナトラブルの形式として、突然、ご自宅のテレビで地デジのテレビ番組がまったく映らなくなり、画面に「e201」「e202」「e203」などの記号が表示されることがございます。これはテレビやアンテナにトラブルが発生し、テレビが自己診断機能を働かせてエラーコードで原因を示している状態です。最近のテレビはコードと同時にトラブルの原因を文章で表示するものもありますが、電波受信に関するトラブルの場合は、主に前述の三種類のコードが表示されます。なおエラーコードの種類は、トラブルの原因によって他にも数々のものがございます。
「e201」は、テレビ本体に届く電波のレベルが低下しているというエラーコードです。これは主にBS、CS放送で、豪雨や大雪など、悪天候の場合に表示されることが多くなります。BS、CS放送は衛星放送のため、悪天候では、波の乱反射によって電波状態が悪化するという弱点がございます。BSでは悪天候の際に電波を切り替え、画質、音質を落とすことで受信できるようにした「降雨対応放送」に切り替わる場合もあります。悪天候による受信不良は、天候の回復と同時に自然と復旧いたします。地デジ放送では、このコードが表示されることは少ないのですが、周辺の電波状態の悪化やアンテナ機器のトラブルなどにより、ときに表示されることもございます。
「e202」は、テレビ本体ににまったく電波が届いていないというエラーコードです。原因は大風や地震などによるアンテナ角度のずれや倒れるといったトラブル。またアンテナ本体、アンテナ線、ブースター(増幅器)、分配器など、どこかに故障が発生したことも考えられます。また単純にテレビとアンテナ線との接触不良という場合もありますので、このコードが表示されたときは、まずテレビやレコーダーなどの機器と、アンテナ線との接続部分をチェックしてください。
「e203」は、該当する放送局が放送休止しているというエラーコードです。基本的に放送局が、メンテナンスやトラブルなどによって放送を休止していることから発生する不具合です。このコードが表示されたときは、その他のチャンネルを確認して、正しく映っているなら放送局側に原因があると判断できます。ただアンテナ関係の故障でも、このコードが表示される場合がありますのでご注意ください。
これらのエラーコードが表示されたときは、ブロックノイズの際と同じく、まずテレビのリセットや、テレビとアンテナ線の接続部を確認するなどしてください。それでも回復しない場合は、アンテナ関係にトラブルが起こっていると考えられます。
その場合も、やはり当あさひアンテナのフリーダイヤル(0120-540-527)にご相談ください。まずお電話口にて、コードの種類やご自宅のアンテナ環境などとお伺いして、ご自宅で可能な対策をご説明いたします。もしお電話で問題が解決しないときは、ご用命いただければ、弊社の職人が最短即日でご自宅へ出向き、現場調査で原因を特定いたします。
当あさひアンテナでは、どのようなご相談であっても、出張費、見積もり費、キャンセル費はすべて無料で対応させていただきます。またトラブルの原因を特定した後は、弊社の職人からお客様に、修理に必要な工事のご説明と見積もり価格を提示いたします。その内容にお客様が納得され、正式にご契約なされた時点ではじめて工事にかからせていただきます。それまでは決して無断で工事を進めることはなく、料金も一切発生いたしません。
さらにアンテナ工事後の保証など、アフターフォローの体制も万全のものを用意してございます。テレビ映りに不具合が発生して、エラーコードからアンテナトラブルだと思われる場合は、まずは当あさひアンテナのフリーダイヤル(0120-540-527)へとお気軽にお電話ください。
養父市 についてもっと知りたい
これからお引越しを考えている方
養父市 てどんなところ??
