水戸市 でテレビアンテナ工事をお考えの方へ

あさひアンテナでは 水戸市 での工事実績多数。
水戸市 でアンテナ工事でお困りの方はお任せ下さい。

当あさひアンテナでは茨城県水戸市はじめ、茨城県内での地デジ、BS/CSなど各種アンテナ設置工事について、豊富な経験と実績がございます。水戸市にお住まいで、地デジその他アンテナの新規設置、また修理や交換などをお考えの方は、まずはご相談だけでも当あさひアンテナへ、お電話やメールでお気軽にお問い合わせください。
茨城県水戸市(みとし)は県央地域にあたり、県の中心部よりやや東よりに位置する市です。市の総面積は217.32平方キロメートル。2021年(令和3年)2月1日時点での総人口(常住人口)は269,186人。うち男性が131,974人、女性が137,212人になります。また市内にはおよそ123,838世帯が暮らしています。水戸市は茨城県の県庁所在地で中核市でもあり、県の主要施設などが集まる県都になっている他、江戸時代初期から明治維新まで続いた水戸徳川藩のお膝元でもあり、いわゆる「水戸黄門」として知られる水戸徳川家第2代藩主、徳川光圀に関する名所や名物をはじめ、史跡や名物、文化なども豊富な市です。
東京都隅田区にある東京スカイツリーから水戸市までは、およそ83.5キロから100.5キロ程度の距離になります。遠距離になるためスカイツリーからの地デジ電波はまったく受信できない地域になります。水戸市では主に市内に存在する水戸局からの地デジ電波を受信していますが、市内でも現場の環境により、地デジ受信に関してさまざまな条件や制約が生じるケースもございます。
当あさひアンテナでは、茨城県水戸市全域での地デジその他、各種アンテナ設置工事に対応しております。弊社には水戸市はじめ県内全域での作業経験が豊富で、地域ごとの地デジ電波の特性を把握し、現場に合わせた最適なアンテナ設置工事をご提案できる腕のいい専門の職人が揃っております。水戸市にて地デジ、CS/BSなど各種アンテナ設置や修理、交換などの各種工事をお求めのお客様は、確実な地デジ受信と、丈夫で長持ちするアンテナの設置をお約束する、当あさひアンテナのフリーダイヤル(0120-540-527)か、ホームページからのお問い合わせフォーム(https//asahi-antenna.jp/contact)へとご連絡ください。

「2020年現在の新型コロナウィルス流行に関しまして」
このたびの新型コロナウイルス発生に際しまして、弊社では現場に出向く職人はもちろん、全従業員にマスクと除菌スプレーを配布し、作業車や作業着などの除菌を頻繁かつ丁寧に行う他、従業員各人によるこまめなうがい、手洗いなども徹底しております。また会社としても従業員には業務よりも体調管理を優先し、わずかでも体調に異変がある場合は、安全が確認できるまで休むよう指導しております。
すべては社員の身を守ると同時に、万全を期してお客様をお守りするための、最大限の配慮でございます。現場でのお客様への対応についても、万が一のリスクを避けるため、失礼ながら基本的にマスクを装着したままでご対応させていただいております。申し訳ありませんが、なにとぞご了承ください。
 
テレビアンテナ修理工事

無料見積もり

無料見積もり

水戸市 の方でアンテナ工事に関するよくある質問

Q

水戸市に適した地デジアンテナの機種はどのようなものですか?

A

現在、ご家庭で用いられる主な地デジアンテナの機種は、八木式アンテナとデザインアンテナになります。
八木式アンテナは屋根の上などに多く見られる、魚の骨のような形状の地デジアンテナです。日本ではテレビ放送の黎明期から使われている昔ながらのアンテナで、素材や耐久力などは時代につれて進化し続けていますが、基本設計は開発当時から変わっていません。それほど設計の完成度が高く、現在でも地デジ電波の高い受信能力を誇る機種です。ただ基本的に屋外に設置される八木式アンテナは風雨など自然環境の影響を受けやすく、歳月につれて確実に老朽化が進行する弱点もございます。現在の八木式アンテナの寿命は平均10年程度ですが、この年数は海沿いや豪雪地帯など、設置現場の環境によっても大きく変わってきます。
デザインアンテナは家屋の外壁などに設置する、平面で軽量薄型の地デジアンテナです。家屋の外観を損なわない、自然環境の影響を受けにくく経年劣化を軽減できる、修理やメンテナンスも簡単など多くのメリットがあり、現在では人気ナンバーワンの地デジアンテナになります。また現在のデザインアンテナは基本モデルが20素子相当であり、八木式アンテナと比べても受信性能にほとんど差はごさいません。ただデザインアンテナは八木式アンテナよりも設置位置が低い分、受信感度もやや低くなる傾向がございます。またアンテナ本体価格や設置工事費も、八木式アンテナに比べるとやや割高になります。
水戸市は県央地域に属し、茨城県の中心部よりやや東よりに位置する市です。県庁所在地であり、県の中心的な公共機関や商業地などが集積する、県都といえる都市です。市域は那珂川の周辺が低地である他はほぼ大地が広がり、起伏の少ない地形になっています。
水戸市から東京スカイツリーまでは約83.5キロから100.5キロの遠距離であり、スカイツリーからの地デジ電波は、水戸市にはまったく届きません。水戸市では市域の西部に位置し、NHK水戸、広域民放を送信する水戸局の地デジ電波が市内全域をカバーしており、地デジの受信について特に支障はございません。
また市域は北西部などに丘陵地がみられる以外、全般的に起伏が少ないため、基本的に八木式アンテナ、デザインアンテナのどちらを使用しても、地デジ受信について大きな違いが生じることはほとんどございません。ただ市内でも高層建築の近隣など現場の条件によっては、適切なアンテナの機種や設置位置、アンテナの方向などに条件や制約が生じるケースもございます。
当あさひアンテナでは、八木式アンテナ、デザインアンテナとも、国産DXアンテナ社製の最新モデルをご用意し、八木式アンテナは軽量で耐水性と対風速性が高く、長寿命が望める機種を用い、アンテナ本体価格を含む基本工事価格15000円からで設置をお引き受けしております。
デザインアンテナは20素子相当、業界最小クラスの厚さ4.9cm、大きさ9cm×22cmの超薄型モデルをご用意し、アンテナ本体価格を含む基本工事価格20000円からで設置をお引き受けいたします。さらにこれら標準機種で受信が安定しない場合は、別途に高性能アンテナや、アンテナブースター、アッテネーター設置の用意もございますので、どのような現場にも対応可能です。
弊社では地デジアンテナの設置に際し、高性能の電波測定器による現場調査を実施しており、現場においてもっとも適切なアンテナの種類や設置位置など、できる限りお客様のご要望に応じた方法をご提案いたします。もしご希望の条件でどうしても受信に問題が出る場合は、弊社の豊富な工事経験に基づき、できるだけご要望に近い代案をご提示いたします。
また弊社ではアンテナ設置のご相談および、ご自宅を訪問しての地デジ電波調査、アンテナ設置工事費のお見積もりまですべて無料で行っております。弊社のアンテナ職人は豊富な経験と高度な技術を駆使して、現場の電波状態から、もっともリーズナブルでありながら、自然環境の影響を受けにくく、故障のリスクを避けアンテナの長寿命が望めるなど、お客様にとって総合的にもっともお得となる設置方法をご提案いたしております。
水戸市において地デジアンテナの新規設置や交換をお考えの方は、電波状態の確認やお見積りから、アンテナ機種のご希望、その他のご相談も含め、当あさひアンテナのフリーダイヤル(0120-540-527)へと、どうぞお気軽にお問い合わせください。

Q

自宅で購入した地デジアンテナの設置のみをお願いできますか?

