秩父市 でテレビアンテナ工事をお考えの方へ
目次
秩父市 でアンテナ工事でお困りの方はお任せ下さい。
当あさひアンテナでは埼玉県秩父市をはじめ、埼玉県内での地デジ、BS/CSなどの各種アンテナ設置工事について、豊富な経験と実績がございます。埼玉県秩父市にお住まいで、地デジその他アンテナの新規設置、またアンテナ修理や交換などをお考えの方は、まずはご相談だけでもお気軽に、当あさひアンテナへ、お電話やメールでお問い合わせください。
埼玉県秩父市は、県の南西部で最西部に位置する市です。一部を除いて県の西端部を占めている秩父市の総面積は577.83平方キロメートルで、埼玉県に63ある市町村の中でもっとも広大な自治体であり、県全体の面積のうち約15パーセントを占めています。市の総人口は2021年(令和3年)7月1日時点で計60,631人。うち男性が29,645人、女性が30,986人になります。また市内にはおよそ26,437世帯が暮らしています。秩父市は古くより秩父地域の中心的な地域として栄えてきた市で、現在でもさまざまな史跡や伝統文化が残されており、観光地としても栄えている他、近年ではアニメ作品の聖地としても注目を集めています。
東京都隅田区にある東京スカイツリーから秩父市までは、およそ65キロ強から103.5キロ程度の距離になります。秩父市は埼玉県の最西部にあたり、秩父地域は山に囲まれていることもあって、秩父市ではスカイツリーの電波はまったく受信できません。秩父市内では主に秩父中継局などからの地デジ電波を受信することになりますが、秩父市内でも現場の環境によっては、地デジ電波の受信や適切なアンテナ機種、設置位置などについてさまざまな条件や制約が生じるケースもございます。
当あさひアンテナでは、秩父市全域での地デジその他、各種アンテナ設置工事に対応しております。弊社には秩父市はじめ埼玉県全般での作業経験が豊富で、地域ごとの地デジ電波の特性を把握し、現場に合わせた最適なアンテナ設置工事をご提案できる腕のいい専門の職人が揃っております。秩父市にてアンテナ工事をお求めのお客様は、確実な地デジ受信と、丈夫で長持ちするアンテナの設置をお約束する、当あさひアンテナのフリーダイヤル(0120-540-527)か、ホームページからのお問い合わせフォーム(https//asahi-antenna.jp/contact)へとご連絡ください。
「新型コロナウィルス流行に関しまして」
このたびの新型コロナウイルス流行に際しまして、弊社では現場に出向く職人はもちろん、全従業員にマスクと除菌スプレーを配布し、作業車や作業着などの除菌を頻繁かつ丁寧に行う他、こまめなうがい、手洗いなども徹底し、従業員自身の身を守ると同時に、お客様にご迷惑をおかけしないよう最大限の配慮を行っております。また従業員には業務よりも体調管理を優先し、体調に異変がある場合は、安全が確認できるまで休むよう指導しております。現場でのお客様への対応についても、万が一のリスクを避け、お客様の安全に万全を期するため、失礼ながら基本的にマスクを装着したままでご対応させていただいております。申し訳ありませんが、なにとぞご了承ください。
秩父市 の方でアンテナ工事に関するよくある質問
- Q
秩父市に適した地デジアンテナの機種はどのようなものですか?
- A
現在、ご家庭で用いられる主な地デジアンテナの機種は、 八木式アンテナ と デザインアンテナ になります。
八木式アンテナは屋根の上などに多く見られる、魚の骨のような形状の地デジアンテナです。日本ではテレビ放送の黎明期から使われている昔ながらのアンテナで、素材や耐久力などは時代につれて進化し続けていますが、基本設計は開発当時から変わっていません。それほど設計の完成度が高く、現在でも地デジ電波の高い受信能力を誇る機種です。ただ基本的に屋外に設置される八木式アンテナは風雨など自然環境の影響を受けやすく、歳月につれて確実に老朽化が進行する弱点もございます。現在の八木式アンテナの寿命は平均10年程度ですが、この年数は海沿いや豪雪地帯など、設置現場の環境によっても大きく変わってきます。デザインアンテナは家屋の外壁などに設置する、平面で軽量薄型の地デジアンテナです。家屋の外観もすっきり、自然環境の影響を受けにくく経年劣化を軽減できる、修理やメンテナンスも簡単など多くのメリットがあり、現在では人気ナンバーワンの地デジアンテナになります。また現在のデザインアンテナは基本モデルが20素子相当であり、八木式アンテナと比べても受信性能にほとんど差はございません。ただデザインアンテナは八木式アンテナよりも設置位置が低い分、受信感度もやや低くなる傾向がございます。またアンテナ本体価格や設置工事費も、八木式アンテナに比べるとやや割高になります。
秩父市は埼玉県の南西部で、西端部に位置する市です。東西に長い市域の大半は山地にあたり、北東部の盆地に主な市街地が集まっています。秩父市から東京スカイツリーまではおよそ65キロから103.5キロの距離で、スカイツリーからの地デジ電波はまったく届かない地域になります。
秩父市では市域の北東部に位置し、埼玉県の地方局、 テレビ埼玉(テレ玉、TVS) を送信する秩父中継局の地デジ電波を、北東部の市街地一帯で受信できます。また秩父中継局が受信できる範囲でも、山寄りで地形が複雑となる地域には、秩父定峰中継局、秩父栃谷中継局などが設置されています。
他にも秩父市の北部中央で、市域に食い込むような形で広がる秩父郡小鹿野町に設置されている小鹿野中継局の地デジ電波も、秩父市との境界付近の一部で受信できます。なおどの中継局も、秩父中継局と同じ地デジ電波を送信しています。総じて秩父市は北東部の市街地であれば、安定して地デジ電波が受信できます。ただそれ以外の大半の山地などは地デジ電波はまったく受信できなくなります。
また市内で地デジ受信が可能な地域であれば、基本的に八木式アンテナ、デザインアンテナのどちらも使用可能です。ただ市内で地デジ受信可能な地域でも、地形が複雑になるなど現場の条件によっては、適切な地デジアンテナの機種や設置位置、アンテナの方向などに関してさまざまな条件や制約が生じるケースもございます。
