台東区でテレビアンテナ工事をお考えの方へ

あさひアンテナでは台東区での工事実績多数。
台東区でアンテナ工事でお困りの方はお任せ下さい。

当あさひアンテナは、東京都台東区のアンテナ工事にも豊富な実績と経験がございます。台東区にお住まいで、地デジ、BS/CSなど新しいテレビアンテナの設置や、アンテナの故障による修理、交換をお求めの際は、ぜひ当あさひアンテナにご連絡ください。 台東区は、東京都23区の中央より東側に位置する区です。区域面積は10.11平方キロメートルと、23区でもっとも小さな区であり。令和元年6月1日時点で、推計人口は201025人、世帯数はおよそ120506世帯になります。 台東区といえば、江戸時代から町人の街として栄えた区域です。現在でも上野駅は東日本から東京へのターミナル駅であり、周辺の上野界隈には、上野動物園や多くの美術館、博物館などを併設する上野恩寵公園や、庶民の繁華街であるアメヤ横丁があり、東京を代表する都市のひとつに数えられます。また浅草には、浅草寺を中心に、江戸時代から栄えた庶民の行楽地にして観光地が広がっています。他にも昭和の雰囲気を残す谷中や、根岸、三ノ輪。またかつてのドヤ街から、外国人旅行者が多い国際的な街に変わりつつある山谷など、周辺にも下町の魅力が満載の、懐かしさと新しさの入り混じった区になっています。 台東区から隅田区にある東京スカイツリーまでは、浅草付近からは吾妻橋を越えた目と鼻の先で、聳え立つ威容を眺めることができます。区内でもっとも離れた千駄木の端でも5キロ以内に収まる近距離のため、地デジ電波は必要十分に届く区域であり、電波状態が悪くなることはございません。ただ逆に電波が強すぎることで、かえって画像の乱れを起こすケースもあるため注意が必要です。 当あさひアンテナでは、東京都台東区の全域におけるアンテナ工事に対応しております。台東区にて各種アンテナ工事をお求めのお客様は、台東区での作業経験が多く、現地での工事ノウハウに豊富な蓄積をもつ、当あさひアンテナのフリーダイヤル(0120-540-527)またはホームページからのお問い合わせフォームにご一報ください。

台東区の方でアンテナ工事に関するよくある質問

Q

台東区の地デジアンテナには八木式アンテナが向いていますか?

A

八木式アンテナとは、魚の骨のような形で、主に屋根の上に設置する昔ながらのアンテナです。1926年(大正15年・昭和元年)の特許取得から基本構造は変わらない、受信性能が高く信頼性の高いアンテナです。また技術が確立されているため、アンテナ本体価格を含め、他のアンテナよりも割安の価格で工事をご提供できます。
ただ八木式アンテナは、主に屋外の高所に立てるため、風雨などの影響で歳月につれて老朽化が進む弱点もございます。現在の八木式アンテナの平均寿命はおよそ10年程度ですが、この年数は設置する現場の環境や施工技術によっても変わってきます。
当あさひアンテナでは、国産DXアンテナ社製の軽量型で、耐水性と対風速性が高く、長寿命が望める八木式アンテナの最新モデルをご用意し、アンテナ本体価格を含めた基本工事価格15000円からで設置工事をお引き受けいたします。もちろん弊社では熟練の職人による高い施工技術で、頑丈で長持ちする八木式アンテナの設置をお約束しております。
台東区で八木式アンテナの設置をお考えの方は、まずはご相談だけでも当あさひアンテナのフリーダイヤル(0120-540-527)にご連絡いただければと思います。

Q

デザインアンテナの設置は可能ですか?

A

デザインアンテナは、主に家屋の外壁に設置する、平面で軽量薄型の地デジアンテナです。メリットは家屋の外観を損なわない点と、風雨などの影響を受けにくく、老朽化や故障のリスクを軽減できる点にあります。また現場の条件にもよりますが、おおむね八木式アンテナよりは低い外壁に設置されるため、修理やメンテナンスも簡単になります。
現在のデザインアンテナは基本モデルが20素子相当で、通常の八木式アンテナと比べても受信性能にほとんど差はごさいません。ただデザインアンテナは、基本的に家屋の外壁へ設置するため、より高位置の八木式アンテナに比べ、位置の関係でやや受信感度が低くなる傾向があります。また設置位置も、自宅の向き、電波の方向などにより制約があります。アンテナの価格や設置費用も、八木式アンテナに比べるとやや割高になります。スカイツリーに近い台東区でデザインアンテナ設置に問題が出るケースは少なくなりますが、実際に現地調査を行わない限り、確実なことは申せません。
当あさひアンテナでは、国産DX会社製の20素子相当モデル、業界最小クラスの厚さ4.9cm、大きさ9cm×22cmと最新式の薄型デザインアンテナをご用意し、アンテナ本体価格を含めた基本工事価格20000円からで設置工事をお引き受けいたします。本体色も四種類ございますので、どのような外壁にもマッチいたします。
台東区でデザインアンテナの設置をお考えの方は、まずは当あさひアンテナのフリーダイヤル(0120-540-527)へとお気軽にお問い合わせいただきたく思います。

Q

アンテナの工事費用とは別にアンテナ本体を購入する必要はありますか?

A

当あさひアンテナでは、常にお客様のご要望を最優先にした施工を心がけております。もちろんお客様がご自身で購入された各種アンテナの設置工事にもご対応いたします。ただ前述の通り、弊社では八木式アンテナ、デザインアンテナとも、国産で高性能のアンテナ本体価格を含め、業界最安に挑む料金設定でご案内しております。
もし同業他社でさらに低価格の見積もりが出た場合は、見積書をメールなどで弊社にご提示ください。まったく同じ工事内容でさらに安くお見積もりさせていただきます。もちろん安値にしても、アンテナや部材の品質を落とすことは絶対にございません。
弊社が高性能アンテナ本体と工事費を含め低価格でご案内できるのは、まず大量仕入れを条件にメーカーと直接交渉し、部材コストを抑える他、他業種との提携による広告費の削減、完全自社施工による中間マージンのカットなどの企業努力により、コストカットに務めているためです。
そのためお客様がご用意されたアンテナでは、弊社でご提供する同種の国産アンテナより品質や性能が劣る上に、アンテナのご購入価格と工事費の総額が、弊社のアンテナ価格込み工事費より割高になるケースも十分ございます。またご用意されたアンテナのタイプや機種によっては、十分な受信性能を得られないこともございます。
繰り返しになりますが、当あさひアンテナではアンテナ工事費も含め、お客様のご利益を第一に考える施工を行っております。ご自身でアンテナを購入される前に、まずは弊社のフリーダイヤル(0120-540-527)へ、費用に関するお問い合わせなど、どのようなことでもご相談いただければ幸いです。

Q

アッテネーターとは何ですか。また台東区での地デジ受信に必要ですか?