兵庫県養父市は県の北部、やや西寄りに位置しており、西端部に接している市です。近隣の豊岡市と朝来市、美方郡の香美町、新温泉町の5自治体を合わせて但馬地域を構成しており、中でも養父市は中央部に位置しています。
市域の東部には一級河川である円山川(まるやまがわ)が南東から北東に流れ、その支流として西側に延びる八木川、小左川や大屋川、建屋川に沿って住宅地などが点在し、広がっています。市域は山がちな地形であり、西部には標高1,510メートルで県下最高峰である氷ノ山(ひょうのせん)や鉢伏山(はちぶせやま)。またハチ高原、若杉高原が位置し、北部には妙見山(みょうけんざん)がそびえています。
市内の気候は多雨多湿の日本海型気候であり、年間降水量は1,679ミリ程度。冬は季節風の影響もあって積雪量が多く、豪雪地帯にも指定されています。
現在の養父市には、縄文時代の史跡や古墳時代の文化財などが見られ、古代より人が住んでいたことを物語っています。奈良時代から平安時代には、市域に山陰道が通って一帯が栄え、郡部駅と呼ばれる街道の補給や休憩のための要所も置かれていました。安土桃山時代には豊臣秀吉によって八木藩が設置され、養父郡を治める城下町として発展しています。関ヶ原の合戦以降、八木城は廃城となりましたが、八木城跡は現在、国の指定文化財になっています。
江戸時代には円山川の流域は但馬地域の交通の要衝となります。但馬地方で養蚕が盛んになると、繭や生糸の集散地、近畿諸国における但馬牛取引の拠点としての役割も果たしてゆきます。
今日の養父市は、2004年(平成16年)に養父郡の八鹿町、養父町、大屋町、関宮町が合併して発足した市です。
現在の養父市内には、京阪神と山陰地方を結ぶ国道9号が東部から北西部にかけて、また姫路方面と山陰地方を結ぶ国道312号が東部を南北に走っています。2012年(平成24年)11月に供用開始となった北近畿豊岡自動車道の八鹿氷ノ山ICと養父ICによって、京阪神地域への交通の便が向上し、約120分程度で行き来できるようになりました。
鉄道網に関してはJR山陰本線が円山川沿いに通っており、市内にはJR八鹿駅とJR養父駅が位置しています。両駅から京阪神、山陰地方へはどちらもおよそ120分程度で到着可能です。また豊岡市の但馬空港(但馬飛行場)は市の北側、約10キロの地点に位置し、大阪伊丹空港までの所要時間は約35分となります。
このように交通の便は発達している養父市ですが、現在では兵庫県下でもっとも人口の少ない市になっています。近年では高齢化や農業の担い手不足に悩む典型的な中山間地域となっていますが、その問題を解決するため国家戦略特区に指定されており、中山間地域農業の改革拠点としての役割が期待されています。
また現在、腕の悪い医師のことを一般に「藪医者」と呼びますが、この「藪医者」の語源が、現在の養父市である「養父」であり、しかも元々は正反対の意味だったとする説があります。
江戸時代の初期、養父には優れた名医がいると評判で「養父の医者」といえば、名医の代名詞になっていました。この医師とは、江戸幕府の旗本で優れた医師でもあり、のちに将軍家の奥医師にもなった長島瑞得、的庵の親子だったともいわれます。
しかしその後、その評判に便乗した技術の低い医師が、養父で医術を学んだ「養父医者」を自称するようになり、いつしか「養父医者」は、下手くそな医師を示す「藪医者」に変化したといわれています。これは松尾芭蕉の門弟である江戸時代中期の俳人、森川許六が編纂した「風俗文選」という俳文集に記されている説です。
ただ実際には江戸時代より以前、医師が古く「薬師(くすし)」と呼ばれていた南北朝時代から室町時代に、すでに「藪薬師」という言葉が存在したことが確認されています。
実際の藪医者の語源としては、神に祈り神の言葉を伝える「巫(ふ)」という言葉から、呪術によって医療を行う田舎の霊能者「野巫(やぶ)」に由来する説。または「藪」が単純に草深い田舎を指し、技術の低い田舎の医師を指す。他にも「野暮な医者」が変化した。いわゆる「藪蛇(藪をつついて蛇を出す)」を起こす医師。藪のように見通しのきかない医師などの説があります。