当あさひアンテナでは、八木式アンテナ、デザインアンテナとも、国産DXアンテナ社製の最新モデルをご用意し、八木式アンテナは軽量で耐水性と耐風速性が高く、長寿命が望める機種を用い、アンテナ本体価格を含む基本工事価格15000円からで設置をお引き受けしております。
デザインアンテナは20素子相当、業界最小クラスの厚さ11.3cm、高さ59cm×幅22cmの薄型モデルをご用意し、アンテナ本体価格を含む基本工事価格20000円からで設置をお引き受けいたします。さらにこれら標準機種で受信が安定しない場合は、別途に高性能アンテナや、アンテナブースター、アッテネーター設置の用意もございますので、どのような現場にも対応可能です。
弊社では地デジアンテナ設置に際し、高性能の電波測定器による現場調査を実施しており、現場においてもっとも適切なアンテナの種類や設置位置など、できる限りお客様のご要望に応じた方法をご提案いたします。もしご希望の条件でどうしても受信に問題が出る場合は、弊社の豊富な工事経験に基づき、できるだけご要望に近い代案をご提示いたします。
また弊社ではアンテナ設置のご相談および、ご自宅を訪問しての地デジ電波調査、アンテナ設置工事費のお見積もりまですべて無料で行っております。弊社のアンテナ職人は豊富な経験と高度な技術を駆使して、現場の電波状態から、もっともリーズナブルでありながら、自然環境の影響を受けにくく、故障のリスクを避けアンテナの長寿命が望めるなど、お客様にとって総合的にもっともお得となる設置方法をご提案いたしております。
秩父市において地デジアンテナの新規設置や交換をお考えの方は、電波状態の確認やお見積りから、アンテナ機種のご希望、その他のご相談も含め、当あさひアンテナのフリーダイヤル(0120-540-527)へと、どうぞお気軽にお問い合わせください。
- Q
秩父市で地デジアンテナを設置できるのは屋根の上や壁面だけですか?
- A
一般的に八木式アンテナ工事は屋根の上、 デザインアンテナ工事 は外壁に設置するというイメージがございます。しかし現在ではアンテナの性能向上や施工技術の進歩によって、確実な受信性能を維持しつつ、外観の重視や、アンテナの故障、経年劣化などを抑えるため、家屋のさまざまな位置に設置する工法もございます。
八木式アンテナや BS/CS110度アンテナ では、例えば壁面やベランダの外、内側など風雨を受けにくい位置に設置することで、アンテナ本体への負担を軽減する工法がございます。ベランダ内側への設置では空間を少し消費いたしますが、その分、経年劣化や故障のリスクを抑えられ、メンテナンスも簡単になります。ただどちらのアンテナも電波の方向に向けることが必須のため、ご自宅の位置や角度などの条件により、アンテナを設置できる場所に制約が生じます。その点はどうかご承知おきください。
秩父市は市域の多くが山地にあたり、特に山地では大雪になることも多い地域です。このようなエリアで特に八木式アンテナをお使いの場合、アンテナへの積雪によるダメージから故障や受信性能、寿命の低下を招く雪害に見舞われることもございます。
他にもアンテナを設置するエリアが潮風を受けやすい海沿い、また台風に見舞われやすいなどの環境によって、塩害、風害などでアンテナにダメージが蓄積し、故障や寿命低下を招くケースもございます。
対策として、雪害では通常より取付金具の強度(耐荷重)が高く、表面に雪が付着しにくい加工がなされた雪害対策用のアンテナを用いる。塩害ではアンテナ本体や固定具、ケーブルなども含めて錆びに強い抗錆び、対塩害仕様のものを使用するなどの方法がございます。さらにアンテナや接続部全体を覆う「レドーム」と呼ばれるカバーを装着することで、雪害、塩害をはじめ、さまざまな自然環境や経年劣化への対策に高い効果が得られます。
弊社の職人は、通常のアンテナ設置においても、高い技術を用いてアンテナケーブルや各部に防水テープを隙間なく巻きつけ、接続部からの浸水や塩分による腐食を阻止する緻密な施工を行っており、潮風や強風、積雪などの影響を受けやすいエリアでも、通常の八木式アンテナと代わらない強度と寿命をお約束いたします。山地などで地デジ受信のため、より高所にアンテナを設置する必要のある現場では、ポールの先端に各種アンテナを設置することで受信感度を高めるなどの工法もございます。
これら各種工法において特別な技術や別途機材を用いる場合は、相応の追加工費が必要となりますが、通常の設置とほとんど変わらない場合は、八木式アンテナ、 BS/CS110度アンテナ とも基本工事費用の15000円からでお引き受けしております。
壁面に設置するデザインアンテナは、基本的に風雨など自然環境への抵抗力が高くなっておりますが、弊社では基本設置工事で、壁に取り付ける際のネジ穴に防水用シリコンを埋め込み、穴からの浸水などによる腐食を防止する施工を行っております。
またデザインアンテナでは、ご自宅の外観にまったく影響を与えず、降雪や潮風など自然環境の影響も受けず、経年劣化も最小限に抑える工法として、アンテナを屋根裏(天井裏)の空間に設置する工法もございます。弊社では屋根裏にデザインアンテナを設置する工事も、追加工費不要の基本工事価格20000円でお引き受けいたします。また屋根裏へのアンテナ設置も、弊社のモットー「見えないところも綺麗に」に基づき、見栄えのいい施工を実施しております。このモットーには、配線などを整理したシンプルで無駄のない施工によって、故障のリスクを軽減し、メンテナンスも簡単になるというメリットもございます。
ただ 屋根裏へのデザインアンテナ設置 は、屋根という外壁を隔てるため、どうしても屋外よりは電波状態が低下します。
そのため現場周辺の地形や電波状態などの環境から、ご自宅の屋根裏空間の形状、断熱材の素材など、条件によっては地デジ電波が受信できず設置不可能なケースや、別料金で高性能アンテナやアンテナブースターの設置が必要となるケースもございます。その点は何とぞご了承ください。
- Q
秩父市で地デジアンテナが故障したときはすぐ修理してもらえますか?