A

地デジ放送を快適に視聴するためには、アンテナから個々の受信機(テレビ)に届く電波の強度が、一定の受信レベルの範疇にあることが必須です。受信できる地デジ電波が弱い、一本のアンテナから受信するテレビの数が多いなどのケースでは、アンテナの近くにアンテナブースター(増幅器)を装着し、電波を増幅する必要があります。
逆に電波塔からの距離が近く、電波が受信レベルより強すぎる場合も、地デジ映像が乱れる原因になります。この場合に設置するのが電波を適切なレベルに弱めるアッテネーター(減衰器)という装置です。
台東区は東京スカイツリーのある墨田区の隣の区になり、スカイツリーともっとも離れた地域でもその距離は5キロ以内です。そのため電波状態は良好ですが、逆にアッテネーターが必要なケースも多くなります。
当あさひアンテナでは、地デジアンテナ工事にてアッテネーターが必要な場合は、機器の本体価格を含め、オプション工事費5000円からで設置をお引き受けいたします。アッテネーターが必要な現場では、現場の条件に合わせて、適切なレベルに電波を弱める調整作業が必須のため、プロのアンテナ職人による技術を要します。
もちろん弊社ではアンテナ工事に際して、高性能の電波測定器で現地調査を行い、お客様のご要望に対応しつつ、可能な限り低価格の工事を心がけております。アッテネーターの設置についても、どうしても受信する電波が過剰に強くなる場合のみご案内いたします。
弊社での地デジアンテナ工事にてアッテネーターの設置が必要となった場合は、弊社の職人にどんなご質問でもなさってください。そしてアッテネーターの必要性と、弊社が高品質で低価格の工事を提供しているとご理解いただけた時点で、正式にご用命ください。

台東区にお住まいで画面にE201、E202、E203の文字が出ている方

テレビ画面に"E201、E202、E203"と表示され番組が視聴できない

アンテナトラブルの形式として、突然、ご自宅のテレビで地デジのテレビ番組がまったく映らなくなり、画面に「e201」「e202」「e203」などの記号が表示されることがございます。これはテレビやアンテナにトラブルが発生し、テレビが自己診断機能を働かせてエラーコードで原因を示している状態です。最近のテレビはコードと同時にトラブルの原因を文章で表示するものもありますが、電波受信に関するトラブルの場合は、主に前述の三種類のコードが表示されます。なおエラーコードの種類は、トラブルの原因によって他にも数々のものがございます。

「e201」は、テレビ本体に届く電波のレベルが低下しているというエラーコードです。これは主にBS、CS放送で、豪雨や大雪など、悪天候の場合に表示されることが多くなります。BS、CS放送は衛星放送のため、悪天候では、波の乱反射によって電波状態が悪化するという弱点がございます。BSでは悪天候の際に電波を切り替え、画質、音質を落とすことで受信できるようにした「降雨対応放送」に切り替わる場合もあります。悪天候による受信不良は、天候の回復と同時に自然と復旧いたします。地デジ放送では、このコードが表示されることは少ないのですが、周辺の電波状態の悪化やアンテナ機器のトラブルなどにより、ときに表示されることもございます。
「e202」は、テレビ本体ににまったく電波が届いていないというエラーコードです。原因は大風や地震などによるアンテナ角度のずれや倒れるといったトラブル。またアンテナ本体、アンテナ線、ブースター(増幅器)、分配器など、どこかに故障が発生したことも考えられます。また単純にテレビとアンテナ線との接触不良という場合もありますので、このコードが表示されたときは、まずテレビやレコーダーなどの機器と、アンテナ線との接続部分をチェックしてください。
「e203」は、該当する放送局が放送休止しているというエラーコードです。基本的に放送局が、メンテナンスやトラブルなどによって放送を休止していることから発生する不具合です。このコードが表示されたときは、その他のチャンネルを確認して、正しく映っているなら放送局側に原因があると判断できます。ただアンテナ関係の故障でも、このコードが表示される場合がありますのでご注意ください。
これらのエラーコードが表示されたときは、ブロックノイズの際と同じく、まずテレビのリセットや、テレビとアンテナ線の接続部を確認するなどしてください。それでも回復しない場合は、アンテナ関係にトラブルが起こっていると考えられます。
その場合も、やはり当あさひアンテナのフリーダイヤル(0120-540-527)にご相談ください。まずお電話口にて、コードの種類やご自宅のアンテナ環境などとお伺いして、ご自宅で可能な対策をご説明いたします。もしお電話で問題が解決しないときは、ご用命いただければ、弊社の職人が最短即日でご自宅へ出向き、現場調査で原因を特定いたします。
当あさひアンテナでは、どのようなご相談であっても、出張費、見積もり費、キャンセル費はすべて無料で対応させていただきます。またトラブルの原因を特定した後は、弊社の職人からお客様に、修理に必要な工事のご説明と見積もり価格を提示いたします。その内容にお客様が納得され、正式にご契約なされた時点ではじめて工事にかからせていただきます。それまでは決して無断で工事を進めることはなく、料金も一切発生いたしません。
さらにアンテナ工事後の保証など、アフターフォローの体制も万全のものを用意してございます。テレビ映りに不具合が発生して、エラーコードからアンテナトラブルだと思われる場合は、まずは当あさひアンテナのフリーダイヤルへとお気軽にお電話ください。

台東区についてもっと知りたい
これからお引越しを考えている方

台東区てどんなところ??