A

当あさひアンテナでは、地デジアンテナ設置その他、あらゆる工事においてお客様のご要望を最優先にする施工を心がけております。もちろんお客様が他店でご購入された各種アンテナの設置にもご対応いたします。
2020年(令和2年)7月には記録的な豪雨により、全国各地でさまざまな災害が発生いたしました。遺憾ながらこの日本列島においては規模の大小はあれ、突然の台風や地震などの災害によって、家屋に思いがけない被害が生じる可能性は常にございます。
ただ残念ながらアンテナ工事業者にもそのような災害などに乗じ、公式サイトや流しの営業による説明では格安を謳いながら、アンテナ本体を別料金に設定し、安価で品質の低い地デジアンテナに高値をつける、またお客様に無断で不必要な機材や追加工事を加算するといった手口で、不当な高額料金を請求する悪質な業者も存在します。お客様におかれましても、設置工費は安価に思えても、使用するアンテナ機種、型番や、工事ごとの料金体系などが不明瞭な業者にはご注意いただきたく思います。
当あさひアンテナでは、まずお客様に信頼していただけるよう、弊社サイトにて基本設置工事費、各オプション工事ごとの料金体系をすべて明示し、ご提供する地デジおよびBS/CS110度アンテナの機種や型番も明記しております。もちろんお客様へのご相談なく、独断で追加機材や工事を加算することも決してございません。
弊社の地デジアンテナは前述の通り、八木式アンテナ、デザインアンテナとも、国産一流メーカーのDXアンテナ社製、高性能最新モデルをご用意し、アンテナ本体価格を含む標準工事費でご提供しております。アンテナ本体込みの標準工事費は、八木式アンテナで15000円、デザインアンテナは20000円からになっております。またCS/BS110度アンテナも、同社製2K4K8K対応型の最新モデルを用い、アンテナ本体価格込み標準設置費15000円からでお引き受けしております。
弊社では常に業界最安値に挑んでおりますが、もし他業者でより安い見積もりが出た場合は、その見積書をメールなどでご提示ください。まったく同じ工事内容で、さらに安くお見積もりいたします。もちろん値下げしてもアンテナ本体や部材の品質を落とすことは決してございません。弊社が国産高性能アンテナを、設置工事費込みの業界最安値でご提供できる秘密は、大量仕入れを前提にメーカーと直接交渉しての部材コスト削減。他業種と提携しての広告費削減。完全自社施工による中間マージン削減。弊社と直接契約した専門の職人が効率的に担当区域を動くことによる人件費削減などで総合的なコストカットに努める、業者だからこそ可能な企業努力にございます。
また弊社では地デジアンテナ設置に際し、高性能の電波測定器を用いて各現場の電波状態を確認することで。電波強度や経年劣化の阻止、外観性などあらゆる条件を織り込み、もっとも有利となるアンテナ機種と設置方法をご提案いたしております。
また地デジ受信の確実性や、受信したい放送局などの条件によっては、ケーブルテレビをご利用されるという選択肢もございます。当あさひアンテナでは、地デジアンテナの設置にこだわらず、お客様のご要望を最優先に、もっとも確実かつリーズナブルな方法をご提案いたします。
水戸市は県央地域にあたり、県中央部からやや東よりに位置する市です。県庁所在地であり、県の中心的な都市になっています。市域内では市の西部に位置し、NHK水戸および広域民放を送信する水戸局からの地デジ電波を市内全域で受信可能です。
市内に中継局が存在し、地形に起伏の少ない水戸市は、地デジの受信環境には恵まれた都市であるといえます。
たた水戸市内でも高層建築の近隣など、現場の条件によっては電波障害が発生することもございます。また中継局の直近で地デジ電波が強すぎる場合も、地デジ映像に乱れが生じることがあるため、地デジ電波を適切なレベルまで弱めるアッテネーター(減衰器)という装置を設置する必要があるなど、市域でも地域によって地デジ受信に関して、さまざまな条件が生じてまいります。
そのため水戸市内においても、現場ごとに地形や電波状態などの条件を確認した上で、もっとも適切なアンテナ機種や設置位置、方向などの判断が必要となります。したがってお客様がご自身で購入された地デジアンテナですと、弊社の同タイプ国産アンテナより品質や性能が低い、現場の電波状態や設置位置、受信したい中継局に不向きなどの理由で、現場やご要望に応じた十分な地デジ受信性能を得られないことも考えられます。またたとえアンテナ本体価格は安価でも、本体価格と設置費用の総額が、弊社のアンテナ価格込み設置工事費より割高になることも十分に考えられます。
弊社ではアンテナ設置のご相談および、ご自宅を訪問して、現場でもっとも適切となる地デジ電波の調査、アンテナ設置工事費のお見積もりまですべて無料で行っております。
水戸市にて新しい地デジアンテナの設置や交換をお考えのお客様は、ご自身でアンテナを購入される前に、まずは弊社のフリーダイヤル(0120-540-527)へ、設置なさりたいアンテナ機種や視聴なさりたいテレビ局、また工事費用の目安など、ご納得いただけるまで、どのようなことでもご相談いただければ幸いです。

Q

水戸市で地デジアンテナが故障したときはすぐ修理してもらえますか?

A

その点はどうかご安心ください。弊社では他業者が設置したどのようなテレビアンテナでも、弊社フリーダイヤル(0120-540-527)にご一報いただければ、最短即日で職人が現場に出向き、修理対応させていただきます。
特に弊社が設置したテレビアンテナの場合は、業界最長クラスとなる、施工日から10年間のアフターフォロー体制をご用意しております。これは弊社がアンテナ設置技術に高い自信をもつ証でもあります。もし保障期間中、弊社が施工した各種アンテナにトラブルが発生したときは、すぐ弊社のフリーダイヤルにご一報ください。弊社職人が即座に現場へと駆けつけ、補償範囲内のトラブルであれば完全無料で復旧するようご対応させていただきます。
弊社ではアンテナ設置工事が完了した際、工事を担当した職人の自筆サイン入り保証書をお客様にお渡ししております。もしトラブルなどでお客様が対応をお求めの際は、まずこの保証書をご用意ください。ただ、なにぶん10年間の長期保証となるため、お客様が保証書を紛失された場合を想定して、弊社でも施工から10年間は、あらゆる工事の現場写真や保証書などを社内でデータベース化して保存しております。
アンテナ修理をご依頼される際、もし弊社の保証書が見つからない場合は、お電話でその旨をお伝えください。そしてお手数ですが、お客様のお名前やお電話番号、当時の工事内容や施工時期などを、お分かりの範囲内でお教えください。弊社側のデータベースで確認でき次第、あらゆる保証について、保証書をご提示いただいた場合とまったく同じ対応をさせていただきます。
余談ですが、風雨や雷、雪、雹、隕石、また外部からの落下物など、自然災害によりアンテナが損壊した場合は、火災保険の「風災保証」によって修理費が補償されるケースがございます。補償される内容は保険会社との約款によって異なりますが、当あさひアンテナでは、アンテナ修理だけではなく、修理費用に火災保険を適用なさりたいお客様のご相談にも対応しております。
弊社にアンテナ修理をお求めになる際、火災保険のご相談もいただければ、保険会社に提出する必要がある修理報告書、見積書、施工前後の写真など、補償請求書類をすべて弊社でご用意いたします。また保険会社との交渉も、弊社の専門スタッフが全力でサポートいたします。水戸市にて突然のアンテナトラブルによってお困りの際は、アンテナ本体の修理から保険会社への対応まで完全にお引き受けする、当あさひアンテナにすべてお任せください。

水戸市 にお住まいで画面にE201、E202、E203の文字が出ている方

テレビ画面に"E201、E202、E203"と表示され番組が視聴できない

アンテナトラブルの形式として、突然、ご自宅のテレビで地デジのテレビ番組がまったく映らなくなり、画面に「e201」「e202」「e203」などの記号が表示されることがございます。これはテレビやアンテナにトラブルが発生し、テレビが自己診断機能を働かせてエラーコードで原因を示している状態です。最近のテレビはコードと同時にトラブルの原因を文章で表示するものもありますが、電波受信に関するトラブルの場合は、主に前述の三種類のコードが表示されます。なおエラーコードの種類は、トラブルの原因によって他にも数々のものがございます。

「e201」は、テレビ本体に届く電波のレベルが低下しているというエラーコードです。これは主にBS、CS放送で、豪雨や大雪など、悪天候の場合に表示されることが多くなります。BS、CS放送は衛星放送のため、悪天候では、波の乱反射によって電波状態が悪化するという弱点がございます。BSでは悪天候の際に電波を切り替え、画質、音質を落とすことで受信できるようにした「降雨対応放送」に切り替わる場合もあります。悪天候による受信不良は、天候の回復と同時に自然と復旧いたします。地デジ放送では、このコードが表示されることは少ないのですが、周辺の電波状態の悪化やアンテナ機器のトラブルなどにより、ときに表示されることもございます。
「e202」は、テレビ本体ににまったく電波が届いていないというエラーコードです。原因は大風や地震などによるアンテナ角度のずれや倒れるといったトラブル。またアンテナ本体、アンテナ線、ブースター(増幅器)、分配器など、どこかに故障が発生したことも考えられます。また単純にテレビとアンテナ線との接触不良という場合もありますので、このコードが表示されたときは、まずテレビやレコーダーなどの機器と、アンテナ線との接続部分をチェックしてください。
「e203」は、該当する放送局が放送休止しているというエラーコードです。基本的に放送局が、メンテナンスやトラブルなどによって放送を休止していることから発生する不具合です。このコードが表示されたときは、その他のチャンネルを確認して、正しく映っているなら放送局側に原因があると判断できます。ただアンテナ関係の故障でも、このコードが表示される場合がありますのでご注意ください。
これらのエラーコードが表示されたときは、ブロックノイズの際と同じく、まずテレビのリセットや、テレビとアンテナ線の接続部を確認するなどしてください。それでも回復しない場合は、アンテナ関係にトラブルが起こっていると考えられます。
その場合も、やはり当あさひアンテナのフリーダイヤル(0120-540-527)にご相談ください。まずお電話口にて、コードの種類やご自宅のアンテナ環境などとお伺いして、ご自宅で可能な対策をご説明いたします。もしお電話で問題が解決しないときは、ご用命いただければ、弊社の職人が最短即日でご自宅へ出向き、現場調査で原因を特定いたします。
当あさひアンテナでは、どのようなご相談であっても、出張費、見積もり費、キャンセル費はすべて無料で対応させていただきます。またトラブルの原因を特定した後は、弊社の職人からお客様に、修理に必要な工事のご説明と見積もり価格を提示いたします。その内容にお客様が納得され、正式にご契約なされた時点ではじめて工事にかからせていただきます。それまでは決して無断で工事を進めることはなく、料金も一切発生いたしません。
さらにアンテナ工事後の保証など、アフターフォローの体制も万全のものを用意してございます。テレビ映りに不具合が発生して、エラーコードからアンテナトラブルだと思われる場合は、まずは当あさひアンテナのフリーダイヤル(0120-540-527)へとお気軽にお電話ください。

E202エラーの解消法
アンテナ工事

水戸市 についてもっと知りたい
これからお引越しを考えている方

水戸市 てどんなところ??