事実はどうあれ、養父市では「風俗文選」の説にちなんで、2014年(平成26年)より、僻地での医療活動を行う若手医師を対象にした「やぶ医者大賞」を主宰しています。
養父市の特産品のひとつとして「蛇紋岩米(じゃもんがんまい)」があります。蛇紋岩米とは、美味しいお米に欠かせないマグネシウムや鉄分を多く含む、市内の蛇紋岩土壌で育てられたお米のことです。この蛇紋岩土壌は養父市内でも限られた地域にしか分布しておらず、そのため収穫量が少ないことから「幻のお米」とも呼ばれています。
もうひとつ、市内の八鹿町朝倉を発祥とする「朝倉山椒(朝倉さんしょ)」も特産品として有名です。約400年の歴史を持ち、江戸時代の大名が高貴な身分の方々へと特別に献上する高級贈答品とされてきました。そのため庶民の口にはなかなか入らなかったといわれています。一般的な山椒に比べるとフルーティーな香りが特徴で、現在ではさまざまな商品が開発されています。また現在、日本各地で栽培されている山椒の多くは、この朝倉山椒の中から大きな実のなる苗木を交配、品種改良したものになっています。
雄大な自然を有する養父市には、自然の名勝も数多く存在しています。
前述した兵庫県の最高峰、氷ノ山・鉢伏山の周辺は、近畿地方でも指折りの自然環境を保持しています。特筆すべき点としては、西日本でも唯一、亜寒帯性湿生植物が残存していることが挙げられます。また国の天然記念物であるイヌワシ(犬鷲、狗鷲)をはじめ、ツキノワグマ(月の輪熊)、クマタカ(熊鷹)なども生息しています。
「日本の滝100選」にも選定されている天滝(てんだき)は、天滝渓谷で見ることができます。天滝は落差98メートルを誇る、兵庫県でも随一の名瀑です。天滝渓谷には天滝の他にも夫婦滝、鼓ヶ滝、糸滝など複数の滝が存在する他、四季折々の美しい自然の姿を見ることができるため「森林浴の森100選」や「兵庫県森林浴場100選」にも指定されています。
鉢伏山の中腹、標高800メートルから900メートルの地点に広がる高原リゾート・ハチ高原は、西日本でも有数のアウトドアリゾートが楽しめるスポットです。冬はスキーやスノーボード、その他の季節にはハイキングやパラグライダーなどが楽しめるため、年間を通して人気があり、京阪神だけでなく、中国、四国地方からも人が集まっており、アウトドアや合宿の拠点としても機能しています。
別宮(べっくう)の棚田は、鉢伏山の中腹に広がる棚田です。棚田の田園風景に加え、氷ノ山を正面に望む景勝地として知られており、今日では貴重な日本の原風景を見ることができる地です。5月上旬頃、田植え前の水を張った田に映る「逆さ氷ノ山」は特に有名で、多くの写真愛好家にも好まれている風景です。
また養父市内には、国指定の文化財もいくつか存在しています。そのうちのひとつが、八鹿町にある名草神社の三重塔です。この三重塔は室町時代の建築物で、もともとは出雲大社にあったものです。江戸時代初期、出雲大社の大改修にあたり養父の太くて立派な妙見杉を提供したところ、その返礼として1665(寛文5年)に、この三重塔を贈られたという経緯があります。三重塔の三層目の軒には、4匹のサル(猿)の彫刻があります。ことわざで知られる「見ざる、言わざる、聞かざる」に加えて「思わざる」が存在するユニークなものです。また名草神社の境内には樹齢250年から400年とされる妙見杉の巨木が現存しており、その姿は圧巻となっています。
市内の神社には他にも、長い歴史と社格を誇る、但馬五社のひとつ、養父神社(やぶじんじゃ)が有名です。農業の神を祀る神社であり、地元では「養父の明神さん」として親しまれています。2月25日には春季大祭、4月第3日曜日とその前日は養父市指定無形民俗文化財であるお走り祭り、5月2日は八十八夜祭、10月10日は秋季大祭が行われます。モミジ(紅葉)の名所としても知られており、毎年、秋には多くの人が紅葉狩りに訪れます。
前述の国指定の史跡、八木城跡は、平安時代末から鎌倉時代初期に築城されたと考えられており、但馬国守護、山名氏の山名四天王と呼ばれた有力国人、八木氏の居城として知られています。その後、織田信長、豊臣秀吉の傘下となった別所氏の居城となり、現在では鎌倉時代から戦国、安土桃山時代まで、約400年間に築かれた城や館の跡を見ることができます。