台東区は、区内に東北方面からのターミナル地となる上野、日本でも有数の盛り場である浅草をはじめ、谷中や根岸、三ノ輪、南千住、駒方や蔵前など、下町として知られる地名が並ぶ区です。江戸時代から上野は、徳川家の菩提寺で、現在の上野恩賜公園にあたる寛永寺、浅草は今日でも人気観光地である浅草寺の門前町として栄え、その周辺はアメヤ横丁や浅草六区など、時代に合わせてさまざまな姿を見せてきました。そのため庶民的でありながら深い歴史と文化を誇る区でもあります。
現在の台東区は、区の西部にあたる上野、御徒町、谷中、稲荷町、根岸、三ノ輪などを含めた下谷区と、区の東部、浅草周辺の蔵前や駒形、浅草橋、南千住などを含めた浅草区が、1947年(昭和22年)に合併してできた区です。現在では浅草と上野、御徒町と続く一帯が、上野、浅草副都心に指定されています。、
今日の上野といえば、上野駅を中心に、主に上野恩賜公園やその周辺、駅前の繁華街などのエリアとなります。
町域上の「上野」にあたり、上野駅の南側から御徒町周辺までのエリアにある商店街が、アメ横商店街連合会、いわゆる「アメヤ横丁(アメ横)」です。戦後、上野の駅前では闇市が盛んになり、秩序を整えるために正規のマーケットが作られたのがアメ横の発祥です。現在ではアメ横の名物である鮮魚やチョコレートなどの叩き売りの他、衣類や雑貨品、飲食店、商業施設や家電店などが並んでいます。
「アメヤ横丁」の由来は、物資が乏しい終戦直後には珍しかった甘味の飴を売る店が多かったことと、アメリカ軍の放出品を売っていたという二つの説があります。またアメ横には、モツ焼き「大統領」や立ち飲み店「たきおか」「カドクラ」など、安くて美味しい飲食店も多く、庶民の歓楽街にもなっています。またアメ横のすぐ近く、上野警察署の手前にある蕎麦の「翁庵」は、ざるそばにイカの掻き揚げを入れた熱い出汁で食べる「ねぎせいろ」が名物です。かつては人形町にも店があり、落語家の古今亭志ん朝師匠や、明治座公演の際の藤田まことさんが愛した味でもあります。
上野恩寵公園(上野公園)は、江戸時代に三代将軍、徳川家光が、江戸城から見て丑寅の鬼門を封じるため、東叡山寛永寺を創建したのがはじまりです。幕末、戊辰戦争にて、幕府側の彰義隊が寛永寺に立てこもり、長州の大村益次郎率いる新政府軍の砲撃によって殲滅されます。これを上野戦争といい、このとき寛永寺の伽藍は焼失します。維新後、医学校と病院予定地を探していたオランダ人軍医、アントニウス・ボードウィンが、跡地を公園として残すよう明治政府に働きかけ、1873年(明治6年)に日本発の公園として指定されました。
公園内には、ル・コルビュジエの建築作品として世界文化遺産に登録され、国の重要文化財でもある国立西洋美術館はじめ、東京都美術館、東京藝術大学大学美術館、上野の森美術館や、やはり重要文化財などに指定される東京国立博物館と国立科学博物館、そして下町風俗資料館など、数々の文化施設があり、公園側では、世界に文化と芸術を発信する「文化の森」の創出を目指しています。
上野公園で有名といえば、西郷隆盛の銅像です。この銅像は大日本帝国憲法の発布に伴い、西郷の「逆徒」の汚名が解かれたのを機に建設が計画されたもので、高村光雲によって製作され、1898年(明治31年)に除幕式が行われました。2018年(平成30年)のNHK大河ドラマ「西郷どん」冒頭で描かれた通り、除幕式に招かれた奥さんの糸子さんは、像を見て「西郷はこんな人ではなかった」いう意味のことをいったと伝えられます。そのため銅像は実際の西郷に似ていないといわれますが、この言葉の真意にも諸説あります。
他にも公園内には、上野東照宮の社殿、金色殿が重要文化財に指定されている他、高さ6メートルを越えるお化け灯篭や彰義隊墓所、また野口英世像、前述のボードワン(ボードウィン)博士像などの史跡や見所があります。
公園内にあり、パンダで有名な上野動物園は、正式には東京都恩賜上野動物園といいます。動物園の入場者数では日本一を誇り、500種以上の動物を飼育していて、およそ550種を飼育する東山動植物園に次いで、日本で二番目に飼育動物の種類が多い動物園です。
公園の南側にあたる不忍池は、全体で約11万平方メートルの広さを持つ池です。元は天然の池ですが、寛永寺建立の際、開祖である南光坊天海は、この池を琵琶湖に見立て、池の中央に竹生島になぞらえた弁天島(中之島)を築かせ、弁天堂を作りました。ちなみにこの天海僧正は、徳川家康の晩年の側近として政策のブレーンを務めた人物で、実は生きていた明智光秀とする説もあります。
上野の北西は、谷中にあたります。谷中霊園に寛永寺墓地や天王寺墓地を含む谷中墓地には、徳川慶喜夫妻はじめ、渋沢栄一など歴史上の人物から、長谷川一夫さん、森繁久彌さんなどの有名人まで、多くの人々が眠っています。
谷中は、根津、千駄木と並ぶ「谷根千」の一角で、唯一、台東区に含まれる地域です。江戸時代、寛永寺の子院が多かったため町屋が発展し、江戸庶民の行楽地のひとつとなりました。現在でも昭和の下町情緒が漂い、夕焼けのだんだん坂や猫のモニュメントで知られる谷中銀座商店街で買い物や買い食いが楽しめる他、大名時計博物館や旧吉田屋酒店、その他、隠れた名店なども多い人気スポットです。
そんな上野から東に進むと、スカイツリーが近づくにつれて区内のもうひとつの名所、浅草寺界隈に至ります。
浅草寺は西暦628年に、宮戸川(現在の隅田川)で現地の人が漁をしていた際、網にかかった仏像を祭って創建した寺が発祥といわれる、およそ1400年の歴史を持つ東京最古の寺です。この仏像が浅草寺本尊の聖観音像になります。また界隈は浅草寺ができた当時から形成された歴史ある街で、江戸時代には江戸の代表的な町並みとなります。
浅草寺のシンボルとして知られる「雷門」は、正式には風神雷神門と呼ばれ、浅草全体のシンボルとなっています。ただ江戸時代以前には火事で何度も焼失しており、1866年(慶応元年)の火事以降は、時折のイベントの際に仮設の雷門が作られるだけで、恒久的な建築物ではなくなります。現在の雷門は、1960年(昭和35年)に、パナソニック(当時は松下電器産業)の松下幸之助さんの寄進により再建されたもので、以降、十年に一度、大改修が行われています。
この雷門から宝蔵門までの参道の両脇に続くのが「仲見世」と呼ばれる商店街で、人形焼や揚げ饅頭などの名物から、大学芋や江戸小物など土産物店までが並んでいます。この仲見世は、浅草寺が付近の住民に境内の清掃などの賦役を課す代わりに、小屋がけの店を出すことを許可したことが発祥です。魔よけの大わらじを吊り下げている宝蔵門を抜けた先にある壮大な本堂(観音堂)はかつて国宝でしたが、東京大空襲で焼失し、現在は鉄筋コンクリートで再建されたものになります。本堂の西にある五重塔もやはり空襲で失われ、再建されたものです。本堂の東にある二天門は空襲を逃れた貴重な建築物で、国の重要文化財に指定されています。
浅草寺の周辺は元禄の頃から盛り場と化し、やがて江戸最大の歓楽地になりました。明治以降、浅草寺の境内は明治政府に公収され「浅草公園」と名づけられます。浅草寺の西側には大池(通称・瓢箪池)が作られ、周辺は造地されて見世物小屋などが集まる歓楽街となります。その後、区画整理により歓楽街は「浅草公園第六区」と呼ばれるようになりました。1890年(明治23年)には当時、約52メートルと日本一の高さを誇り、日本発の電動式エレベーターを備えた展望塔「凌雲閣」(通称・浅草十二階)が完成し、当時は珍しかった回転木馬と共に浅草の象徴となりますが、1923年(大正12年)年の関東大震災により倒壊し、古きよき浅草の姿は失われます。
しかしその後も浅草六区は、浅草オペラと呼ばれる喜劇や軽演劇、幕間のコントなどが人気を誇り、歓楽街として隆盛を極め、浅草六区で芸を磨いた俳優やコメディアンも多く登場しました。ビートたけしさんこと北野武監督、岡山弁と殺陣で知られた長門勇さん、東八郎さんや萩本欽一さんなどが有名ですが、この錚々たる面々の師匠である深見千三郎さんは、タップダンスなどの多彩な芸を持ちながら、当時、黎明期のテレビを嫌ったため映像がほとんど残っておらず「幻の浅草芸人」「(浅草で唯一無二の)師匠」と呼ばれています。