茨城県水戸市は県央地域に含まれ、県の中央部よりやや東よりに位置する市です。県庁所在地である他、中核市にも指定されており、国や県の公共機関、大学などの教育施設、大型の商業施設などが集まり、県の中心的な機能が集積する県都です。
市域は関東平野の東側にあたり、市域の北側から境界付近にかけてを那珂川(なかがわ)が流れ、川の周辺は低地となっていますが、その他の地域はほぼ台地となっています。市の東側境界には涸沼(ひぬま)につながる涸沼川が流れる他、市内には藤井川、桜川、逆川などの河川が流れています。市の北西部は標高100メートル程度の丘陵地になっており、朝房山(あさぼうやま)などが存在します。湖では千波湖(せんばこ)や楮川(こうぞかわ)ダム、大塚池などが存在します。
市内の気候は、太平洋側気候の三陸・常磐型と東海・関東型の中間になっています。夏場はオホーツク海気団より来る北東気流の影響のため、最高気温は低めになります。市内の真夏日の日数は関東甲信越以西の県庁所在地ではもっとも少なく、熱帯夜もほとんどありません。冬場は晴天が続き、最高気温は関東以西の平均程度で日中は暖くなりますが、広大な平野内の都市であるため放射冷却現象が強くなりやすく、朝晩は寒さが厳しくなります。冬季の平均最低気温は東北南部の仙台市や福島市より低くなっています。強い寒気の元南岸低気圧が市域を通過すると雪が降りますが、関東地方では極端な大雪になりにくい地域です。全般的に冬の朝晩の冷え込みが強い以外は、全国的にみても気候は穏やかな地域といえます。
市域の歴史としては、古墳時代の後期、6世紀頃には、市域内でもニガサワ古墳群などの古墳が造営されています。平安時代の末期には常陸大掾氏一門の馬場資幹(ばばすけもと)が水戸台地に館を構え、これが水戸城の発祥とされています。
鎌倉時代の末期には、鎌倉幕府の武将で、のちに足利尊氏の倒幕軍に参加した佐竹貞義(さだよし)が常陸守護となって以降、代々の佐竹氏がその地位を世襲します。戦国時代には佐竹氏は戦国武将として勢力を拡大し、佐竹氏第18代当主で「坂東太郎」「鬼義重」の異名を持った名将、佐竹義重(よししげ)の代で常陸統一を果たします。
しかし義重の長男で家督を継ぎ、第19代当主となった佐竹義宣(よしのぶ)は、1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦いに際して家中の意見を統一できず、東西どちらにも積極的に参加しなかったため、戦後、佐竹氏は徳川家康によって、出羽国久保田(現在の秋田県)へと減封および転封になります。
江戸時代初期、1609年(慶長14年)には徳川家康の十一男で当時6歳の鶴千代丸(のちの徳川頼房(よりふさ))を藩主に、水戸城を藩庁として現在の茨城県の中部から北部を治めた大藩で、徳川御三家のひとつ。水戸徳川藩が成立します。水戸徳川藩は江戸幕府が倒され、1871年(明治3年)に廃藩置県が実施されて水戸が県庁所在地になるまで、頼房の子孫が藩主を務めて存続しました。
明治維新後、1889年(明治22年)4月1日に市制が施行され、水戸市が誕生します。水戸市は日本で最初に市制施行した31の市のひとつになります。明治末期には市内全域で電気や電話が使用可能になるなど、水戸市は全国的にみても先進的な地域でした。
市域の変遷としては、1933年(昭和8年)に東茨城郡常磐村を編入。1947年(昭和22年)には吉田村の一部を、1952年(昭和27年)緑岡村の全域と上大野村の一部を編入します。1955年(昭和30年)の昭和の大合併では、東茨城郡上大野村、渡里村、吉田村、酒門村、河和田村の一部、那珂郡柳河村を編入しています。
1957年(昭和32年)には東茨城郡飯富村と那珂郡国田村を、1958年(昭和33年)には東茨城郡赤塚村を編入します。また1988年(昭和63年)12月1日には東茨城郡常北町と、1991年(平成3年)10月1日には那珂郡那珂町と境界変更しています。1992年(平成4年)には東茨城郡常澄村を編入し、1993年(平成5年)11月1日および1995年(平成7年)3月1日には那珂郡那珂町との境界変更を実施。2005年(平成17年)には東茨城郡内原町を編入し。2007年(平成19年)12月1日に東茨城郡城里町と境界変更を行い、2021年現在の市域にいたっています。
市名でもある「水戸」の地名は古来、那珂川の舟運の河港として繁栄し「水運の戸口」とされたことに由来しています。呼ばれるようになった時期は不明ですが、室町時代の西暦1400年頃にはすでにその名があったといわれます。那珂川の水運は近代まで存在しましたが、陸上輸送にその役割を譲り、現在は残っていません。
今日の水戸市は、前述の通り県庁所在地であり、行政や経済、教育、文化などの機能が集中する茨城県の県都といえます。市内の産業は、第3次産業が大半を占める商業都市です。市内の中心市街地は水戸駅の周辺であり、常磐線の北側の台地を上市(うわいち)、東の下町を下市(しもいち)と呼びます。繁華街は北口方面に形成されており、南口も再開発によってホテルや商業施設などが並んでいます。
郊外では赤塚駅周辺ではマンションや複合高層施設が立地し、スーパーマーケットなどの商業施設が整備されています。茨城県庁の周辺にも商業施設が多い他、国道50号水戸バイパスの沿線にはロードサイドショップが立ち並んでいます。内原駅の周辺には県央地域最大の郊外型ショッピングセンター、イオンモール水戸内原があり、周囲にも家電量販店や飲食店などのロードサイド店舗が多くなっています。
江戸時代は水戸藩の領地として栄え、明治以降も先進都市であった水戸市には、当市を発祥とする独自の文化も豊富です。
水戸市発祥とされる文化には、ボードゲーム「オセロ」があります。オセロは水戸市出身の長谷川五郎さんがパッケージを考案し、1970年代にゲーム会社「ツクダ」へ持ち込み、発売されて一大ブームを巻き起こしたものです。
命名の由来は、登場人物が裏切りを繰り返すシェイクスピアの戯曲「オセロ」を、草原(緑の盤面)を舞台に白と黒の石が何度も裏返るゲーム内容に見立てたものです。ちなみにオセロのゲーム内容は、19世紀のイギリスで考案されたボードゲーム「リバーシ(源平碁)」を改良したとも、長谷川さんが考案した「挟み碁」を元にしたともいわれています。
また水戸黄門として知られる江戸時代初期の水戸徳川家第2代藩主、徳川光圀は、中国明の儒学者、朱舜水(しゅしゅんすい)から製法を教わり、日本で最初にラーメンと餃子を食べた人物として知られています。水戸市では現在でも当時のレシピを元にした「光圀公のラーメンと餃子」を食べられる店が存在します。ただ近年では、光圀公よりおよそ200年前、室町時代に京都の僧侶が来客に中華麺を用いた「経帯麺」を振舞ったという資料が発見され、これが日本初のラーメンとする説も登場しています。
また1990年代に女子高生の間で流行した、ゆるめた白靴下「ルーズソックス」も、水戸市または宮城県仙台市で、防寒のために用いられたのを発祥とする説があります。
水戸市や周辺の住民の気質を指す言葉としては「水戸の3ぽい」があります。これは「理屈っぽい」「怒りっぽい」「骨っぽい」または「飽きっぽい」という水戸人の気質を表したものです。これは水戸藩の質実剛健な気風や、水戸光圀が創始し、のちに尊皇攘夷思想や幕末の志士に大きな影響を与えた水戸学などの文化が庶民にも根付いたものだと考えられています。
また水戸市の名物としては、納豆が有名です。これは明治以降、鉄道の水戸線が開通したことに伴い、初代・笹沼清左衛門が土産品として水戸天狗党から名づけた「天狗納豆」を開発、販売したことをきっかけに名産品として広まったものです。水戸の納豆は小粒の大豆を使い、現在では茨城県全域に生産が広まり、生産量では日本一を誇っています。近年では漫画家の介錯さんがイラストをてがけ、パッケージに商品キャラクターのドジっ娘メイド「などか」が描かれている「水戸納豆カレー」などの名物もあります。
水戸市の景勝地、観光スポットでは「新水戸八景」があります。これは水戸藩の第9第藩主、徳川斉昭(なりあき)が定めた水戸領内の景勝地「水戸八景」にちなみ、市民からの意見を参考に、1996年(平成8年)に現在の水戸市から選ばれたものです。
新水戸八景のひとつは「弘道館(こうどうかん)周辺と水戸城の壕」です。
弘道館は水戸城の旧三の丸に徳川斉昭が開いた藩校です。保存されている旧弘道館は国の特別史跡であり、その正庁、至善堂、正門は国の重要文化財になっています。日本遺産の一部でもあり、現在は弘道館公園として整備され、ウメ(梅)の名所として知られています。また春には濠の上のサクラ(桜)も見どころになっています。近年では水戸域内の水戸市立三の丸小学校、水戸市立第二中学校も、城内の一角を思わせる景観に改修されており、風格を増しています。
「保和苑(ほわえん)と周辺史跡」は、大悲山保和院桂岸寺(だいひざんほわいんけいがんじ)に隣接する庭園です。「二十三夜尊」ともいわれる桂岸寺の庭を徳川光圀が愛し「保和園」と名付けたのがはじまりといわれます。昭和初期に地元有志の手で拡張、整備され「保和苑」と改称しました。6月にはアジサイ(紫陽花)の名所となります。
また保和苑の周辺には桂岸寺はじめ愛宕山古墳、水戸八幡宮、常磐共有墓地、回天神社、祇園寺、曝井(さらしい)などの古墳や神社仏閣などの史跡が多く「水戸のロマンチックゾーン」とも呼ばれています。