国指定の近代産業遺産である明延鉱山は、平安時代初期に採掘を開始したといわれており、かつては日本だけでなく、アジアを代表するスズ(錫)鉱山でした。しかし海外産の鉱物との競争によって衰退し、1987年(昭和62年)に閉山しています。現在でも坑道の一部は公開されており、坑道跡見学や一円電車の体験乗車などが見どころになっている他、往時を体験できる施設やイベントがあり、鉱山を含む町全体が博物館になっているともいえます。
養父市内には国の天然記念物に指定されている木が3本、存在します。
一つ目は「樽見の大ザクラ」と呼ばれる県下でも最大のエドヒガン(江戸彼岸)のサクラ(桜)で、樹高は13.8メートル、幹回り6.3メートル、樹齢は1000年を越えるとされています。地元の人々には「仙桜」とも呼ばれ親しまれています。江戸時代には出石藩の藩主も花見に訪れたといわれる、養父でも屈指のサクラの名所でもあります。
二つ目は「たきのやのヒダリマキガヤ」で、樹高は25メートル、幹回りは7.3メートル、樹齢は800年ともいわれます。これはカヤ(榧)の突然変異であり、実に左巻きの模様があるため「ヒダリマキガヤ(左巻き榧)」と呼ばれています。この「ヒダリマキガヤ」が見られるのは日本でも4か所のみで、非常に珍しい種となります。
三つ目は「口大屋の大アベマキ」です。養父市大屋町の旧口大屋小学校裏山に自生しており、樹高は16メートル、幹廻り5.6メートル、樹齢は約400年と推定されています。地元では「神の宿り木」として大切に保護されています。
養父市ではさまざまなイベントや、歴史ある伝統行事が存在します。
大屋町の若杉三社神社で毎年8月16日に行われる「若杉ざんざか踊り」は、独特の「座り踊り」が別名「姫踊り」と呼ばれる、非常に優雅な踊りで、兵庫県の無形民俗文化財にも指定されています。
八鹿町の「八木西宮ゑびす祭り」は江戸時代初期の、1852年(嘉永5年)から続く歴史のあるお祭りで、毎年2月11日に開催されます。江戸時代末期、13代将軍、徳川家定の時代には、村人が西宮総本宮へと分霊のお願いに上がった際に、西宮の2文字の使用を許され、焼印と木版を頂いたとも伝えられています。
奥米地の水谷神社で行われる「ネッテイ相撲」は、今日の相撲の原型ともされ、国選択無形民俗文化財、兵庫県の指定文化財になっています。その歴史は古く、平安時代に朝廷儀式として行われたものが発祥といわれています。四股を踏んで悪霊を鎮めることを目的とした相撲神事であり、地元の人たちが大切に守り、世代を越えて継承し続けているものです。
4月の第3日曜日とその前日に行われる養父神社の祭礼「お走り祭り」は但馬三大祭りのひとつで、但馬に春を告げる奇祭としても知られています。約1,800年の歴史をもつ国の無形文化財であり、養父神社から斎神社までの往復40キロの道のりを、重さ150キロの神輿を担いで進むものです。現在では途中まで車で運んでいますが、かつては神輿が走っているように見えたことが「お走り祭り」の名前の由来といわれています。
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養父市 の場所
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養父市は、兵庫県の北部、中央から西寄りに位置し。県の西端部に接している市です。東西にやや長い市域の北側、東寄りを豊岡市に、西寄りを美方郡香美町に、南東側を朝来市に、南西側を宍粟市に、西側のやや狭い面を鳥取県八頭郡若桜町に接しています。
養父市は市域の多くが山林にあたり、市内を流れる円山川や八木川、大屋川などに沿った平地に住宅地が形成されています。古くから但馬地域の交通の要衝地であり、現在でも道路網や鉄道網が整備され、周辺地域へのアクセスは良好になっています。市内には広大な山々や渓谷などの雄大な自然が見られ、豪雪地帯に指定されるほどの積雪量から、冬場はウィンタースポーツのメッカとしても賑わいます。城下町としての歴史や文化も豊富なため、環境がよく暮らしやすい市になっています。