また浅草は、1903年(明治36年)に日本発の映画専門館「電気館」ができたことから映画の街としても知られ、近年まで古い映画の三本立て上映を行う名画座が並んでいましたが、2012年頃に、建物の老朽化などにより惜しまれつつも相次いで閉館しました。
高倉健さんの名曲「唐獅子牡丹」にも歌われた「六区」ですが、高度経済成長期の後、当時の若者の嗜好と合わなくなり、一時は衰退します。しかし近年ではレトロブームや外国人観光客の増加で賑わいを取り戻し、懐かしくも新しい観光地として注目を集めています。
現在の浅草六区では、カレーパンやメロンパン、メンチカツなどの新しい名物が生まれる一方、昔ながらの老舗も並び、特に公園本通商店街は、「正ちゃん」「たぬき」「高橋」など、ホッピーとモツ煮込みを名物とする居酒屋が並び、通称「ホッピー通り」として人気を博しています。ちなみに「ホッピー」とは、かつてビールが高級品だった時代、ほぼノンアルコールの麦芽飲料であるホッピーで「ナカ」と呼ばれるジョッキの焼酎を割って飲むスタイルの代用ビールです。現在でもナカを追加することで生ビールより安く二杯以上飲める、いわば元祖ノンアルコールビール、第三のビールといえる飲料で、発泡酒などとも異なる独特の風味はいまでも根強い人気があります。
また同地の居酒屋「捕鯨船」は、ビートたけしさんの歌「浅草キッド」に歌われた店のモデルで、オーナー自身がかつては浅草の人気芸人でした。この店もやはり煮込みが名物の他、店じゅうに芸能人、有名人のサインがあることでも有名です。
雷門の周辺も名店が多く、幕末から続く天ぷらそばの名店で、永井荷風さんも通ったという「尾張屋」。果肉シロップを使ったかき氷などの甘味を楽しめる喫茶店「まとい(纏)」。日本最初のバーであり、太宰治さんも愛したカクテル「電気ブラン」や洋食で知られる「神谷バー」などがあります。ちなみに電気ブランとは、明治時代当時、新しいものには何でも「電気」と冠されたことに由来します。また浅草寺の裏手にも、焼き芋や大学イモの「千葉屋」。料亭の手土産が発祥となるかりんとうの「小桜」など、さまざまな名店があります。
浅草の賑わいから少し離れた西浅草にあるお好み焼き屋「染太郎」は、1937年(昭和12年)に漫才師の林家染太郎さんが戦地に出征する際、奥さんのはるさんが女手一人でできる商売を、と自宅に開いた店です。建物は当時のままで、江戸川乱歩さんや坂口安吾さん、渥美清さんや大島渚さんなど、昭和の有名人が通ったことで知られる店です。店内にはそんな有名人の色紙が並び、特に坂口安吾さんは亡くなる数日前まで通いつめ、酔っ払って鉄板に手をつき、火傷をしたというエピソードも残っています。
また近くには、名探偵、金田一耕助で知られる探偵小説家、横溝正史さんの世界を意識し、昭和初期のカフェバーの雰囲気を再現した「西浅草黒猫亭」があります。店内はレトロな雰囲気で、日本酒や日本酒に合うケーキ、自家製プリン、大人のクリームソーダなどを供しており、横溝作品ファンの聖地となっています。もちろん一般のカフェバー好きの人にもお勧めできる店です。
浅草から少し離れた南千住付近、日本堤、清川のあたりは、かつては日雇い労働者が集まるドヤ街「山谷」として知られ、梶原一騎さん原作、ちばてつやさん作画の名作漫画「あしたのジョー」の舞台にもなりましたが、現在では労働者の高齢化が進み、外国人バックパッカー向けの安宿や、小奇麗な店が並ぶリーズナブルな街へと変化しつつあります。一方で、いまでも大衆居酒屋「丸千葉」「大林」や、珈琲店「バッハ」。また「イ・ロ・ハ」各種の天丼が有名な天ぷら店「土手の伊勢屋」に、桜鍋の「中江」など、江戸文化や下町の雰囲気が漂う名店も並ぶ、気取りなく味わい深い街となっています。
ちなみに現地の地名「泪橋」は、江戸時代、現在の荒川区にあった小塚原刑場に至る思川にかかっていた橋のことで、刑場に送られる罪人が、この世や身内の者との別れの場となることから名づけられました。付近には江戸時代の遊郭で、現在も風俗店が並ぶ吉原がありますが、その一角には見返り柳の碑や吉原大門跡など、江戸当時の名残も見受けられます。
三ノ輪は、野村胡堂さんの捕物帳「銭形平次捕物控」に登場し、大川橋蔵さんのテレビ時代劇では遠藤太津朗さんが演じた、平次の憎めないライバル「三の輪の万七」でも知られますが、現地には都電荒川線の一方の終点、三ノ輪橋駅があり、周辺の三ノ輪商店街(ジョイフル三ノ輪)は。江戸名物と評された蕎麦屋「砂場」はじめ、昔ながらの店から新規店までが並ぶ、古くて新しい商店街です。
このように歴史ある上野、浅草をはじめ、台東区の各地はさまざまなフィクションの舞台にもなっています。
日本探偵小説界の巨星、江戸川乱歩さんは、当時の浅草や上野を愛した人物です。随筆「浅草趣味」などには関東大震災前の浅草で横溝正史さんと遊んだ、萩原朔太郎さんと回転木馬に乗ったなどの逸話が語られています。作中にも「押絵と旅する男」には凌雲閣から地上を見下ろすシーンがあり、「目羅博士(目羅博士の不思議な犯罪)」では、乱歩さん自身と思しき語り手「江戸川」が、上野動物園で出会った男から奇妙な話を聞くという物語になっています。また乱歩さん自身は「通俗もの」と嫌悪したものの、娯楽探偵小説として名探偵、明智小五郎の大衆的な人気を決定付けた作品「一寸法師」では、当時、深夜の浅草公園で見られた妖しい一面が描かれます。
乱歩さんとは盟友だった横溝正史さんの作品でも、「幽霊座」では浅草にあり、17年前に人気絶頂の役者が舞台の上で忽然と姿を消した芝居小屋「稲妻座」を舞台に金田一耕助が活躍し、「堕ちたる天女」は東京都心でトラックが落とした石膏像の中から、浅草のストリッパーの死体が発見されるショッキングな場面からはじまります。また「魔女の暦」は浅草のレビュー小屋で連続する殺人事件に金田一耕助が挑む話であり、「火の十字架」は、新宿、浅草、深川に劇場を持つヌードダンサーのトランク詰め死体が新宿に届けられ、浅草では酸で顔を焼かれた男の死体が発見される展開など、多くの作品で当時の浅草や周辺の風俗が描かれています。
島田荘司さんの小説「奇想、天を動かす」は、本格ミステリの大トリックと戦後日本の闇を描く社会派推理を融合した傑作ですが、物語は平成元年当時、導入されたばかりの3パーセントの消費税を巡って、浅草の仲見世で発生する殺人事件が発端となります。
霧崎遼樹さんの警察推理小説「警視庁死番係 裁かれざる殺人」は、殺人に時効が存在した時期、上野に住む中年男が少女失踪事件に関わった疑いを受け、数々の状況証拠が浮上する中、すでに時効となった15年前の少女殺人事件の真犯人とも目されるという物語です。
秋本治さんの人気漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」では、主人公の両津勘吉が浅草千束の出身という設定です。40年に渡る長期連載のため、両津の生年設定にブレが生じていますが、幼少期の思い出話として昭和の台東区や東京各地の名所が描かれ。また祖父からの伝聞という形で、関東大震災で凌雲閣が倒壊した話なども描かれています。
駒形を縄張りとする岡っ引き、駒形の新五を主人公にした杉良太郎さんのテレビ時代劇が「新五捕物帳」です。物語は江戸の身分制度下、権力や財力によって弱い庶民が理不尽に踏みにじられ、怒りを爆発させた新五が、杉さん自身の養神館合気道によって悪党を執拗なまでに叩きのめし痛めつけて半殺しにする、それでも必ずしも救いのある結末にはならないというハードボイルドな展開が魅力です。
松平健さんが八代将軍、徳川吉宗を演じる人気時代劇「暴れん坊将軍」には、吉宗こと貧乏旗本の三男坊、徳田新之助とは旧知の友で、北島三郎さん演じる「め組」の頭、花川戸の辰五郎という人物が登場します。この人物は架空の存在ですが、モデルは幕末の火消し侠客でやはり花川戸に住み、最後の将軍、徳川慶喜とも交流があった新門辰五郎という実在の人物です。