「偕楽園(かいらくえん)公園と千波湖周辺」は、常磐公園として国の史跡および名勝に指定されている日本庭園と、隣接する湖です。偕楽園は徳川斉昭が、千波湖に臨む七面山を切り開いて作った回遊式庭園で、弘道館で学ぶ藩士および領民の憩いの場としたものです。岡山県岡山市の後楽園、石川県金沢市の兼六園と並んで日本三名園のひとつである偕楽園は、季節ごとにウメ、ツツジ(躑躅)、ハギ(萩)などの名所になっています。千波湖は桜川と共に水戸城の南の外堀の役目を果たした湖で、現在は埋め立てによりやや狭くなり、およそ332,000平方メートルの広さを持ち、周辺は千波公園として整備され、光圀公、斉昭公の像など、多くの名所があります。
「水戸芸術館」は市制100周年を記念して造られた美術館、コンサートホール、劇場からなる現代芸術の複合文化施設で、各建築物の中央には広大な芝生公園があります。またチタンの正三角形パネルを螺旋状に組み合わせた高さ100メートルのシンボルタワー(アートタワー)があり、展望室から水戸市とその郊外を眺めることができます。
「備前堀(びぜんぼり)」は水戸徳川藩初代藩主、徳川頼房が千波湖の治水と周辺の農業用水として、関東郡代、伊奈備前守忠次に命じて作らせた用水路で、伊奈堀(いなぼり)の別名もあります。下市の一帯を流れる備前堀は江戸の商人街の雰囲気を伝える他、近年では公園なども整備され、景観の魅力をより増しています。
「水戸市森林公園と楮川ダム」の水戸市森林公園は、明治100年を記念して丘陵地帯に造成が開始された公園です。自然の起伏がそのまま生かされており、植樹祭によって市民が植えた木は1万本近くになります。また広場には古代恐竜のレプリカもあります。森林公園の近くにある楮川ダムは、ダム湖岸に周回道路があり、公園と共にレジャースポットとなっています。
「ダイダラボウと大串貝塚ふれあい公園」は、縄文時代前期の貝塚で、一部が国の史跡に指定されている大串貝塚(おおぐしかいづか)の周辺が整備された公園です。奈良時代の地誌「常陸国風土記」内の「那賀略記」には、「大櫛之岡(おおくしのおか)」と呼ばれる岡(丘)に、大昔「長大な人」がいたという記述があり、この「長大な人」は民俗学において日本の巨人の代表的存在「ダイダラボッチ」の注目すべき一例であるとみられています。そしてこの「大櫛之岡」は大串貝塚のことだと考えられています。
現在の大串貝塚ふれあい公園には、高さ15メートルのダイダラボウ像や貝層断面観覧施設、縄文くらしの四季館などの施設があります。また社会派推理小説の巨匠として知られる松本清張さんは、この水戸の巨人伝説を題材に「巨人の磯」という作品を著しています。
「大塚池公園」は市の西部にある大塚池(新堂池)の周辺を公園として整備したもので、景勝地として茨城百選にも選ばれています。池の周辺には園路があり、冬場にはハクチョウ(白鳥)が飛来する名所として知られる他、さくら広場や木橋、遊具などもあります。
他に市内の史跡としては、前述の弘道館を含み、土塁と空堀が茨城県の史跡、薬医門は県の指定建造物でり、日本100名城にも選定され、大手門や二の丸角櫓などの復元が進められている水戸城址。水戸藩士のための墓地であり、江戸時代初期から幕末にいたるまでの著名な藩士、志士の墓所がある酒門共有墓地、常磐共有墓地。ここで徳川光圀公が誕生した、家臣、三木仁兵衛之次の屋敷跡で、現在は水戸黄門神社(義公祠堂)が建てられている光圀公生誕の地。二ヶ所の古代寺院跡である台渡里廃寺跡。1688年(元禄元年)に建てられたとされる古民家の中崎家住宅。徳川斉昭が定めた元祖、水戸八景である青柳夜雨の碑、僊湖暮雪の碑などがあります。
古墳では前述の大串貝塚の他、国の史跡である前方後円墳の愛宕山古墳。同じく国の史跡である八角墳の吉田古墳。舟塚古墳。地形の観察に適している柳崎貝塚などがあります。
市内の神社には、徳川光圀公、徳川斉昭公を祀り、テレビ時代劇「水戸黄門」でおなじみの印籠守を授与する常磐神社。主祭神は徳川家康、徳川頼房を配祀し、国の重要文化財である太刀 銘則包作(附 糸巻太刀拵)。茨城県指定文化財の総毛引紅糸李胴丸具足。水戸市指定文化財の銅造灯篭、銅造釣灯篭、三十六歌仙扁額。また徳川斉昭が作成させた日本最古の戦車とされる装甲牛車、安神車などがある水戸東照宮。県内の戦没者を祀る茨城県護国神社。吉田神社文書を保有する吉田神社。本殿が国の重要文化財、白旗山八幡宮のオハツキイチョウが国の天然記念物。黒韋肩浅葱糸威筋兜が茨城県指定有形文化財。拝殿及び幣殿、神楽殿、随神門、黒漆金銅装八角神輿、狛犬、陣太鼓が水戸市指定有形文化財である水戸八幡宮(八幡宮)。幕末の動乱で安政の大獄、桜田門外の変、会津戦争などに殉じた水戸藩士などの志士を祀り、社名は藤田東湖の著作「回天詩史」に由来する回天神社。1860年(万延元年)に創建され、ご利益の高い神社として周辺と共に栄えた出世稲荷神社。八幡神社。また寺院には、前述の桂岸寺(保和苑)をはじめ、薬王院常照寺、六地蔵寺、安国寺、祇園寺などがあります。
市内の公園には、前述の他に、テラスガーデン、観賞大温室、熱帯果樹温室、植物館、芝生園、ロックガーデンなどの施設がある水戸市植物公園。逆川の両岸に整備された逆川緑地。イギリス式の自然風形式庭園である七ツ洞公園。また少年の森、百樹園、くれふしの里古墳公園、かたくりの里公園、水戸市総合運動公園、堀原運動公園、青柳公園、小吹運動公園、東町運動公園などがあります。
市内で博物館などの施設には前述の他に、水戸市立中央図書館に併設の水戸市立博物館。文書館部門と博物館部門からなる茨城県立歴史館。茨城県近代美術館。水戸徳川家に関連するものを扱う博物館の彰考館徳川博物館(水戸徳川ミュージアム)。常磐神社内にある義烈館(水戸黄門宝物館)。大串貝塚ふれあい公園内のLECセンター。偕楽園公園内の好文亭。プラネタリウムがある、けんしん天体研修館。常陽藝文センター。常陽史料館などがあります。
水戸市の祭礼、イベントには、2月から3月に弘道館、偕楽園で開催され、水戸の梅大使が活躍することで全国的に知られる水戸の梅まつり。3月10日前後に納豆早食い世界大会が開催される、みとの日。4月に千波湖畔や桜山などで開催される水戸の桜まつり。4月から5月に偕楽園で開催される水戸のつつじまつり。5月の常磐神社例大祭。6月に保和苑で開催される水戸のあじさいまつり。8月に花火大会やパレードなどが行われる市内最大級のイベント、水戸黄門まつり。内原出会いの広場公園で開催される水戸市内原商工夏祭り。9月に偕楽園で行われる水戸の萩まつり。上市通りで開催される水戸まちなかフェスティバル。10月の吉田神社例大祭。10月から11月の水戸の菊花展。11月に大串貝塚ふれあい公園で開催されるダイダラボウまつり。水戸市産業祭。大串稲荷神社祭礼。千波公園で行われる水戸のラーメンまつり。12月の、さんたサンタsantaフェスティバル。12月から1月に水戸芸術館で開催されるアートタワーみとスターライトファンタジーや水戸デザインフェスなどがあります。
水戸市を舞台やロケ地にしたフィクションとしては、やはり「水戸黄門漫遊記」をはじめ、水戸藩に関係する人物を題材にした歴史作品が有名です。著名な水戸藩主や藩士を題材にした作品は、映画や小説、漫画などを含めて枚挙に暇がありません。
「水戸黄門漫遊記」は、名君として知られた水戸光圀が隠居後によく領内を巡視したことや、「大日本史」編纂の資料を求めて諸国に家臣を派遣したことをヒントに、隠居した光圀が身分を隠し、家来と共に諸国を漫遊して権力者の横暴を懲らしめるという物語です。江戸時代から講談や歌舞伎で親しまれ、近代では映画やテレビ時代劇「水戸黄門」の題材としてもよく知られています。
今日では1969年(昭和44年)にナショナル劇場(現:パナソニック ドラマシアター)としてスタートし、2011年(平成23年)12月19日の最終回スペシャルまで、42年間の長期にわたって放送されたテレビ時代劇「水戸黄門」がもっとも有名です。この作品は、現代の定番として知られる「悪人一味に印籠を掲げて正体を明かす」パターンや、風車の矢七、うっかり八兵衛、かげろうお銀、柘植の飛猿といったドラマ独自の人物を定着させた番組でもあり、このドラマ版に準じた名所、名物なども、水戸市や周辺に多く見られます。
他にも水戸市に関連する歴史作品では、水戸斉昭の七男であり、江戸幕府第15代征夷大将軍、最後の徳川幕府将軍となった徳川慶喜を描く司馬遼太郎さんの小説「最後の将軍 徳川慶喜」を原作とした1998年(平成10年)のNHK大河ドラマ「徳川慶喜」や、多くの水戸藩士が参加した大老、井伊直弼暗殺事件を描いた吉村昭さんの歴史小説およびその映画化「桜田門外ノ変」などが有名です。
現代の水戸市を描いた作品では、小説家の恩田陸さんが、母校である茨城県立水戸第一高等学校の名物行事を題材に描いた小説「夜のピクニック」および、実際に同校などでロケを行ったその映画版があります。また春日部タケルさんのライトノベル作品で、テレビアニメ化もされた「俺の脳内選択肢が、学園ラブコメを全力で邪魔している」。有川浩さんの小説で、実写映画化、テレビおよび劇場アニメ化もされている「図書館戦争」などが水戸市を主な舞台にしています。