- A
その点はどうかご安心ください。弊社では他業者が設置したどのようなテレビアンテナでも、弊社フリーダイヤル(0120-540-527)にご一報いただければ、最短即日で職人が現場に出向き、修理対応させていただきます。
特に弊社が設置したテレビアンテナの場合は、業界最長クラスとなる、施工日から10年間のアフターフォロー体制をご用意しております。これは弊社がアンテナ設置技術に高い自信をもつ証でもあります。もし保障期間中、弊社が施工した各種アンテナにトラブルが発生したときは、すぐ弊社のフリーダイヤルにご一報ください。弊社職人が即座に現場へと駆けつけ、補償範囲内のトラブルであれば完全無料で復旧するようご対応させていただきます。
弊社では アンテナ設置工事 https://asahi-antenna.jpが完了した際、工事を担当した職人の自筆サイン入り保証書をお客様にお渡ししております。
万が一のアンテナトラブルなどでお客様が対応をお求めの際は、まずこの保証書をご用意ください。ただ、なにぶん10年間の長期保証となるため、お客様が保証書を紛失された場合を想定して、弊社でも施工から10年間は、あらゆる工事の現場写真や保証書などを社内でデータベース化して保存しております。
アンテナ修理をご依頼される際、もし弊社の保証書が見つからない場合は、お電話でその旨をお伝えください。そしてお手数ですが、お客様のお名前やお電話番号、当時の工事内容や施工時期などを、お分かりの範囲内でお教えください。弊社側のデータベースで確認でき次第、あらゆる保証について、保証書をご提示いただいた場合とまったく同じ対応をさせていただきます。
余談ですが、風雨や雷、雪、雹、隕石、また外部からの落下物など、自然災害によりアンテナが損壊した場合は、 火災保険の「風災保証」 によって修理費が補償されるケースがございます。補償される内容は保険会社との約款によって異なりますが、当あさひアンテナでは、アンテナ修理だけではなく、修理費用に火災保険を適用なさりたいお客様のご相談にも対応しております。
弊社にアンテナ修理をお求めになる際、火災保険のご相談もいただければ、保険会社に提出する必要がある修理報告書、見積書、施工前後の写真など、補償請求書類をすべて弊社でご用意いたします。また保険会社との交渉も、弊社の専門スタッフが全力でサポートいたします。秩父市にて突然のアンテナトラブルによってお困りの際は、アンテナ本体の修理から保険会社への対応まで完全にお引き受けする、当あさひアンテナにすべてお任せください。
秩父市 にお住まいで画面にE201、E202、E203の文字が出ている方
テレビ画面に"E201、E202、E203"と表示され番組が視聴できない
アンテナトラブルの形式として、突然、ご自宅のテレビで地デジのテレビ番組がまったく映らなくなり、画面に 「e201」「e202」「e203」 などの記号が表示されることがございます。これはテレビやアンテナにトラブルが発生し、テレビが自己診断機能を働かせてエラーコードで原因を示している状態です。最近のテレビはコードと同時にトラブルの原因を文章で表示するものもありますが、電波受信に関するトラブルの場合は、主に前述の三種類のコードが表示されます。なおエラーコードの種類は、トラブルの原因によって他にも数々のものがございます。
「e201」は、テレビ本体に届く電波のレベルが低下しているというエラーコードです。これは主にBS、CS放送で、豪雨や大雪など、悪天候の場合に表示されることが多くなります。BS、CS放送は衛星放送のため、悪天候では、波の乱反射によって電波状態が悪化するという弱点がございます。BSでは悪天候の際に電波を切り替え、画質、音質を落とすことで受信できるようにした「降雨対応放送」に切り替わる場合もあります。悪天候による受信不良は、天候の回復と同時に自然と復旧いたします。地デジ放送では、このコードが表示されることは少ないのですが、周辺の電波状態の悪化やアンテナ機器のトラブルなどにより、ときに表示されることもございます。
「e202」は、テレビ本体ににまったく電波が届いていないというエラーコードです。原因は大風や地震などによるアンテナ角度のずれや倒れるといったトラブル。またアンテナ本体、アンテナ線、ブースター(増幅器)、分配器など、どこかに故障が発生したことも考えられます。また単純にテレビとアンテナ線との接触不良という場合もありますので、このコードが表示されたときは、まずテレビやレコーダーなどの機器と、アンテナ線との接続部分をチェックしてください。
「e203」は、該当する放送局が放送休止しているというエラーコードです。基本的に放送局が、メンテナンスやトラブルなどによって放送を休止していることから発生する不具合です。このコードが表示されたときは、その他のチャンネルを確認して、正しく映っているなら放送局側に原因があると判断できます。ただアンテナ関係の故障でも、このコードが表示される場合がありますのでご注意ください。
これらのエラーコードが表示されたときは、ブロックノイズの際と同じく、まずテレビのリセットや、テレビとアンテナ線の接続部を確認するなどしてください。それでも回復しない場合は、アンテナ関係にトラブルが起こっていると考えられます。
その場合も、やはり当あさひアンテナのフリーダイヤル(0120-540-527)にご相談ください。まずお電話口にて、コードの種類やご自宅のアンテナ環境などとお伺いして、ご自宅で可能な対策をご説明いたします。もしお電話で問題が解決しないときは、ご用命いただければ、弊社の職人が最短即日でご自宅へ出向き、現場調査で原因を特定いたします。
当あさひアンテナでは、どのようなご相談であっても、出張費、見積もり費、キャンセル費はすべて無料で対応させていただきます。またトラブルの原因を特定した後は、弊社の職人からお客様に、修理に必要な工事のご説明と見積もり価格を提示いたします。その内容にお客様が納得され、正式にご契約なされた時点ではじめて工事にかからせていただきます。それまでは決して無断で工事を進めることはなく、料金も一切発生いたしません。
さらにアンテナ工事後の保証など、アフターフォローの体制も万全のものを用意してございます。テレビ映りに不具合が発生して、エラーコードからアンテナトラブルだと思われる場合は、まずは当あさひアンテナのフリーダイヤルへとお気軽にお電話ください。
秩父市 についてもっと知りたい
これからお引越しを考えている方
秩父市 てどんなところ??