台東区の場所

台東区は東京23区のうち、中央からやや北東よりに位置する区です。区の東側を、隅田川を隔てて墨田区に、北側を荒川区に、西側を文京区に、南側を千代田区と中央区に接しています。
上野、浅草周辺は副都心に指定され、ターミナル駅と観光地として賑わう一方、周辺の谷中や根岸、三ノ輪、蔵前や浅草橋などには下町の商店街や住宅街も見られ、非常に暮らしやすい街です。かつてはドヤ街だった山谷地域も再開発や外国人向けホテル街への転化が進み、現在では平穏な地域になっています。また歴史ある区内は観光地であると同時に、史跡や美術館、博物館なども数多く、日常でさりげなく文化を学べる区でもあります。
台東区のマークは、漢字の「台」「東」を重ねた日輪のようなデザインで、中央の白は旧下谷区域の「台」、周辺の暗紅色で旧浅草区域の「東」を表現しています。
区の木、花見の名所である上野公園はもちろん、谷中や隅田川沿いやその他、区の各地で見られるサクラです。
区の花は、江戸時代から庶民の花とされ、御徒町や入谷で栽培されてきたアサガオです。毎年7月に開かれる入谷鬼子母神の朝顔まつりは、区内の代表的なお祭りとして、古くから多くの人々に親しまれています。