養父市の市章は、緑の正三角形の中に、湾曲した白抜きと青いラインが2本入り、2本で市の頭文字「Y」を象っているようにも見えるデザインです。大自然との調和と融合を目指して公募が行われ、市制施行後である2004年7月4日に制定されました。緑の三角形は兵庫県の最高峰、氷ノ山を表しており、白と青で構成された、左右対称に向かい合う2本のラインは、市内を流れる八木川と大屋川を表したものです。総じて「響き合う心 拓く明日 但馬中央の郷」を象徴したデザインといえます。
養父市の市花はミズバショウ(水芭蕉)、市木はブナ(山毛欅)です。これらの市のシンボルは市内に自生し、市のイメージに合い、市民になじみ深いものという条件で公募が行われ、2005年(平成17年)5月15日に制定されました。
ミズバショウはサトイモ科ミズバショウ属の多年草で、沼などの湿地に自生します。草の高さは30センチから80センチ程度です。ミズバショウの花は、茎の先端にある円柱状の穂を包み込むようにして、前方が開いた純白のものと思われがちです。ただこの白い部分は仏炎苞(ぶつえんほう)と呼ばれる苞で、葉の変形したものです。実際の花は中心の円柱状の部分で、小さな花が多く集まった花序(かじょ)になります。名前の由来は、芭蕉布の材料に利用されるイトバショウ(糸芭蕉)またはリュウキュウバショウ(琉球芭蕉)の葉に似ていることとだといわれています。ミズバショウは市内の大屋町加保に自生しています。その花は清らかな水をたたえる湿地帯にしか見られないため、市の掲げる「自然を大切にするまちづくり」のイメージに合致するとして選定されました。大屋町の加保では、4月下旬から5月上旬にかけてミズバショウが白い花を咲かせます。
ブナはブナ科ブナ属の落葉高木です。落葉広葉樹で温帯性落葉広葉樹林の主要構成種であり、日本の温帯林を代表する樹木です。
ブナの木は白色できめが細かく、地衣類などがついて独特の模様にも見えます。若い枝は褐色で光沢があります。葉は楕円形で薄くてやや固め、縁は波打っています。秋に黄葉し、その後に落葉します。雌雄同株で、5月頃に開花します。雄花は枝先からぶら下がった柄の先に6個から15個ほどつき、全体的には房状となります。果実は10月頃に成熟し、その殻斗が4裂して小さなドングリのような果実が散布されます。果実の中の胚乳は脂肪分も豊富で美味であり、生のままで食べることもできます。
ブナは温帯の山地に生育し「攻撃的な広葉樹」と評されるほど、ほとんどどのような土壌でも旺盛に繁茂し、密に茂る樹冠により、他の木々の成長を阻害します。ブナは別名でシロブナ、ソバグリと呼ばれ、木材としてはビーチと呼ばれます。
ブナの木は重く、川を流して運ぶのが難しいため商取引に向かない資材でした。また腐りやすい、加工後に曲がって狂いやすい性質もあり、近年まで用材としては好まれず、薪や下等品として用いられていました。
日本では平安時代後期から鎌倉、室町時代にかけて、上質のケヤキ(欅)の代わりとして、漆器でも普及品の椀や皿の材料として用いられました。またキノコ栽培の原木にも利用されています。
ブナ材は重量に対する引っ張り強度に優れた特性があり、20世紀には薬品処理と合板の接着、加工技術の向上によって需要が増えています。曲げに適しているために家具の脚や、円筒形に曲げやすいことから太鼓類の胴としても利用されています。他にも紙パルプ、スキー板、ベニヤ材、玩具材、楽器の鍵盤、ブラシの柄などに用いられています。
市内ではブナは氷ノ山の周辺に自生しています。ブナの葉は落ち葉となって土に還ることで自然の循環を担い、生態系の維持に欠かせないものです。それは人の命をはぐくむことにもつながり、生命と環境を守るブナに、安全安心で自然豊かな市を願う思いを込めて選定されました。
養父氏のマスコットキャラクターは「やっぷー」です。やっぷーは縦長の丸っこい身体にシンプルで愛らしい顔がつき、頭頂部は氷ノ山をイメージした髪のようなものが立ち、首には天滝をイメージした青いマフラーをまいています。また手足は妙見杉をモチーフにしています。