埼玉県秩父市は、県の南西部に位置する市です。市域は埼玉県の西端、南西部に突き出している部分から、秩父郡小鹿野町を除いた大半を占めています。東西に長い市域は、小鹿野町にあたる北部の中央部が大きく欠けるような形になっており、およそ87パーセントが森林にあたります。また市内の森林面積は、埼玉県内の森林の約40パーセントを占めています。
市域内の多くは秩父山地にあたり、町の中央部をほぼ東西に荒川(あらかわ)が流れて河岸段丘を形成しており、荒川は市の北東端に位置する秩父盆地の中央部、中心市街地の方向に向かって、町の東端付近の北方向へと抜けます。
荒川に合流する支流には、矢竹沢、入川、金山沢、滝川、大洞川、中津川、大血川、東谷、西谷、新山沢、浦山川、橋立川、横瀬川、定峰川、赤平川、吉田川、阿熊川、石間川などがあります。市内の湖沼には荒川の秩父湖、秩父さくら湖や、中津川の奥秩父もみじ湖などのダム湖、また西秩父桃湖(にしちちぶももこ)の一部などが存在します。
秩父市の気候は、盆地では太平洋側内陸型気候になります。盆地部では寒暖の差が大きく、夏場は暑く、ときには猛暑日になることもありますが、関東地方の他の主要都市と比べると湿度が低く、熱帯夜も少ないため過ごしやすくなります。冬は埼玉県内でも寒さが厳しく、氷点下5℃を下回ることもしばしばあります。山地では夏には雷雨が多く発生して降水量も多く、冬にはかなりの積雪となります。
また県の西端部で広大な市域を持つため、秩父市が隣接する市町村も15か所と、県内でも最多になります。秩父市は埼玉県の自治体では唯一、南隣の東京都と北隣の群馬県の両方に接している他、山梨県、長野県との県境もあります。この隣接する都道府県数4は、全国の市区町村でも最多となり、岐阜県高山市、京都府南丹市と並んでいます。
現在の秩父市を含む秩父一帯は、もともとは知々夫国(ちちぶのくに)と呼ばれ、知々夫国造(ちちぶのくにのみやつこ、ちちぶこくぞう)に支配されていました。その後、知々夫国は无邪志国造(むさしのくにのみやつこ)が支配した无邪志国と合わさり、7世紀に令制国の武蔵国となります。708年(和銅元年)には、現在の秩父市黒谷にある和銅遺跡付近から、純度が高く精錬を必要としない自然銅である和銅(にきあかがね)が産出しました。これが朝廷に献上されたことを記念し「和銅」に改元すると共に和同開珎が作られたとされています。
現在の秩父市域の中心部は、古くは中村郷と呼ばれ、秩父盆地の中央にあることから物資の集散地であり、また秩父神社の門前町として栄えました。そのため後には大宮郷(おおみやごう)と呼ばれ、自治体名も1915年(大正4年)までは大宮町(おおみやまち)でした。
明治維新後、今日の秩父市にいたる歴史としては、1889年(明治22年)4月1日の町村制施行にともない、秩父郡大宮郷、別所村が合併して、前述した秩父郡大宮町となります。1916年(大正5年)1月1日には大宮町が町名を変更して秩父町となります。これは秩父郡の中心に位置することや、1914年(大正3年)に開業した秩父鉄道の駅が、郡名から「秩父駅」となったこと。また同県内の北足立郡大宮町(現在のさいたま市大宮区および北区)との混同を避けるためなどが理由と考えられています。
その後、1950年(昭和25年)4月1日には市制施行によって、秩父町から(旧)秩父市となります。1954年(昭和29年)5月3日には秩父郡尾田蒔村、原谷村を、11月3日には秩父郡久那村を編入。1957年(昭和32年)5月3日には秩父郡高篠村、大田村を編入。1958年(昭和33年)5月31日には秩父郡影森町を編入しています。
そして2005年(平成17年)4月1日に、旧秩父市と秩父郡吉田町、荒川村、大滝村にて新設合併を行い、新たな秩父市となります。
現在の秩父市は、秩父地方の中心となる地域です。秩父地方とは、現在では主に秩父市および秩父郡に属する町村を指します。市域の大半が秩父多摩甲斐国立公園や、埼玉県立の武甲、西秩父などの自然公園に指定されています。東部の平坦な盆地部には市街地が形成され、商店街や住宅地などが集まっています。また西部の丘陵地帯にあたる平坦地には、水田などの農業用地が多くなっています。市の南東側にそびえる武甲山からは石灰石が産出され、露天掘りが行われています。
秩父市の名産品には、絹織物の秩父銘仙。秩父の風土に合わせた農作物の、しゃくし菜(雪白体菜(せっぱくたいさい))および、しゃくし菜漬。肉の味噌漬け。味噌である秩父おなめ。コンニャク(蒟蒻)。アルコール類では、日本酒では武甲酒造の武甲正宗。八尾本店の秩父錦。ベンチャーウイスキーのイチローズ・モルトなどがあります。
秩父地域を含む秩父市の郷土料理は、もともとは地域の家庭料理で、みそなどによって甘辛く味付けしたジャガイモの天ぷら、みそポテト。釜からゆで上がったうどんを、好みの調味料でそのまま食する、ずりあげ(ずりあげうどん)。地域の名産である秩父そば。秩父地方から群馬県や埼玉県北部の名物である、麺と野菜などを煮込んだほうとうの一種である、おっきりこみ。奥秩父大滝村の特産品である、皮が柔らかく割れにくい中津川芋を串に刺し、荏胡麻(えごま)を使ったみそだれをつけて炭火であぶる中津川いも田楽。また草鞋のような厚さと大きさを持つわらじカツやわらじカツ丼、豚味噌丼などがあります。
自然と歴史の豊富な秩父市は観光地としても名高く、自然、公園などの見どころには、奥秩父山塊(おくちちぶさんかい)があります。
奥秩父山塊は、埼玉県と東京都、群馬県、長野県にまたがる、関東山地の中心部をなす山塊で、奥秩父山地(おくちちぶさんち)とも呼ばれます。秩父市域では秩父多摩甲斐国立公園に含まれ、紅葉や渓流釣りなどが楽しめる中津川渓谷、二瀬ダムの秩父湖などがあります。また市域の一部はジオパーク秩父、甲武信ユネスコエコパークにも含まれます。