水戸市 の場所

茨城県水戸市は、県央地域に属し、県の中央部よりやや東よりに位置する市です。市域は横長で東側がやや長い三角形に近く、市の北側、西よりを東茨城郡城里町に、中央部を那珂市に、東よりをひたちなか市に、東部の先端を東茨城郡大洗町に、南側を同郡茨城町に、西側を笠間市に接しています。
水戸市は茨城県の県庁所在地で、県の行政、文化などさまざまな施設が集まる県都でもあります。明治維新後、日本で最初に誕生した市のひとつであり、電気や電話が早期に配備されるなど先進的な地域でした。現在でも市内には商業地などが多く、道路網や鉄道網、各種インフラなどが整った利便性の高い市です。歴史的には江戸時代を通じて水戸徳川藩の中心地であり、水運で栄えた地域でした。弘道館、偕楽園など水戸藩ゆかりの名所、史跡も多く、また「水戸黄門」として名高い水戸光圀公をはじめとする歴代藩主や、水戸藩出身の幕末の志士などが残した有形、無形の文化も豊富で、観光地としても全国的に知られています。総じて都市としての利便性から史跡、文化など、極めて環境に恵まれた、全国でも有数の都市だといえます。
水戸市の紋章は、六方手裏剣のように6方向に角が突き出た模様の中心に、3本の線で円を象り、各線の中央内部に小さな突起が出ているものです。これは水戸市の「水」をデザイン化したもので、たくましく四方に伸びる姿を表し、その中にミトの「ト」を3つ合わせて芯としています。この紋章は1933年の公募により集まった669作品の中から、大谷幸次郎さんの作品が同年12月23日に選ばれ、制定されたものです。
水戸市は、1964年(昭和39年)10月10日に福井県敦賀市と姉妹都市提携を、1968年(昭和43年)10月29日に滋賀県彦根市と、1974年(昭和49年)4月13日に滋賀県彦根市と親善都市提携を結んでいます。
敦賀市とは、幕末、1864年(元治元年)に天狗党の乱(元治甲子の乱)を起こした主に水戸藩士からなる尊皇攘夷派の志士たちが、京に向かう途中で幕府に降伏した後、352人が現在の敦賀市、松原海岸で処刑されました。その後、敦賀の人々が彼らを手厚く弔い、松原神社に祀った出来事から、松原神社100年祭を機に提携を結びました。
彦根市は幕末、安政の大獄にて多くの水戸藩士を含む尊皇攘夷派を弾圧し、その報復として志士たちに桜田門外の変で暗殺された江戸幕府大老、井伊直弼の領地であり出身地です。この歴史的な対立を越えるため、敦賀市の仲立ちで、明治100年を機に提携を結びました。
高松市は、水戸徳川藩初代藩主、徳川頼房の長男、頼重が高松藩初代藩主となった歴史的な縁から、彦根市の仲立ちで提携を結びました。
海外では、アメリカ合衆国カリフォルニア州アナハイム市と1976年(昭和51年)12月21日に国際親善姉妹都市提携を、中華人民共和国直轄市の重慶市と2000年(平成12年)6月6日に友好交流都市提携を結んでいます。
水戸市の花はウメ、市の木はハギ、市の鳥はハクセキレイ(白鶺鴒)です。これらは1991年4月1日に制定されました。
ウメはバラ科サクラ属の落葉高木です。ウメといえばサクラに並ぶ春の花として、古来より日本で愛されている木です。俳句でも「梅」は春の季語ですが「早梅」「寒梅」や「探梅(たんばい、うめさぐる)」は冬の季語になります。またウメといえば、梅干をはじめさまざまな食品に用いられる「梅の実」の代名詞にもなっています。水戸市には偕楽園などウメの名所が多く、親しみ深い花です。
ハギはマメ科ハギ属の総称で、1メートルから1.5メートル程度の落葉低木です。通常はヤマハギを指すことが多く、秋の七草のひとつとしてもよく知られています。7月から10月にかけて、枝の先端から多くの花枝を出し、紅紫色で蝶のような形をした可憐な花をつけ、枝先が地面につくようにしだれます。仲秋の頃になると散りこぼれるハギは、秋の野山の代表的な花として古くから親しまれ「万葉集」でもっともよく詠まれるなど、日本の詩歌にもよく歌われます。水戸市では偕楽園のハギが有名であり、山野に自生する姿も見られます。
セキレイとは鳥類の一グループです。標準和名でセキレイと呼ばれる種はなく、和名にセキレイが含まれるのは、スズメ目セキレイ科セキレイ属の種と、スズメ目セキレイ科イワミセキレイ属のイワミセキレイ(石見鶺鴒)1種です。
ハクセキレイはセグロセキレイ(背黒鶺鴒)、キセキレイ(黄鶺鴒)と共に、セキレイ属で通常、日本で見られる固有種の3種のうちの1種です。ただ他にも旅鳥などで希に日本で見られるセキレイの種もあります。ハクセキレイは世界中に分布するタイリクハクセキレイの一亜種で、体長は21センチ程度、ムクドリよりやや小さめで細身。他のタイリクハクセキレイ亜種よりは大型の鳥です。頭から肩、背にかけては、雄の夏羽は黒色、雌と雄の冬羽は灰色です。腹部や顔は白く、胸部や目元の線が黒くなります。また嘴と脚も黒です。幼鳥は頭から背中が灰色、顔はやや黄色、腹は白で、胸部の黒は薄くまだらになります。
セキレイ属の鳥は主に水辺に住みますが、ハクセキレイは水辺に近い農地や市街地でも見られ、やや低地を好む傾向があります。また都市部など乾いた環境にも適応しています。雑食性で人間への警戒心が薄く、餌付けされることもあります。地鳴きは「チュチン、チュチン」と、飛翔時は「チチッ、チチチッ」と鳴きます。希で成鳥が縄張りを主張するために3秒ほど、非常に美しい声で鳴くこともあります。
セキレイの種は長い尾を主に上下に振る習性があり、この動作からニワタタキ(庭叩き)、イワタタキ(岩叩き)、イシタタキ(石叩き、石敲き)や、日本神話の伝承からオシエドリ(教鳥)、コイオシエドリ(恋教鳥)など、数多くの別名があります。またセキレイは日本の文化にも関わりが深く、俳句ではセキレイやその別名は秋の季語になっています。現代剣道の元となった幕末の剣術流派、北辰一刀流では、星眼(正眼)の構えで剣先を小刻みに動かすことを「セキレイの尾」の動きと呼び、構えの基本にしています。
ハクセキレイは那珂川や桜川、千波湖など市内でよく見られ、水の都である水戸にふさわしい鳥だといえます。
水戸市のマスコットキャラクターは「みとちゃん」です。みとちゃんは、時代劇「水戸黄門」イメージの徳川光圀公と、水戸市の名産品、納豆をモチーフにしたキャラクターで、衣装は袖なし羽織の和装に杖、印籠と水戸黄門風ながら、髪は藁ずと納豆風に両サイドで結び、ウメの花の髪飾りがついた女の子です。
みとちゃんの誕生日は「みと」で3月10日。性格は好奇心旺盛でさまざまな場所に出かけることや、遊びにきてくれた友達をもてなすのが大好きと、史実の光圀公を思わせるものです。好きな食べ物は納豆、森のシェーブル館のレアチーズタルト、水戸藩らーめん、梅干し。偕楽園でのお昼寝とお出かけが好きで、「黄門様」にあこがれているため、いつか全国行脚したいと思っているそうです。
水戸市では、偕楽園で毎年、他地域のゆるキャラが多く集まる「みとちゃんお誕生会」を開催する他、全国のゆるキャラ総勢40体程度が集まるみとちゃんの公式テーマソング「もっとmeetみとちゃん」や「みとちゃんダンス」などを用意し、みとちゃんは水戸市のPRのために今日も活躍しています。
また市内には他にも、イラストレーター、ぎん太さんデザインによる水戸生涯学習センターのマスコットキャラクターで、光圀公の学者肌の側面を現して、光圀公の衣装で大きな鉛筆を背負い、本を読む女の子の「あたごちゃん」。水戸商工会議所のキャラクターで、楽しそうに高笑いする黄門様の姿を漫画チックに描いた「いきいき黄門さま」など、光圀公をモデルにしたキャラクターが数多く存在します。

水戸市 の鉄道路線

東日本旅客鉄道(JR東日本)
常磐線
水戸線
・水戸駅
・偕楽園駅(臨時駅)
・赤塚駅
・内原駅
水郡線
・水戸駅
・常陸青柳駅

鹿島臨海鉄道
大洗鹿島線
・水戸駅
・東水戸駅
・常澄駅

水戸市のバス
路線バス
・茨城交通
・関東鉄道
・関鉄グリーンバス

高速バス
・みと号:赤塚ルート、茨大ルート、県庁ルート(茨城交通、関東鉄道、ジェイアールバス関東)
・東海・勝田・水戸大洗IC‐八潮PA(TX八潮駅)・都営浅草駅・上野駅・東京駅(茨城交通)
・水戸駅・茨城大学前・赤塚駅‐上三川インターパーク・宇都宮駅・東武宇都宮駅(茨城交通、関東自動車)
・急行「TMライナー」偕楽園・水戸駅・・茨城県庁BT‐つくばセンター・土浦駅東口(関東鉄道、関鉄観光バス)
・夜行高速バス「よかっぺ関西号」水戸駅南口・土浦駅・つくばセンター‐京都駅・大阪あべの橋駅・USJ(関東鉄道、近鉄バス)
・水戸駅‐仙台駅(茨城交通)
・水戸駅南口‐羽田空港(茨城交通)
・水戸駅南口‐成田空港(茨城交通、千葉交通)
・水戸駅南口‐茨城空港(関東鉄道、茨城交通)
・水戸駅南口・大工町・赤塚駅・大塚‐東京ディズニーリゾート(関東鉄道)