やっぷーは氷ノ山のブナ林に住む妖精で、ふわっとした見た目の通り、のんびりおっとりした性格ですが、スキーとスノーボードはプロ並みに上手だそうです。やっぷーが「やっぷー語」でしゃべり、子供たちにはその言葉がわかるといいます。
やっぷーは猛暑が続いて人間も植物も参っていたある夏の日に、氷ノ山からやって来たそうです。そして暑さで困っているみんなのために、やっぷーは空をひとっ飛び。やっぷーが広げたマフラーから天滝の水しぶきがこぼれ落ち、あたり一面を潤してくれた、というエピソードがあります。
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養父市 の鉄道路線
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兵庫県養父市の鉄道路線
西日本旅客鉄道(JR西日本)
山陰本線
・養父駅
・八鹿駅
兵庫県養父市のバス路線
・全但バス
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養父市 の主要道路
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兵庫県養父市の主要道路
国道
・国道9号(八鹿バイパス)
・国道312号
・国道483号北近畿豊岡自動車道
主要地方道
・兵庫県道2号宮津養父線
・兵庫県道6号養父宍粟線
・兵庫県道48号大屋波賀線
・兵庫県道70号十二所澤線
・兵庫県道87号関宮小代線
一般県道
・兵庫県道104号物部藪崎線
・兵庫県道136号浅野山東線
・兵庫県道169号八鹿停車場線
・兵庫県道255号上村養父線
・兵庫県道267号日影養父線
・兵庫県道268号十戸養父線
・兵庫県道269号福岡出合線
・兵庫県道271号朝倉養父停車場線
・兵庫県道272号宮垣八木線
・兵庫県道279号森大屋線
・兵庫県道527号畑宮田線
・兵庫県道714号大屋関宮線
道の駅
・道の駅但馬楽座(日帰り温泉施設あり)
・道の駅やぶ
・道の駅ようか但馬蔵
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養父市 出身の芸能人
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養父市出身の著名人には、旧養父郡関宮村の出身で、戦後の日本を代表する娯楽小説家、山田風太郎さんがいます。山田風太郎さんといえば、映画化もされた「魔界転生」や「甲賀忍法帖」「くノ一忍法帖」などの忍法帖シリーズをはじめとする伝奇小説。「誰にもできる殺人」「厨子家の悪霊」などの推理小説。「幕末妖人伝」「警視庁草紙」など明治期を含む時代小説など、奇想天外なアイデアでさまざまなジャンルの大衆小説を記しており、近年でも「甲賀忍法帖」を、せがわまさきさんの作画で漫画化し、テレビアニメ化もされた「バジリスク〜甲賀忍法帖〜」などの作品でも広く知られています。
他にも、漫画家で「1・2のアッホ!!」「いっしょけんめいハジメくん」などの作品があるコンタロウさん。児童文学の挿絵を数多く手がけ、日本切手の原画家としても名高いイラストレーター、村上勉さん。お笑いコンビ「ピーピングトム」のツッコミ担当で、放送作家としても活動する今村久仁人さん。「優しい嘘をください」や「貯金の好きな女」などの曲がある歌手、れいかさん。衆議院議員、参議院議員などを歴任した政治家で、俳人として「良素」という号ももつ佐々木良作さん。養父市出身者では初のプロ野球選手で、阪神タイガースの捕手、チームキャプテンを務める坂本誠志郎選手日本競輪選手会、兵庫支部に所属する競輪選手の松岡健介選手。プロレスリング・ノアに所属するプロレスラー、YO-HEY選手などが養父市の出身者です。
歴史上の人物では、江戸時代中期の真言宗僧で、高野山塔頭にて勉学修行を行い「傳燈阿遮梨」の印可を受けた弘融。江戸時代末期の儒学者で、私塾「青谿書院」を開き、但馬聖人と称えられた池田草庵。幕末期の志士で、明治時代には官僚、政治家となった北垣国道などが、現在の養父市にあたる地の出身者です。