台東区の鉄道路線

東日本旅客鉄道(JR東日本)
東北・上越・山形・秋田・北陸新幹線
・上野駅
東北本線
山手線・京浜東北線
・御徒町駅
・上野駅
・鶯谷駅
・日暮里駅
宇都宮線・高崎線
・上野駅
常磐線
・上野駅
・日暮里駅
総武本線
総武緩行線
・浅草橋駅

東京地下鉄(東京メトロ)
銀座線
・上野広小路駅
・上野駅
・稲荷町駅
・田原町駅
・浅草駅
日比谷線
・仲御徒町駅
・上野駅
・入谷駅
・三ノ輪駅

東京都交通局
都営浅草線
・浅草橋駅
・蔵前駅
・浅草駅
都営大江戸線
・上野御徒町駅
・新御徒町駅
・蔵前駅
上野懸垂線(モノレール、恩賜上野動物園内)
・上野動物園東園駅
・上野動物園西園駅

京成電鉄
本線
・京成上野駅

東武鉄道
伊勢崎線(東武スカイツリーライン)
・浅草駅

首都圏新都市鉄道(つくばエクスプレス)
・新御徒町駅
・浅草駅

台東区のバス
バス路線
路線バス
・都営バス
・京成バス
・京成タウンバス
・東武バスセントラル
スカイツリーシャトル

めぐりん
・北めぐりん
・南めぐりん
・東西めぐりん
・ぐるーりめぐりん

夜行高速バス
・JRバス関東
・京成バス
・成田空港交通
・千葉中央バス
・東北急行バス
・弘南バス
・国際興業バス

深夜急行バス
・東武バスセントラル
・東武バスイースト
・成田空港交通

リムジンバス
・東京空港交通
・東京空港交通

水上バス路線
東京都観光汽船
・隅田川ライン
・浅草・お台場直通ライン

東京都公園協会
・東京水辺ライン

台東区の主要道路

高速道路
・首都高速1号上野線

一般国道
・国道4号
・国道6号

都道
・言問通り
・不忍通り
・明治通り
・昭和通り
・中央通り
・江戸通り
・清洲橋通り
・尾久橋通り
・尾竹橋通り
・吉野通り

台東区出身の芸能人

旧浅草区の出身者で現代でも高名な人物といえば「鬼平犯科帳」「剣客商売」「仕掛人 藤枝梅安」の三大作品で知られる時代小説家の池波正太郎さんです。池波さんの作品では、浅草や谷中はじめ、近くの本所深川界隈、また麻布や神田など各地の江戸情緒が描かれます。作中では「剣客商売」の秋山大治郎が、父、小兵衛の住む鐘ヶ淵に近い浅草のはずれ、真崎稲荷(現在の南千住、石浜神社)付近に道場を構えています。また小兵衛の友人、牛堀九万之助は浅草の元鳥越町に奥山念流の道場を構える人物で、この道場は、時系列的には十数年後となる「仕掛人 藤枝梅安」の物語にも関わってきます。そして「仕掛人 藤枝梅安」で梅安の相棒を務める仕掛人、彦次郎は、浅草で腕のいい房楊枝職人であるなど、要所で浅草に関わる人物が登場しています。
現在の浅草には、池波さんの生家に近い待乳山聖天に「池波正太郎生誕地」の碑があります。もっとも池波さんが誕生した直後に関東大震災が発生し、一家で埼玉県浦和市に逃れたため、池波さんに生家の記憶はなかったといいます。ただ池波さんは大川(隅田川)の流れと待乳山聖天宮を心のふるさとと呼び、大事にしていたそうです。また台東区生涯学習センターの台東区立中央図書館には「池波正太郎記念文庫」が開設され、池波さんの著作や書斎、愛用品や自筆原稿、絵画など、貴重な品が展示されています。
小説家の出身者には、他にも「マルスの歌」「焼跡のイエス」などで独自孤高の作家と呼ばれた石川淳さん。「愛染かつら」「新吾十番勝負」などの川口松太郎さん。太宰治さんの門人で「犬の生活」「幸福論」などを著した小山清さんがいます。
同じく芸術分野の有名人には、放浪の画家として知られた山下清さんがいます。山下さんはテレビドラマや映画「裸の大将」のモデルですが、実際は映像記憶力が高く、その画の多くは放浪から戻ったあと、記憶を元に制作していました。
俳優では、生涯で350本以上の映画に出演した映画女優で、浅草を描いた随筆でも知られた女優の沢村貞子さんがいます。「七人の侍」「生きる」など黒澤明作品はじめ、多くの作品で名脇役を演じた加東大介さんは、沢村さんの実弟でもあります。
黒澤明作品「椿三十郎」の善玉の家老や、映画「太陽を盗んだ男」のバスジャック犯などを演じた伊藤雄之助さんは、特異な容姿から怪優と呼ばれ、「必殺仕置人」22話の野分の藤造など異常者の悪役が多い一方、「必殺仕掛人」32話の実直な同心、岡島久兵衛など、とぼけた好人物を演じても絶妙でした。気骨ある性格で著作に「大根役者・初代文句いうの助」がある他、1968年(昭和43年)のテレビ時代劇「待っていた用心棒」では、主役の浪人“野良犬”を演じるものの、スポンサーの意向により飄々とした浪人から武骨な武士と作中の性格が一貫せず、ついには途中降板したこともあります。
また「リンゴの唄」「東京ルンバ」などを歌った歌手で女優の並木路子さん。テレビ番組「笑点」で長年、司会を務めた五代目三遊亭圓楽師匠も旧浅草区の出身です。現在では「笑点」時代に弟子として大喜利で活躍した元・三遊亭楽太郎さんが六代目を襲名しています。
コメディアンとして知られた東八郎さんは、お笑いコンビ「TAKE2」の東貴博さんの父であり、また志村けんさんに「芸人が利口面をしたがったり、文化人ぶったりするようになったらおしまいだよ」と語って大きな影響を与えた人物でもあります。
放送作家、タレントなど、多彩な活動をした永六輔さん。「男たちの旅路」「獅子の時代」「ふぞろいの林檎たち」など多くの名作ドラマで知られる脚本家の山田太一さん。関東大震災を機に京都へと移住し、関西に関東の寿司を伝え、京都寿司組合活動の礎を築いた寿司職人の中島清次郎さんなども旧浅草区の出身です。