市内の山地などには、雁坂峠(かりさかとうげ)があります。秩父市と山梨県山梨市の境にあたり、針ノ木峠、三伏峠と並んで日本三大峠に数えられる奥秩父山域の主脈のひとつで、かつて一世を風靡した笹沢佐保さんの小説「木枯し紋次郎」シリーズの一編「笛が流れた雁坂峠」の舞台にもなっています。
また市内で日本百名山に含まれる山には、埼玉県と東京都、山梨県の境界に位置し、しろさんの漫画作品「ヤマノススメ」における登山の舞台や、吾峠呼世晴さんの漫画「鬼滅の刃」主人公の元の住居にもなっている雲取山(くもとりやま、くもとりさん)。埼玉県と山梨県、長野県との境に位置する甲武信ヶ岳(こぶしがだけ)。秩父市と小鹿野町との境目に位置し、山岳信仰の対象で三峰山、武甲山をあわせて「秩父三山」と呼ばれる両神山(りょうかみさん)があります。その武甲山(ぶこうさん、ぶこうざん)は、秩父市と横瀬町との境界に位置する、やはり山岳信仰の対象で、日本二百名山に含まれています。武甲山の伏流水は名水百選にも選ばれており、武甲酒造さんの酒造りにも利用されています。
霧藻ヶ峰(きりもがみね)は、秩父宮雍仁親王が1933年(昭和8年)の夏に登山に訪れた際、サルオガセ(猿尾枷、猿麻桛)または霧藻があることから名づけられた、ゆかりの山です。
秩父ミューズパークは、秩父市と秩父郡小鹿野町にまたがる地域にある、埼玉県営および秩父市営の公園で、旅立ちの丘やコテージ、音楽堂、野外ステージ、ミューズの泉、展望台、休憩施設のステンドハウス、パルテノン、農林産物直売所などの施設があります。
羊山公園(ひつじやまこうえん)は、一面にシバザクラ(芝桜)が咲く芝桜の丘が有名で、サクラ(桜)の名所でもあります。園内には秩父市営馬場や、ヒツジ(羊)が多く飼われる、ふれあい牧場。菖蒲(ショウブ)田。また棟方志功さんの作品を主に展示する美術館「やまとーあーとみゅーじあむ」や、武甲山の資料を集めた「武甲山資料館」などもあります。
またダム湖には、サクラの名所で特撮作品のロケ地にもよく使われる、浦山ダムの秩父さくら湖。秩父多摩甲斐国立公園に含まれている滝沢ダムの奥秩父もみじ湖。二瀬ダムの秩父湖。小鹿野町にまたがる合角ダムの西秩父桃湖があります。
三十槌の氷柱(みそつちのつらら)は、奥秩父の奥秩父の冬の名勝で、荒川の岩肌から湧き出る湧水により作られる、高さおよそ8メートル、幅およそ30メートルにもなる氷のオブジェです。天然の氷であるため1月中旬から2月下旬までの厳冬期にしか見られず、姿も毎年、変わります。小鹿野町の尾ノ内百景(冷っけぇ〜)氷柱、横瀬町のあしがくぼの氷柱と共に「秩父三大氷柱」に数えられますが、他のふたつは人工的なもので、天然の氷柱はこの一ヶ所のみです。
毎年、氷柱が見られる時期に合わせてライトアップが行われ、大滝氷まつりが開催されます。また周辺はウッドルーフ奥秩父オートキャンプ場、つちうちキャンプ場にあたるため、現在流行の「ゆるキャン△」も楽しめます。
大除沢(おおよけざわ)の不動滝(ふどうたき)は、落差は約50メートルで、上段から25メートル、15メートル、10メートルと3段に別れて流れ落ちる滝です。秩父市の山中には他にも滝が多く、滝巡りも楽しめます。
町内の名所、旧跡では、秩父地方の総鎮守で、三峯神社、長瀞町の宝登山神社と共に秩父三社の一社であり、ユネスコ無形文化遺産に登録され、国の重要無形文化財にも指定されている例祭「秩父夜祭(ちちぶよまつり)」で知られる秩父神社があります。同神社では他にも埼玉県指定の有形文化財に社殿など、無形民俗文化財に秩父神社御田植祭。天然記念物に秩父神社柞の森のブッポウソウ。また秩父市指定文化財に刀剣脇差など、史跡に秩父神社大祭御旅所があります。
三峯神社(みつみねじんじゃ)は、拝殿の手前に珍しい三ツ鳥居があります。またオオカミ(狼)を守護神としており、狛犬の代わりに神社の各所にオオカミの像が鎮座しています。他にも市内には椋神社(むくじんじゃ)、聖神社(ひじりじんじゃ)などがあります。
岩松山清雲寺には約30本のサクラの木があり、中でも樹齢600年のシダレザクラ(枝垂れ桜)で知られ、花の時期には、しだれ桜祭りも行われます。西国三十三所、坂東三十三箇所とあわせて日本百観音とされる秩父三十四箇所の多くも市内に存在します。
他にも、国の天然記念物である古秩父湾堆積層及び海棲哺乳類化石群のうち、取方の大露頭、大野原パレオパラドキシア化石産地は秩父市に存在します。旧埼玉県繊維工業試験場秩父支場本館である秩父銘仙や織物の資料館、ちちぶ銘仙館(ちちぶめいせんかん)。および大正から昭和初期に建てられた秩父銘仙の問屋、柿原商店の店舗兼母屋と3棟の土蔵を後世に伝えるべく整備された秩父ふるさと館は、国の登録有形文化財になっています。
江戸時代以前、武蔵国と甲斐国の間の雁坂峠を通る秩父往還(甲州裏街道)にあった関所の栃本関跡は、国の史跡になっています。
黒谷の和銅山にある和同遺跡は、その名の通り、和同開珎が発掘された遺跡です。平安時代から鎌倉時代にかけて秩父一帯を治めた秩父氏の居城、秩父氏館(ちちぶしやかた)は、吉田城、鶴ヶ窪城とも呼ばれ、城址は埼玉県の指定史跡になっています。
市内の温泉には白久温泉(しろくおんせん)、山田温泉(やまだおんせん)があります。その他の名所には、いくつもの実車輛を展示している鉄道公園のSL転車台公園(エスエルてんしゃだいこうえん)。関東の駅百選に選ばれている秩父鉄道の三峰口駅(みつみねぐちえき)、西武鉄道の西武秩父駅(せいぶちちぶえき)。日本の道100選に選ばれている秩父往還道。橋梁には秩父公園橋。後述する「あの花」の聖地となった秩父橋。ループ橋の通称がある雷電廿六木橋(らいでんとどろきばし)などがあります。