水戸市 の主要道路

高速道路・有料道路
・常磐自動車道(水戸IC‐水戸北スマートIC)
・北関東自動車道(水戸南IC)
・東水戸道路(水戸大洗IC)

一般国道
・国道6号(水戸街道・陸前浜街道)
・国道50号
・国道51号
・国道118号
・国道123号
・国道124号
・国道245号
・国道349号
・国道400号

主要地方道
・茨城県道2号水戸鉾田佐原線
・茨城県道6号水戸那珂湊線(水戸市内の全区間が国道51号もしくは国道245号と重複する)
・茨城県道30号水戸岩間線
・茨城県道40号内原塩崎線
・茨城県道50号水戸神栖線
・茨城県道51号水戸茂木線
・茨城県道52号石岡城里線
・茨城県道59号玉里水戸線
・茨城県道63号水戸勝田那珂湊線
一般県道
・茨城県道102号長沢水戸線
・茨城県道105号友部内原線
・茨城県道106号長岡大洗線
・茨城県道113号真端水戸線
・茨城県道169号菅谷小原内水戸線
・茨城県道171号石川袴塚線
・茨城県道174号小泉水戸線
・茨城県道175号塩ヶ崎茨城線
・茨城県道177号赤塚馬口労線
・茨城県道178号常磐公園線
・茨城県道179号中石崎水戸線
・茨城県道180号長岡水戸線
・茨城県道193号杉崎友部線
・茨城県道232号市毛水戸線
・茨城県道235号下入野水戸線
・茨城県道253号水戸枝川線
・茨城県道342号上水戸停車場千波公園線
・茨城県道351号馬渡水戸線
・茨城県道356号城里那珂線
自転車道
・茨城県道500号茨城大洗自転車道線

水戸市 出身の芸能人

茨城県水戸市出身の著名人では、歴史上の人物として、やはり「水戸黄門」こと、徳川家康の孫にあたる水戸徳川家第2代藩主、徳川光圀がもっとも有名です。若き日は「傾き者」として不良少年めいた逸話もある光圀公ですが、18歳で司馬遷の「史記」伯夷伝を読んで感銘を受けて以降、学問に打ち込みます。水戸藩主となってからは、史書「大日本史」の編纂を行い、それを通じて幕末の尊皇攘夷運動にも強い影響を与えた藩独自の学問「水戸学」を形成するなど、多くの事業を行った他、隠居後も徳川一門の長老として大きな影響力を持ちます。
また光圀公は学者肌で好奇心の強さでも知られ、諸説はあるものの、日本で最初にラーメンや餃子、チーズ、牛乳酒、黒豆納豆などを食べ、オランダ製の靴下、メリヤス足袋を使用したともいわれています。このような性格や業績から、のちに物語の「水戸黄門」として親しまれることになり、現代でも光圀公は、水戸市にさまざまな文化を残した市のシンボルとして、多くのキャラクター化や、光圀公にちなんだラーメンなどの商品化もされており、今日でも水戸市にも大きな影響を与えています。
また常陸水戸藩の第9代藩主で、攘夷論者として幕政にも辣腕を振るう一方、「水戸八景」の選定なども行った徳川斉昭。生まれは江戸の水戸藩邸ですが、斉昭の七男で一橋徳川家の9代当主から徳川家15代将軍、最後の徳川将軍となった徳川慶喜なども有名です。
著名な水戸藩士では、光圀に仕えた儒学者で「水戸黄門」の格さんこと渥美格之進のモデルとされる安積澹泊(覚兵衛)。江戸時代後期の儒学者、民政家で「正名論」「勧農或問」などの著作があり、後期水戸学の中心人物の一人となった藤田幽谷。幕末の水戸学藤田派の学者であり、徳川斉昭の腹心として「水戸の両田」と呼ばれた水戸藩家老の戸田忠太夫(蓬軒)および幽谷の息子、藤田東湖。江戸後期から幕末の水戸学藤田派の学者、思想家である会沢正志斎。前述の「水戸の両田」に加え「水戸の三田」と呼ばれた人物で、水戸天狗党の首領として処刑された武田耕雲斎などがいます。
また幕末の剣客集団、新選組では、新選組の初代筆頭局長となった芹沢鴨とその一党、新見錦、平山五郎、野口健司、平間重助らが水戸藩浪士といわれ、隊内では「水戸派」とも呼ばれましたが、各人についての史料は少なく、詳細は不明です。
今日の水戸市出身の著名人には、俳優に、テレビドラマ「ただいま放課後」の熱血教師ドンガメこと森雄太。必殺シリーズ「必殺仕舞人」「新・必殺仕舞人」の居合使い、直次郎をはじめ、悪役からコミカルな役まで多彩な役を演じ、独特の演技力で「怪優」として名高い本田博太郎さん。映画「激突!殺人拳」「直撃!地獄拳」「日本暴力列島 京阪神殺しの軍団」など多くの映画、テレビドラマなどに出演する中島ゆたかさん。大正製薬「リポビタンD」のCMで知られる他、多数の映画、テレビドラマに出演。イラストや英会話など趣味、特技も豊富な渡辺裕之さん。映画「大巨獣ガッパ」「女番長 野良猫ロック」など多くの映画、テレビドラマに出演した和田浩治さん。スーパー戦隊シリーズ第24作「未来戦隊タイムレンジャー」のユウリ/タイムピンク役などを演じた勝村美香さん。CMなどで活躍する子役、キッズモデルの高木美嘉さん。宝塚歌劇団星組の元男役スターで、現在は女優、歌手、声優として活躍する七海ひろきさん。水戸市出生、東京都練馬区出身で劇団四季に所属するミュージカル俳優、バレエダンサーである草場有輝さんなどがいます。
また映画「不良番長」シリーズや「仁義なき戦い」シリーズなど数多くの映画、テレビドラマに出演した映画スター、俳優であり、実業家、美食家、マルチタレントとしても活躍した梅宮辰夫さんは、出生は満州国ハルピン特別市ですが、帰国後、水戸市で育ちました。
声優では、テレビアニメ「機動戦士Ζガンダム」のカミーユ・ビダンや「プラスティック・メモリーズ」の山野辺タカオなど数多くの役で知られ、舞台でも活躍する飛田展男さん。テレビアニメ「マクロスF」のランカ・リーや「ハピネスチャージプリキュア!」の愛乃めぐみ/キュアラブリーなどの役で知られ、歌手活動も活発に行う中島愛さん。アニメ、ゲームなどの「アイカツ!」シリーズの霧矢あおい。テレビアニメ「神田川JET GIRLS」の紫集院かぐやなどを演じ、歌手としても活躍する愛称「ころあず」の田所あずささんなどが水戸市の出身です。
音楽関係の水戸市出身者には、黒澤明監督、今村昌平監督などの映画や、NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」「黄金の日日」、NHK時代劇「風神の門」、NHKアニメ「未来少年コナン」など数々の劇中楽曲をてがけた作曲家で東京音楽大学名誉教授の池辺晋一郎さん。楽曲「大地讃頌」などを手がけた作曲家、ピアニストで、元東京藝術大学教授である佐藤眞さん。歌手、作詞家、作曲家、詩吟師範、ピアノ奏者で、ロックバンド「和楽器バンド」ボーカル、和風ユニット「華風月」でピアノ兼ボーカルを務める鈴華ゆう子さん。キーボーディスト、音楽プロデューサーで「The Dreamers」「カルパッチョス」など複数のバンドに在籍する小泉信彦さん。ギタリスト、作曲家、編曲家、音楽プロデューサーで、さまざまなアーティストや映像作品などの楽曲提供、演奏などを行っているオダクラユウさん。ソロアルバム「VOCALISE」「Fantasie」などがあるトランペット奏者の班目加奈さん。ロックバンド「MUCC(ムック)」ボーカルの逹瑯さん、ドラムスのSATOちさん。ロックバンド「Kagrra」元メンバーでギターを担当したミュージシャンの楓弥さん。ヒップホップユニット「LUNCH TIME SPEAX」メンバーのGOCCIさん、TAD'S A.C.さん、DJ DENKAさん。元札幌交響楽団コンサートマスターのヴァイオリニスト、三上亮さん。ロックバンド「BRAHMAN」でボーカルを務めるミュージシャンのTOSHI-LOWさん。ロックバンド「HiGE(髭)」ボーカルの須藤寿さん、ベースの宮川トモユキさん。ポップスバンド「THE LINDA!」メンバーでベーシストの樫村智也さん。茨城ローカルのシンガーソングライターで、ローカルタレントとしても活動する磯山純さん。「最後の恋〜悲しみのソレアード〜」「きっとツナガル&はじまりの朝」などの曲がある歌手のクミコ(高橋久美子、高橋クミコ)さん。テレビアニメ「ふたりはプリキュア」主題歌「DANZEN!ふたりはプリキュア」をはじめ、アニメ、特撮番組の曲で知られる歌手の五條真由美さん。「ファンタジックレディオ」などの曲があるシンガーソングライター、俳優の石崎ひゅーいさんなどがいます。
タレントなどその他の分野では、現在の吉本新喜劇の重鎮、島田一の介師匠の師匠にあたる島田洋之介師匠との夫婦漫才で知られ、上方演芸の殿堂入りも果たした今喜多代師匠。2009年水戸の梅大使も務めたタレントで、自転車が趣味の葉月祥子(前嶋しょうこ)さん。R-1ぐらんぷり2011優勝者のお笑い芸人、佐久間一行さん。アイドルグループ「虹のコンキスタドール」「でんぱ組.inc」メンバーで女性アイドルの根本凪さん。元キングレコード専務取締役で、アニメ映画「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」など多くのアニメ作品、特撮、実写ドラマにプロデューサー、ディレクターとして携わった大月俊倫さん。茨城県ローカルタレント、ラジオパーソナリティで、ハンバーガー好きであるジェームス英樹さん。NHKアナウンサーの寺門亜衣子さん。気象情報会社「ウェザーニューズ」キャスターで、アニメ、漫画への造詣も深い檜山沙耶さんなどが水戸市の出身者です。
芸術、文化関係では、日本映画界の巨匠、深作欣二監督が水戸市の出身です。「仁義なき戦い」「柳生一族の陰謀」「必殺4恨みはらします」「蒲田行進曲」「バトル・ロワイアル」など実録ヤクザ映画、アクション時代劇からSFや文芸作品などさまざまな映画を手がけた他、テレビ時代劇「必殺シリーズ」では第1作「必殺仕掛人」の演出を担当し、第2作「必殺仕置人」より登場する、藤田まことさん演じる中村主水の人物設定にも関わりました。亡くなられた現在も、クエンティン・タランティーノ監督やジョン・ウー監督など、世界的な映画人をはじめ全世界に多くの熱狂的ファンをもつ、日本映画を代表する監督のひとりです。
他にも、映画監督で黒澤明監督の遺構シナリオを映画化した「雨あがる」や「阿弥陀堂だより」「博士の愛した数式」などを手がけた小泉堯史監督。映画「青春残酷物語」「砂の器」「八つ墓村」「震える舌」など多くの作品を手がけた映画撮影監督の川又昂監督。映画撮影監督、東京藝術大学教授で、映画「ガマの油」「脳男」などに携わった栗田豊通監督。文学では、「己が罪」などの作品がある明治から昭和初期の小説家で、大阪毎日新聞相談役も務めた菊池幽芳さん。「竜宮の乙姫の元結いの切りはずし」「神々のパラドックス」などの作品がある小説家の薄井ゆうじさん。推理、SF作家であり「大逆転!ミッドウェー海戦 タイム・スリップした海上自衛艦奮闘す!」などの作品で、架空戦記の第一人者といわれる檜山良昭さん。漫画家では「気分はグルービー」「以蔵のキモチ」などの作品がある佐藤宏之さんなどが水戸市の出身です。
美術界では「瀟湘八景」「生々流転」などの作品がある近代日本画壇の巨匠で、朦朧体(もうろうたい)と呼ばれる独特の没線描法を確立した、第一回文化勲章受章でもある横山大観さん。「花摘雲」「日本民話」などの作品があり、日本美術協会副理事長を務めた洋画家の仁平有美さん。「日光東照宮陽明門」「百花百草図」などの作品があり、高山植物を中心に、植物学の知識に基づく精緻な植物画を得意とした洋画家の五百城文哉さん。「少女裸像」「頭蓋骨を持てる自画像」などの作品がある大正期の洋画家、中村彝さん。「エーゲ海に捧ぐ」「女の顔」などの作品がある彫刻家の木内克さん。「母と子」「誕生仏」などの作品がある彫刻家の後藤清一さん。「蘭陵王置物」などの作品があり、東京美術学校(現東京藝術大学)教授でもあった彫金家の海野勝珉さん。東京都有形文化財である土浦亀城邸(第2)などを手がけ、モダニズム邸宅を得意とした建築家の土浦亀城さん。舞台美術家、衣裳デザイナーで、映画「巨人と玩具」「最高殊勲夫人」などに携わった真木小太郎さんなどが水戸市の出身者です。
ジャーナリストでは、元日本経済新聞社社長の鶴田卓彦さん。大正から昭和の時事新報の海軍記者で、戦後は第二次世界大戦の戦記も執筆した伊藤正徳さん。明治期の大阪毎日新聞社長で衆議院議員も務めた渡辺治さん。明治から昭和初期の新聞記者、政論家だった朝比奈知泉さん。大阪毎日新聞編集主幹、東京日日新聞主幹であった渡辺巳之次郎さん。福澤諭吉さんの伝記「福澤諭吉伝」を著した石河幹明さん。またボードゲーム「オセロ」の開発者である長谷川五郎さんなどが現在の水戸市の出身です。
スポーツ界の水戸市出身者には、野球界では、プロ野球界に、川崎コロムビア、近鉄パールスの元捕手で、引退後は広島東洋カープ、西武ライオンズなどの監督、コーチや野球評論家などを務めた根本陸夫さん。西鉄ライオンズで外野手を務め、引退後は実業家に転じた玉造陽二さん。中日ドラゴンズで外野手、内野手を務めた元選手の春田剛さん。出生は西茨城郡友部町(現・笠間市)で、西鉄ライオンズ、広島カープ、南海ホークスで外野手を務めた元選手の大和田明さん。元100メートル競走日本記録保持者である元陸上短距離選手で、引退後はロッテオリオンズの外野手、コーチなどを務めた飯島秀雄さん。また明治から昭和の学生野球選手(内野手)、学生野球指導者、野球評論家で、日本学生野球の発展に大きく貢献したことから「学生野球の父」と呼ばれる飛田穂洲(飛田忠順)さん。プロサッカー界では、ジュビロ磐田所属で、元サッカー日本代表の大津祐樹選手。福島ユナイテッドFCやNEC TOKIN FCに所属した大橋直矢選手。徳島ヴォルティスに所属する田向泰輝選手。大相撲力士には、明治から大正の力士で第19代横綱である常陸山谷右エ門関。元関脇で現錦戸親方である水戸泉政人関。出生地はひたちなか市(旧勝田市)で元大関、現藤島親方の武双山正士関。元大関、現二子山親方でグルメに造詣の深い雅山哲士関。出羽海部屋に所属した元力士で最高位は東前頭6枚目の御西山政夫関。他にも明治から昭和の剣道家で、流派は中西派一刀流。昭和天覧試合で準優勝を果たした高野茂義範士。奈良時代より伝わる日本独自の拳法といわれる骨法(こっぽう)の継承者だった武道家の堀辺正史範士。Honda Heatに所属するラグビー選手の郡司健吾選手。女子プロゴルファーでゲームと漫画を好み、アキバ系ゴルファーと呼ばれる三塚優子さん。さまざまな大会で好成績を残している女子柔道家の渡邉美奈選手などがいます。