旧下谷区出身者には、詩集「智恵子抄」や十和田湖畔の彫刻「乙女の像」などで知られる高村光太郎さん。日本を代表する写真家で、その名を冠した写真賞もある木村伊兵衛さん。同じく写真家で「アラーキー」として知られる荒木経惟さん。二科会や一水会の創設者の一人でもある洋画家の山下新太郎さんがいます。文学者では「愛のごとく」「親しい友人たち」など、ミステリはじめ幅広い作品を残した山川方夫さん。SF作家で「我が月は緑」「まぼろし綺譚」などの今日泊亜蘭さん。評論家、作家として私小説批判で知られた中村光夫さん。随筆家で編集者の山本夏彦さんなどがいます。漫画家では「ヒゲとボイン」を描き、日本酒「黄桜」マスコットキャラクターの河童でも知られる小島功さん。「寺町町奇譚」などの人情漫画を描いた滝田ゆうさんも旧下谷区の出身です。
また作曲家で「太陽がくれた季節」から、2019年(令和元年)現在放送中の第6期はじめ、歴代アニメ「ゲゲゲの鬼太郎」で歌手やアレンジを変えて使い続けられる主題歌、テレビ時代劇「江戸を斬る」主題歌の「ねがい」など数々の名曲を手がけた、いずみたくさん。布施明さんの「シクラメンのかほり」や梅沢富美男さん「夢芝居」などのシンガーソングライター、小椋佳さん。昭和の人気歌手で、映画女優としても活躍した江利チエミさん。劇作家、演出家として先鋭的な姿勢で知られる唐十郎さんなども同区の出身者です。
俳優、コメディアンでは、映画「男はつらいよ」シリーズでご存知フーテンの寅こと車寅次郎を演じ続けた渥美清さん。喜劇役者の一方、ドラマでは渋い刑事役なども演じた伊東四朗さん。昭和の爆笑王といわれ、数々の破天荒なエピソードでも知られる初代林屋三平さん。「コント55号」として活躍の後、視聴率100%男としてテレビで一時代を築いた萩本欽一さんなど、大御所が目立ちます。
現在の台東区出身者では、映画化もされた小説「帝都物語」で知られ、博物学研究家など、さまざまな肩書きを持つ荒俣宏さん。現代版“必殺シリーズ”として同じ世界観でさまざまな展開を見せる「怨み屋本舗」シリーズの漫画家、栗原正尚さんがいます。
俳優では、ドラマ「家なき子」などで子役時代から名をはせ、現在でも女優として活躍する安達祐実さん。元宝塚歌劇団所属で、ドラマ「緊急取調室」などでも主演を務める天海祐希さん。「仮面ライダー」のライダーマン役など、元スーツアクターの経験から特撮にも愛着が深く、映画「イン・ザ・ヒーロー」で主演を務めた唐沢寿明さん。必殺シリーズ第25作「必殺仕事人Ⅴ激闘編」で、はぐれ仕事人“壱”を演じ、殺し屋と軽妙な遊び人の二面性で初期作の香りを漂わせた柴俊夫さん。初代林家三平さんを父に持ち、美容関係の著作も多い海老名美どりさん。ドラマ「おくさまは18歳」などで1970年代に人気を得た岡崎友紀さん。数々の映画、ドラマなどで活躍する坂井真紀さん。「仮面ライダーキバ」「仮面ライダービルド」などで知られる武田航平さん。「スイートプリキュア♪」の南野奏/キュアリズム役などを演じた声優の折笠富美子さんが出身者です。
また音楽ユニット「access」のキーボーディストで、作曲や音楽プロデューサーも務める浅倉大介さん。「KUWARA BAND」などで活躍するギタリストの河内淳一さん。アイドルユニット「V6」の一員で、人気刑事ドラマ「警視庁捜査一課9係」「特捜9」でも活躍する井ノ原快彦さん。ギタリストで「たいとう観光大使」も務める村治佳織さんと、その実弟でやはりギタリストの村治奏一さん。タレントの山口もえさん。またタレントで俳優、放送作家としても活躍する堀部圭亮さんも台東区の出身です。
また前述の林家三平さんの子供で、林家こぶ平の名で知られた九代目林家正蔵師匠と、元・林家いっ平こと二代目林家三平師匠。二人の姉にしてお騒がせキャラで知られるタレントの泰葉さん。ボクシングの元ウェルター級日本王者である沼田康司選手。元プロレスラー、アニマル浜口さんの娘で、女子アマチュアレスリングの浜口京子選手も同区の出身です。

台東区町域別対応エリア

ア行

秋葉原(アキハバラ)、浅草橋1(アサクサバシ1)、浅草橋2(アサクサバシ2)、浅草橋3(アサクサバシ3)、浅草橋4(アサクサバシ4)、浅草橋5(アサクサバシ5)、浅草1(アサクサ1)、浅草2(アサクサ2)、浅草3(アサクサ3)、浅草4(アサクサ4)、浅草5(アサクサ5)、浅草6(アサクサ6)、浅草7(アサクサ7)、池之端1(イケノハタ1)、池之端2(イケノハタ2)、池之端3(イケノハタ3)、池之端4(イケノハタ4)、今戸1(イマド1)、今戸2(イマド2)、入谷1(イリヤ1)、入谷2(イリヤ2)、上野公園(ウエノコウエン)、上野桜木1(ウエノサクラギ1)、上野桜木2(ウエノサクラギ2)、上野1(ウエノ1)、上野2(ウエノ2)、上野3(ウエノ3)、上野4(ウエノ4)、上野5(ウエノ5)、上野6(ウエノ6)、上野7(ウエノ7)

カ行

雷門1(カミナリモン1)、雷門2(カミナリモン2)、北上野1(キタウエノ1)、北上野2(キタウエノ2)、清川1(キヨカワ1)、清川2(キヨカワ2)、蔵前1(クラマエ1)、蔵前2(クラマエ2)、蔵前3(クラマエ3)、蔵前4(クラマエ4)、小島1(コジマ1)、小島2(コジマ2)、寿1(コトブキ1)、寿2(コトブキ2)、寿3(コトブキ3)、寿4(コトブキ4)、駒形1(コマガタ1)、駒形2(コマガタ2)