市内の博物館、美術館には、前述したものの他に、秩父市山里自然館。秩父市立大滝歴史民俗資料館。浦山歴史民俗資料館。荒川歴史民俗資料館。珍石館などがあります。
市内の祭りでは、前述の秩父夜祭が有名です。ユネスコ無形文化遺産に登録され、また一連の行事が国の重要無形民俗文化財に指定されている秩父夜祭は、京都の祇園祭、飛騨の高山祭と並んで、日本三大美祭および日本三大曳山祭のひとつにも数えられています。
また秩父夜祭に使われる笠鉾、屋台は、釘を一本も使わずに組み立てられています。金色の飾り具や極彩色の彫刻、後幕の金糸の刺繍などで装飾された豪華絢爛な笠鉾と屋台は「動く陽明門」とも呼ばれ、国の重要有形民俗文化財にも指定されています。ちなみに同一の祭礼が国の重要有形民俗文化財、重要無形民俗文化財の双方に指定されている例は、秩父夜祭を含めて日本で5例しかなく、歴史的、文化的にも非常に価値の高い祭りといえます。また市内にはこの秩父夜祭に関するさまざまな資料を展示する、秩父まつり会館も存在します。
7月の秩父川瀬祭(ちちぶかわせまつり)は、市内では秩父夜祭に次ぐ大きな祭りで、小学生が囃子手や拍子木を務め、山車の最前部には小中学生が乗る、子供を主役とした祭りとして知られ、秩父川瀬祭花火大会も行われます。
10月の龍勢祭り(りゅうせいまつり)は椋神社の例大祭で行われる祭礼で、三十数本の「龍勢(火薬を仕掛けた龍)」を轟音とともに天高く打ち上げる祭りです。龍勢には発煙などの仕掛けや、パラシュート状の物体を内包するなど、さまざまな工夫を凝らされ、龍勢は通称「農民ロケット」とも呼ばれています。打ち上げの勢いが天に昇る龍のようだったことから龍勢と呼ばれるようになったとする説もあり、埼玉県の無形民俗文化財に指定されています。また道の駅龍勢会館では、同祭や明治時代に起こった農民の一大蜂起事件「秩父事件」などの資料が展示されています。
現在の秩父市は、自然の豊かさなどからさまざまな作品の舞台やロケ地にもなっていますが、近年、もっとも有名といえるのは、いわゆる「秩父三部作」と呼ばれる「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」「心が叫びたがってるんだ。」「空の青さを知る人よ」の3作のアニメ作品です。
「あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない。」通称「あの花」は、長井龍雪監督、岡田麿里さん脚本、田中将賀さんキャラクターデザインにより2011年(平成23年)に放送されたテレビアニメです。
秩父市を主な舞台に、小学生時代に「超平和バスターズ」を名乗って遊んでいた仲良し6人組が、メンバーの一人、めんま(本間芽衣子)の事故死をきっかけに疎遠となり、それぞれ影を背負ったまま成長。中学卒業後、チームのリーダー、じんたん(宿海仁太)の前に、めんまの幽霊が現れます。やがてかつてのメンバーだった五人が、めんまを成仏させるため再集結するという、ひと夏の物語です。
その繊細な物語と丁寧な演出は、高い人気と評価を得て、本編の一年後を描いた劇場アニメ版や、実写ドラマ版も制作されています。
さらに2015年(平成27年)には、同作のスタッフが再集結し、やはり秩父市周辺を舞台にした劇場アニメ「心が叫びたがってるんだ。」通称「ここさけ」が公開されました。同作もやはり高い評価を得て、2017年(平成29年)には同作の実写映画版も公開されています。
そして2019年(平成元年)に公開された、秩父三部作の現時点での最新作となる劇場版アニメ「空の青さを知る人よ」も、やはり興行成績、評価とも好評でした。
この三部作は、秩父市ともさまざまなコラボを行い、前述した秩父橋が「あの花」のキービジュアルに使われ、ファンの聖地にもなっている他、作中で龍勢祭りが重要な役割で描かれたことから、以降、同作とコラボした龍勢が毎年、打ち上げられています。他にも「あの花」以外の二部作を含めた、作中の舞台となった場所で、作品のシーンを再現するなどの試みも行われています。
また秩父市出身である岡田麿里さんのエッセイ的自伝には「学校へ行けなかった私が『あの花』『ここさけ』を書くまで」があり、この作品は2018年(平成30年)、NHK BSプレミアムにてテレビドラマ化されています。
他にも現在の秩父市を舞台にした映画には、1963年(昭和43年)の勝新太郎さん主演による座頭市シリーズ第18作「座頭市果し状」。1953年の映画版「赤胴鈴之介」シリーズ8作目である「赤胴鈴之助 黒雲谷の雷人」。前述の秩父事件を題材にした2004年(平成16年)の「草の乱」。2001年(平成13年)のコメディ作品「チー公大作戦 ~メダカを救え!村長選挙」などがあります。
テレビドラマでは、広大な自然や山地、砕石場などを活かして、「ウルトラセブン」「ミラーマン」「変身忍者 嵐」「愛の戦士レインボーマン」「仮面ライダーV3」など数多くの特撮作品のロケ地に選ばれています。
漫画では、皆野町出身の漫画家、二ノ宮知子さんによる「GREEN〜農家のヨメになりたい〜」や、田中圭一さんの「ドクター秩父山」などの作品が、秩父市を主な舞台にしています。
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秩父市 の場所
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埼玉県秩父市は、県内でも突出した南西端部の大半を占めている市です。埼玉県の市町村ではもっとも広い面積を持つ市域の東側を、北側より児玉郡神川町、秩父郡皆野町、東秩父村、比企郡ときがわ町、横瀬町、飯能市に接しています。また北側の中央部は、秩父郡小鹿野町が市域に食い込んでいるような形で接しています。北側は他に、東寄りから群馬県の藤岡市、多野郡神流町、同郡上野村に面しています。また西側は長野県南佐久郡川上村に、南側は西寄りから、山梨県の山梨市、甲州市、北都留郡丹波山村と東京都西多摩郡奥多摩町に面しています。