水戸市 町域別対応エリア

ア行

青柳町(アオヤギチョウ)、赤尾関町(アカオセキチョウ)、赤塚1(アカツカ1)、赤塚2(アカツカ2)、秋成町(アキナリチョウ)、圷大野(アクツオオノ)、曙町(アケボノチョウ)、朝日町(アサヒチョウ)、愛宕町(アタゴチョウ)、木葉下町(アボッケチョウ)、有賀町(アリガチョウ)、飯島町(イイジマチョウ)、飯富町(イイトミチョウ)、石川町(イシカワチョウ)、石川1(イシカワ1)、石川2(イシカワ2)、石川3(イシカワ3)、石川4(イシカワ4)、泉町1(イズミチョウ1)、泉町2(イズミチョウ2)、泉町3(イズミチョウ3)、岩根町(イワネチョウ)、牛伏町(ウシブシチョウ)、内原町(ウチハラチョウ)、内原1(ウチハラ1)、内原2(ウチハラ2)、大串町(オオクシチョウ)、大足町(オオダラチョウ)、大塚町(オオツカチョウ)、大場町(オオバチョウ)、大町1(オオマチ1)、大町2(オオマチ2)、大町3(オオマチ3)、小原町(オバラチョウ)

カ行

加倉井町(カクライチョウ)、笠原町(カサハラチョウ)、金谷町(カナヤチョウ)、金町1(カネマチ1)、金町2(カネマチ2)、金町3(カネマチ3)、上河内町(カミガチチョウ)、上国井町(カミクニイチョウ)、上水戸1(カミミト1)、上水戸2(カミミト2)、上水戸3(カミミト3)、上水戸4(カミミト4)、萱場町(カヤバチョウ)、川又町(カワマタチョウ)、瓦谷(カワラヤ)、河和田町(カワワダチョウ)、河和田1(カワワダ1)、河和田2(カワワダ2)、河和田3(カワワダ3)、北見町(キタミチョウ)、栗崎町(クリザキチョウ)、黒磯町(クロイソチョウ)、けやき台1(ケヤキダイ1)、けやき台2(ケヤキダイ2)、けやき台3(ケヤキダイ3)、小泉町(コイズミチョウ)、鯉淵町(コイブチチョウ)、小林町(コバヤシチョウ)、小吹町(コブキチョウ)、紺屋町(コンヤチョウ)、五軒町1(ゴケンチョウ1)、五軒町2(ゴケンチョウ2)、五軒町3(ゴケンチョウ3)、五平町(ゴヘイチョウ)