サ行

下谷1(シタヤ1)、下谷2(シタヤ2)、下谷3(シタヤ3)、千束1(センゾク1)、千束2(センゾク2)、千束3(センゾク3)、千束4(センゾク4)

タ行

台東1(タイトウ1)、台東2(タイトウ2)、台東3(タイトウ3)、台東4(タイトウ4)、鳥越1(トリゴエ1)、鳥越2(トリゴエ2)

ナ行

西浅草1(ニシアサクサ1)、西浅草2(ニシアサクサ2)、西浅草3(ニシアサクサ3)、日本堤1(ニホンヅツミ1)、日本堤2(ニホンヅツミ2)、根岸1(ネギシ1)、根岸2(ネギシ2)、根岸3(ネギシ3)、根岸4(ネギシ4)、根岸5(ネギシ5)

ハ行

橋場1(ハシバ1)、橋場2(ハシバ2)、花川戸1(ハナカワド1)、花川戸2(ハナカワド2)、東浅草1(ヒガシアサクサ1)、東浅草2(ヒガシアサクサ2)、東上野1(ヒガシウエノ1)、東上野2(ヒガシウエノ2)、東上野3(ヒガシウエノ3)、東上野4(ヒガシウエノ4)、東上野5(ヒガシウエノ5)、東上野6(ヒガシウエノ6)

マ行

松が谷1(マツガヤ1)、松が谷2(マツガヤ2)、松が谷3(マツガヤ3)、松が谷4(マツガヤ4)、三筋1(ミスジ1)、三筋2(ミスジ2)、三ノ輪1(ミノワ1)、三ノ輪2(ミノワ2)、元浅草1(モトアサクサ1)、元浅草2(モトアサクサ2)、元浅草3(モトアサクサ3)、元浅草4(モトアサクサ4)

ヤ行

谷中1(ヤナカ1)、谷中2(ヤナカ2)、谷中3(ヤナカ3)、谷中4(ヤナカ4)、谷中5(ヤナカ5)、谷中6(ヤナカ6)、谷中7(ヤナカ7)、柳橋1(ヤナギバシ1)、柳橋2(ヤナギバシ2)

ラ行

竜泉1(リュウセン1)、竜泉2(リュウセン2)、竜泉3(リュウセン3)

台東区の施工事例

アンテナ本体 型番

  • デザインアンテナ

    型番:UAH201(最新モデル)
    (同軸ケーブル:白か黒の2色のうち、おすすめは外壁になじむ色)
    工事費込み 20,000円

    カラーバリエーションはオフホワイト、ライトブラウン、スーパーブラック、ブラックブラウンの4色から現場で選択することが可能です。同じUHF20素子相当のデザインアンテナを比較した場合、業界トップクラスの受信性能、高利得を誇る大手DXアンテナ社製。本体の厚みはわずか4.9cm、サイズは9cm×22cmで業界最小クラス。コンパクトサイズのため狭い屋根裏や天井裏などへの取り付けも最適。壁面に取り付けの場合は、極細のビスを6箇所打ち込んで金具を取り付け、金具にガチャンと本体をはめ込みボルトを締めるだけの簡単施工が可能なため建物へのダメージを極力軽減できます。ブースターが必要な場合はUAH201の背面にスッキリ取り付けられる構造になっており、表にブースターが露出しないので外観もキレイに保てます(弊社では電波状況が悪くない限り、なるべくブースターも屋内の、分配器の近くに隠してしております)。修理の場合、ブースター内蔵タイプのデザインアンテナとは異なり、ブースターだけの交換をできるメリットがあります。太陽光発電システムや片流れ屋根で屋根上に屋根馬を立てられず昔ながらの八木アンテナを設置できない住宅にも最適。耐風速(破戒風速)50m/sですが、屋内や外壁など、強風の影響を受けにくい取り付け位置と形状をしているため、災害にも強いアンテナとなっております。当店人気ナンバー1の地デジアンテナでございます。

  • 八木アンテナ

    型番:UA20(最新モデル)
    工事費込み 15,000円

    その昔、八木秀次博士が発明した形状(魚の骨のような形状)からマイナーチェンジを繰り返し洗練されたフォルムとなり、中・弱電界エリアにも対応可能な安心のDXアンテナ社製。UHF20素子アンテナの性能で、吹きさらしで障害物の少ない屋根上に設置することが多いため利得が高くなっております。万が一、壁面や屋内でデザインアンテナを取り付けられない物件 にも最適。従来の鉄製の太いワイヤーとは異なり、ステンレス製の丈夫で錆びにくいワイヤー(支線)を採用。アンテナマストから屋根の四隅に向けて4本の支線を張り巡らせ、さらに張り巡らせた支線の途中からも屋根馬に向けて4本の支線をバランスよく張り、合計8本の支線で頑丈に設置しております。サイズは51.8cm×34cm×101.4cmとなっており、VHF(アナログアンテナ)と比較して、大幅なサイズダウンと軽量化がなされています。しかも耐風速(破壊風速)50m/s。地デジ放送が始まる前の時代より、屋根上に設置するアンテナは災害に強くなっていると言えるでしょう。当店で人気ナンバー2の地デジアンテナでございます。

  • 2K4K8K対応 BS/CS110度アンテナ

    型番:BC45AS(最新モデル)
    工事費込み 15,000円

    2018年12月1日以降、実用放送開始予定の4K8K衛星放送(NHKのみ4K&8Kを同時配信)に備えてオールマイティーなDXアンテナ社製のBC453をBS放送、CS放送をご覧になりたいすべての方へ提供しております(大規模な集合住宅は例外)。従来の2K専用BS/CS110 度アンテナと同じでサイズで円盤の直径は45センチ。そうでありながら、電送周波数の帯域が広いため、従来のフルハイビジョン(2K放送・約200万画素)からスーパーハイビジョン(4K放送・約800万画素/8K放送・約3,300万画素)まで受信可能です。「大は小を兼ねる」と言えます。2020年のオリンピックに向けて4K8Kの実用放送がますます拡充されるということが総務省より発表され、各メーカーの4K8Kテレビは増産がはじまり、その価格も落ち着いてきました。そのような状況のなか、あさひアンテナにも2K4K8K対応BS/CS110度アンテナの問合せが数多く寄せられております。最新式のアンテナでも、大量仕入れでコストをおさえて仕入れておりますので、低価格を実現できました。