秩父市の市域は古墳時代からの歴史を誇る秩父地域の中心的な市であり、市内には秩父神社や秩父夜祭をはじめ、さまざまな史跡や文化遺産も見られます。また山林や渓流などの自然も豊かで、景勝地も豊富な観光地としても知られています。北西部の盆地に位置する市街地は、秩父地域の中央として発展しており、道路網、鉄道網が整備されているため、県内の中心地をはじめ、周辺の主要地域との行き来も便利になっています。近年では「あの花」「ここさけ」など評価の高いアニメ作品「秩父三部作」の舞台としても知られており、いわゆる「聖地巡礼」に訪れるファンも多くなっています。総じて豊かな自然と利便性に恵まれた、非常に暮らしやすい市だといえます。
秩父市の市章は、秩父市の「父」の字を半円状にデザインし、下部にそれを反転させたものを配置して円を象ったもので、共和の精神を表しています。この市章は1926年(大正15年)4月8日に当時の秩父町章として制定され、その後の市制施行、合併後も引き続いて使い続けられているものです。
秩父市歌は勝承夫さん作詞、下總皖一さんの作曲によるもので、市のWEBサイトで歌詞と楽譜の閲覧や試聴ができます。
秩父市は、国内では1981年(昭和56年)4月25日に東京都荒川区と、1983年(昭和58年)10月14日に東京都豊島区と、1996年(平成8年)5月20日に、提携当時は小野田市であった山口県山陽小野田市と姉妹都市の提携を結んでいます。
海外ではアメリカ合衆国カリフォルニア州アンティオック市と1967年(昭和42年)9月16日に、大韓民国江原道江陵市と1983年2月16日に、中華人民共和国山西省臨汾市と1988年(昭和63年)10月7日に、オーストラリア連邦ニューサウスウェールズ州ワリンガー市と1996年4月26日にタイ王国ヤソトン県ヤソトン市と、1999年5月8日(平成11年)に、姉妹都市提携を結んでいます。
秩父市の花はシバザクラ、市の木はカエデ(楓)、市の鳥はオオルリ(大瑠璃)です。
シバザクラはハナシノブ科の多年草で、別名をハナツメクサ(花詰草、花爪草)ともいいます。葉は1センチ程度と小さく披針形になり、4月から5月にかけてサクラに似た形の赤から淡桃、薄紫、白色の花を咲かせ、葉の形やその匍匐性などからシバザクラ(芝桜)と名付けられました。シバザクラはよく枝分かれして地面を覆い尽くすように密生し、また寒暑や乾燥に強く常緑であるため、芝生の代わりに植えられることもあります。
カエデはムクロジ科(旧カエデ科)カエデ属の落葉高木の総称です。モミジ(紅葉、椛)とも呼ばれますが、この呼び名は種類を問わない樹木の紅葉(こうよう)を総称することもあります。日本に自生するカエデの種類は26種類に上るとされていて、名前の由来は、葉の形が両生類のカエル(蛙)の手、すなわち「カエルデ」に似ていることから、略されて「カエデ」になったといわれます。
英語では一般的に「メープル(Maple)」と呼ばれ、中でもサトウカエデといわれる種の甘い樹液を採集し、煮詰めてメープルシロップを作ることでも知られます。日本では紅葉が観賞用となり、庭木や盆栽にも用いられ、品種改良も進みました。メイプル材として木材が利用される他、メグスリノキと呼ばれる品種は、その名の通り視神経を活発化させる作用がある苦味成分のロドデノールを多く含み、古来より漢方薬としても用いられています。
オオルリはスズメ目ヒタキ科オオルリ属に分類される鳥類の一種です。日本へは夏鳥として渡来、繁殖し、冬季は東南アジアで越冬します。オオルリは全長が約16センチ、翼開長が約27センチ。雄の背中は尾も含めて光沢のある青で、尾の基部には左右に白斑があり、喉と顔は黒で腹は白くなります。雌は頭から尾にかけて背面が茶褐色で、喉と腹は白く、胸と脇が褐色です。
雄が美しい色彩になるには2年から3年を要すると考えられており、若鳥の雄の羽色は雌の羽色と似た茶褐色で、背面の一部と風切羽及び尾羽に青色が表れているのみになります。また雌はキビタキ(黄鶲)の雌やコサメビタキ(小鮫鶲)などに似ています。
オオルリの地鳴きは「クッ、クッ」。さえずりは美しい声でゆっくりと「ピリーリー、ポィヒーリー、ピールリ、ピールリ、ジィ、ジィ」と鳴きます。また雌もさえずることがあります。オオルリはコルリ(小瑠璃)、ルリビタキ(瑠璃鶲)などと共に「青い鳥」御三家のひとつであり、またウグイス(鶯)、コマドリ(駒鳥)と並ぶ日本三鳴鳥のひとつでもあります。
秩父市のキャラクターには、2015年に誕生した「ポテくまくん」がいます。ポテくまくんは、その名の通り、蒸したジャガイモのような色をしたクマ(熊)の頭に、みそだれのようなものがかかって、髪型のようにも見えるクマの妖精の男の子です。手には串に刺した市の名物、みそポテトをもっています。
ポテくまくんの肩書は秩父市宣伝部長で、1月11日生まれですが妖精なので年齢不詳です。身長はみそポテト10串分、体重はみそポテト2000個分。性格はいつも元気、とにかく元気。でも、みそポテトがなくなると元気がなくなるそうです。またマイペースで、みんなと遊ぶのが大好きだそうです。市内の羊山公園に住んでいるらしく、同公園には実際に「ミニポテくまくんの家」があります。
好きな食べ物はもちろん、みそポテト。甘めの味噌が好きらしく、食べ始めるとやめられないそうです。また、みそポテトの食べ過ぎによって、頭からみそがにじんできたらしいです。趣味はゆるキャラ同士の名刺収集。特技はみんなとの記念撮影でカッコよく写ること。憧れは、元祖秩父市イメージキャラクター「りゅうごん」先輩だそうです。