サ行

栄町1(サカエチョウ1)、栄町2(サカエチョウ2)、酒門町(サカドチョウ)、柵町1(サクマチ1)、柵町2(サクマチ2)、柵町3(サクマチ3)、桜川1(サクラガワ1)、桜川2(サクラガワ2)、三の丸1(サンノマル1)、三の丸2(サンノマル2)、三の丸3(サンノマル3)、塩崎町(シオガサキチョウ)、渋井町(シブイチョウ)、島田町(シマダチョウ)、下入野町(シモイリノチョウ)、下大野町(シモオオノチョウ)、下国井町(シモクニイチョウ)、下野町(シモノチョウ)、白梅1(シラウメ1)、白梅2(シラウメ2)、白梅3(シラウメ3)、白梅4(シラウメ4)、新荘1(シンソウ1)、新荘2(シンソウ2)、新荘3(シンソウ3)、新原1(シンハラ1)、新原2(シンハラ2)、自由が丘(ジユウガオカ)、城東1(ジョウトウ1)、城東2(ジョウトウ2)、城東3(ジョウトウ3)、城東4(ジョウトウ4)、城東5(ジョウトウ5)、城南1(ジョウナン1)、城南2(ジョウナン2)、城南3(ジョウナン3)、水府町(スイフチョウ)、末広町1(スエヒロチョウ1)、末広町2(スエヒロチョウ2)、末広町3(スエヒロチョウ3)、杉崎町(スギサキチョウ)、住吉町(スミヨシチョウ)、千波町(センバチョウ)

タ行

高田町(タカダチョウ)、田島町(タジマチョウ)、田野町(タノチョウ)、田谷町(タヤチョウ)、大工町1(ダイクマチ1)、大工町2(ダイクマチ2)、大工町3(ダイクマチ3)、ちとせ1(チトセ1)、ちとせ2(チトセ2)、中央1(チュウオウ1)、中央2(チュウオウ2)、筑地町(ツイジチョウ)、天王町(テンノウチョウ)、東野町(トウノチョウ)、東前町(トウマエチョウ)、東前1(トウマエ1)、東前2(トウマエ2)、東前3(トウマエ3)、常磐町(トキワチョウ)、常磐町1(トキワチョウ1)、常磐町2(トキワチョウ2)

ナ行

中大野(ナカオオノ)、中河内町(ナカガチチョウ)、中原町(ナカハラチョウ)、中丸町(ナカマルチョウ)、成沢町(ナルサワチョウ)、西大野(ニシオオノ)、西原1(ニシハラ1)、西原2(ニシハラ2)、西原3(ニシハラ3)、根本町(ネモトチョウ)、根本1(ネモト1)、根本2(ネモト2)、根本3(ネモト3)、根本4(ネモト4)

ハ行

袴塚1(ハカマツカ1)、袴塚2(ハカマツカ2)、袴塚3(ハカマツカ3)、八幡町(ハチマンチョウ)、浜田町(ハマダチョウ)、浜田1(ハマダ1)、浜田2(ハマダ2)、梅香1(バイコウ1)、梅香2(バイコウ2)、東赤塚(ヒガシアカツカ)、東大野(ヒガシオオノ)、東桜川(ヒガシサクラガワ)、東台1(ヒガシダイ1)、東台2(ヒガシダイ2)、東原1(ヒガシハラ1)、東原2(ヒガシハラ2)、東原3(ヒガシハラ3)、姫子1(ヒメゴ1)、姫子2(ヒメゴ2)、開江町(ヒラクエチョウ)、平須町(ヒラスチョウ)、平戸町(ヒラトチョウ)、備前町(ビゼンマチ)、藤井町(フジイチョウ)、藤が原1(フジガハラ1)、藤が原2(フジガハラ2)、藤が原3(フジガハラ3)、藤柄町(フジガラチョウ)、双葉台1(フタバダイ1)、双葉台2(フタバダイ2)、双葉台3(フタバダイ3)、双葉台4(フタバダイ4)、双葉台5(フタバダイ5)、文京1(ブンキョウ1)、文京2(ブンキョウ2)、堀町(ホリチョウ)、本町1(ホンチョウ1)、本町2(ホンチョウ2)、本町3(ホンチョウ3)

マ行

全隈町(マタグマチョウ)、松が丘1(マツガオカ1)、松が丘2(マツガオカ2)、松本町(マツモトチョウ)、見川町(ミガワチョウ)、見川1(ミガワ1)、見川2(ミガワ2)、見川3(ミガワ3)、見川4(ミガワ4)、見川5(ミガワ5)、緑町1(ミドリチョウ1)、緑町2(ミドリチョウ2)、緑町3(ミドリチョウ3)、南町1(ミナミマチ1)、南町2(ミナミマチ2)、南町3(ミナミマチ3)、三野輪町(ミノワチョウ)、宮内町(ミヤウチチョウ)、宮町1(ミヤマチ1)、宮町2(ミヤマチ2)、宮町3(ミヤマチ3)、三湯町(ミユチョウ)、見和1(ミワ1)、見和2(ミワ2)、見和3(ミワ3)、元石川町(モトイシカワチョウ)、元台町(モトダイマチ)、元山町1(モトヤマチョウ1)、元山町2(モトヤマチョウ2)、元吉田町(モトヨシダチョウ)、森戸町(モリトチョウ)

ヤ行

谷田町(ヤダチョウ)、谷津町(ヤツチョウ)、柳河町(ヤナカワチョウ)、柳町1(ヤナギマチ1)、柳町2(ヤナギマチ2)、百合が丘町(ユリガオカチョウ)、吉沢町(ヨシザワチョウ)、吉田(ヨシダ)、吉沼町(ヨシヌマチョウ)、米沢町(ヨネザワチョウ)

ラ行

六反田町(ロクタンダチョウ)

ワ行

若宮町(ワカミヤチョウ)、若宮1(ワカミヤ1)、若宮2(ワカミヤ2)、渡里町(ワタリチョウ)

水戸市 の施工事例

アンテナ本体 型番

  • デザインアンテナ

    型番:UAH201(最新モデル)
    (同軸ケーブル:白か黒の2色のうち、おすすめは外壁になじむ色)

    工事費込み 20,000円(税込)

    カラーバリエーションはオフホワイトライトブラウンスーパーブラックブラックブラウンの4色から現場で選択することが可能です。同じUHF20素子相当のデザインアンテナを比較した場合、業界トップクラスの受信性能、高利得を誇る大手DXアンテナ社製。本体の厚みはわずか119mm、サイズは高さ590mm×幅220mmで業界最小クラス。コンパクトサイズのため狭い屋根裏や天井裏などへの取り付けも最適。壁面に取り付けの場合は、極細のビスを6箇所打ち込んで金具を取り付け、金具にガチャンと本体をはめ込みボルトを締めるだけの簡単施工が可能なため建物へのダメージを極力軽減できます。ブースターが必要な場合はUAH201の背面にスッキリ取り付けられる構造になっており、表にブースターが露出しないので外観もキレイに保てます(弊社では電波状況が悪くない限り、なるべくブースターも屋内の、分配器の近くに隠してしております)。修理の場合、ブースター内蔵タイプのデザインアンテナとは異なり、ブースターだけの交換をできるメリットがあります。太陽光発電システムや片流れ屋根で屋根上に屋根馬を立てられず昔ながらの八木アンテナを設置できない住宅にも最適。耐風速(破戒風速)50m/sですが、屋内や外壁など、強風の影響を受けにくい取り付け位置と形状をしているため、災害にも強いアンテナとなっております。当店人気ナンバー1の地デジアンテナでございます。

  • 八木アンテナ

    型番:UA20(最新モデル)
    工事費込み 15,000円(税込)

    その昔、八木秀次博士が発明した形状(魚の骨のような形状)からマイナーチェンジを繰り返し洗練されたフォルムとなり、中・弱電界エリアにも対応可能な安心のDXアンテナ社製。UHF20素子アンテナの性能で、吹きさらしで障害物の少ない屋根上に設置することが多いため利得が高くなっております。万が一、壁面や屋内でデザインアンテナを取り付けられない物件 にも最適。従来の鉄製の太いワイヤーとは異なり、ステンレス製の丈夫で錆びにくいワイヤー(支線)を採用。アンテナマストから屋根の四隅に向けて4本の支線を張り巡らせ、さらに張り巡らせた支線の途中からも屋根馬に向けて4本の支線をバランスよく張り、合計8本の支線で頑丈に設置しております。サイズは51.8cm×34cm×101.4cmとなっており、VHF(アナログアンテナ)と比較して、大幅なサイズダウンと軽量化がなされています。しかも耐風速(破壊風速)50m/s。地デジ放送が始まる前の時代より、屋根上に設置するアンテナは災害に強くなっていると言えるでしょう。当店で人気ナンバー2の地デジアンテナでございます。

  • 2K4K8K対応 BS/CS110度アンテナ

    型番:BC45AS(最新モデル)
    工事費込み 15,000円(税込)

    2018年12月1日以降、実用放送開始予定の4K8K衛星放送(NHKのみ4K&8Kを同時配信)に備えてオールマイティーなDXアンテナ社製のBC453をBS放送、CS放送をご覧になりたいすべての方へ提供しております(大規模な集合住宅は例外)。従来の2K専用BS/CS110 度アンテナと同じでサイズで円盤の直径は45センチ。そうでありながら、電送周波数の帯域が広いため、従来のフルハイビジョン(2K放送・約200万画素)からスーパーハイビジョン(4K放送・約800万画素/8K放送・約3,300万画素)まで受信可能です。「大は小を兼ねる」と言えます。2020年のオリンピックに向けて4K8Kの実用放送がますます拡充されるということが総務省より発表され、各メーカーの4K8Kテレビは増産がはじまり、その価格も落ち着いてきました。そのような状況のなか、あさひアンテナにも2K4K8K対応BS/CS110度アンテナの問合せが数多く寄せられております。最新式のアンテナでも、大量仕入れでコストをおさえて仕入れておりますので、低価格を実現できました。