養父市 町域別対応エリア
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ア行
- 上箇(アゲ)、浅野(アザノ)、伊豆(イズ)、稲津(イナヅ)、上野(ウエノ)、鵜縄(ウナワ)、大久保(オオクボ)、大谷(オオタニ)、大塚(オオツカ)、大坪(オオツボ)、大屋町明延(オオヤチョウアケノベ)、大屋町筏(オオヤチョウイカダ)、大屋町糸原(オオヤチョウイトワラ)、大屋町上山(オオヤチョウウヤマ)、大屋町大杉(オオヤチョウ(オオスギ)、大屋町大屋市場(オオヤチョウオオヤイチバ)、大屋町笠谷(オオヤチョウカサダニ)、大屋町門野(オオヤチョウカドノ)、大屋町加保(オオヤチョウカボ)、大屋町蔵垣(オオヤチョウクラガキ)、大屋町須西(オオヤチョウスサイ)、大屋町樽見(オオヤチョウタルミ)、大屋町中(オオヤチョウナカ)、大屋町中間(オオヤチョウナカマ)、大屋町夏梅(オオヤチョウナツメ)、大屋町宮垣(オオヤチョウミヤガキ)、大屋町宮本(オオヤチョウミヤモト)、大屋町山路(オオヤチョウヤマジ)、大屋町由良(オオヤチョウユラ)、大屋町横行(オオヤチョウヨコイキ)、大屋町若杉(オオヤチョウワカス)、大屋町和田(オオヤチョウワダ大薮(オオヤブ)、奥米地(オクメイジ)、尾崎(オサキ)、小路頃(オジコロ)
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カ行
- 葛畑(カズラハタ)、鉄屋米地(カナヤメイジ)、川原場(カワラバ)、草出(クサイデ)、口米地(クチメイジ)、小城(コジョウ)
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サ行
- 左近山(サコヤマ)、新津(シンヅ)、十ニ所(ジュウニショ)、関宮(セキノミヤ)
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タ行
- 建屋(タキノヤ)、玉見(タマミ)、丹戸(タンド)、出合(デアイ)、轟(トドロキ)、外野(トノ)
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ナ行
- 中瀬(ナカゼ)、中米地(ナカメイジ)、長野(ナガノ)、梨ケ原(ナシガハラ)、奈良尾(ナラオ)、能座(ノウザ)
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ハ行
- 畑(ハタ)、広谷(ヒロタニ)、福定(フクサダ)、船谷(フネダニ)、別宮(ベックウ)、堀畑(ホリハタ)
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マ行
- 万久里(マクリ)、三谷(ミタニ)、三宅(ミヤケ)、餅耕地(モチゴウチ)、森(モリ)や行安井(ヤスイ)、養父市場(ヤブイチバ)、薮崎(ヤブサキ)、八鹿町青山(ヨウカチョウアオヤマ)、八鹿町朝倉(ヨウカチョウアサクラ)、八鹿町浅間(ヨウカチョウアサマ)、八鹿町伊佐(ヨウカチョウイザ)、八鹿町石原(ヨウカチョウイシハラ)、八鹿町岩崎(ヨウカチョウイワサイ)、八鹿町大江(ヨウカチョウオオエ)、八鹿町小佐(ヨウカチョウオサ)、八鹿町上小田(ヨウカチョウカミオダ)、八鹿町上網場(ヨウカチョウカミナンバ)、八鹿町国木(ヨウカチョウクヌギ)、八鹿町九鹿(ヨウカチョウクロク)、八鹿町小山(ヨウカチョウコヤマ)、八鹿町今滝寺(ヨウカチョウコンリュウジ)、八鹿町坂本(ヨウカチョウサカモト)、八鹿町下小田(ヨウカチョウシモオダ)、八鹿町下網場(ヨウカチョウシモナンバ)、八鹿町宿南(ヨウカチョウシュクナミ)、八鹿町高柳(ヨウカチョウタカヤナギ)、八鹿町日畑(ヨウカチョウヒバタ)、八鹿町舞狂(ヨウカチョウブキョウ)、八鹿町三谷(ヨウカチョウミタニ)、八鹿町米里(ヨウカチョウメイリ)、八鹿町八木(ヨウカチョウヤギ)、八鹿町八鹿(ヨウカチョウヨウカ)、吉井(ヨシイ)