ポテくまくんのテーマソング「ポテくまマーチ」は、作詞は米俵千智さん、編曲は大塚治一さん、そして作曲は近年、卒業ソングとして知られる「旅立ちの日に」を手掛けた県立秩父特別支援学校の高橋浩美教諭が担当しています。
ポテくまくんが憧れの先輩としてあげる「りゅうごん」は龍勢祭を推進、宣伝するために誕生した、旧吉田町出身のマスコットキャラクターで、その名の通り、東洋風の龍をコミカルに描いたデザインです。生みの親は「仮面ライダー」「サイボーグ009」などで知られる漫画家の石ノ森章太郎さんです。りゅうごんの名前は公募により選ばれたもので「龍」と「ドラゴン」を合成しています。
りゅうごんは埼玉県の「ゆる玉応援団」団員第1号に任命されており、現在でも秩父市や県内の各地で活躍しています。
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秩父市 の鉄道路線
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西武鉄道
西武秩父線
・西武秩父駅
秩父鉄道
秩父本線
・和銅黒谷駅
・大野原駅
・秩父駅
・御花畑駅
・影森駅
・浦山口駅
・武州中川駅
・武州日野駅
・白久駅
・三峰口駅
秩父市のバス路線
・西武観光バス
・秩父市営バス
・小鹿野町営バス
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秩父市 の主要道路
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一般国道
・国道140号(皆野秩父バイパス)
・国道299号
有料道路
・雁坂トンネル(国道140号線)
県道
主要地方道
・埼玉県道11号熊谷小川秩父線(小川県道)
・埼玉県道37号皆野両神荒川線
・埼玉県道43号皆野荒川線
・埼玉県道44号秩父児玉線
・埼玉県道71号高崎神流秩父線
・埼玉県道72号秩父荒川線
・埼玉県道73号秩父上名栗線
・埼玉県道82号長瀞玉淀自然公園線
一般県道
・埼玉県道208号秩父停車場秩父公園線
・埼玉県道209号小鹿野影森停車場線
・埼玉県道210号中津川三峰口停車場線
・埼玉県道270号吉田久長秩父線
・埼玉県道278号秩父多摩甲斐国立公園三峰線
・埼玉県道282号藤倉吉田線
・埼玉県道283号下小鹿野吉田線
・埼玉県道284号下日野沢東門平吉田線
・埼玉県道・群馬県道331号吉田太田部譲原線
その他主要道路
・秩父市道大滝幹線17号線(旧称:中津川林道)
道の駅
・あらかわ
・大滝温泉
・ちちぶ
・龍勢会館
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秩父市 出身の芸能人
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埼玉県秩父市出身の著名人には、蜷川幸雄さん演出の数々の舞台や、実写映画版「るろうに剣心」の志々雄真実など数多くのテレビドラマ、映画、舞台などで活躍し、秩父市観光大使も務める俳優の藤原竜也さん。昭和初期から中期に活躍した女優の月澄江さん。タレント、アナウンサーで、芸能事務所も経営する荒舩美栄さん。テレビ番組「笑点」などで知られる落語家で、秩父市観光大使でもある林家たい平師匠。裸にお盆芸で知られるお笑い芸人で、秩父市観光大使も務めるアキラ100%さん。お笑いコンビ「スクールゾーン」でボケを担当する橋本稜さんなどがいます。
声優では、テレビアニメ「三者三葉」の小田切双葉や、スマートフォン用ゲーム「きららファンタジア」の同キャラおよび、きゆづきさとこさん原作の漫画「棺担ぎのクロ」の主人公、クロの声などを演じ、ラーメン好きであり巫女の経験もある金澤まいさん。テレビアニメ「邪神ちゃんドロップキック」シリーズのメデューサなどを演じ、アイドルや歌手活動も行う久保田未夢さん。子役出身で、人気アニメシリーズ「響け!ユーフォニアム」の黄前久美子などで知られ、女優、歌手も務める黒沢ともよさん。人気アニメ「美少女戦士セーラームーン」シリーズの愛野美奈子/セーラーヴィーナスなどで知られる深見梨加さんなどが秩父市の出身です。
文化、芸術分野の秩父市出身者では、前述したアニメ作品「秩父三部作」の脚本家で、近年では漫画「荒ぶる季節の乙女どもよ」原作やアニメ映画「さよならの朝に約束の花をかざろう」監督。また作詞なども手掛ける岡田麿里さん。アニメ作品「攻殻機動隊S.A.C.」シリーズや「精霊の守り人」などを手掛けたアニメ監督の神山健治監督。映画「ギターを持った渡り鳥」「子連れ狼 親の心子の心」「河内のオッサンの唄」やテレビ時代劇「桃太郎侍」「新五捕物帳」「子連れ狼」などを手掛けた映画監督の齋藤武市監督。「はらって椿ちゃん」などの作品がある漫画家のシタラマサコさん。同じく漫画家で「ラブ・クラシック‐和風ロマンス集」などの作品がある比古地朔弥さんなどがいます。
音楽関係の秩父市出身者では、ロックバンド「THE ALFEE」のベーシストで、秩父市観光大使でもあるミュージシャンの桜井賢さん。「炎」などの曲で知られ、秩父市観光大使も務める演歌歌手の冠二郎さん。ソプラノの声楽家、オペラ歌手で、音楽教育者として国立音楽大学教授も務める澤畑恵美教授。「グランドライフ‐7L3EPT‐」などの曲がある歌手、ソングライター、ミュージシャンのハシケンさん。音楽グループ「ドミンゴス」のメンバーでもあるミュージシャンの吉田一休さん。東京音楽大学講師、国際尺八研修館常任講師なども務める尺八奏者の柿堺香さんなどがいます。
学術その他の分野では、教育心理学の専門家で筑波大学名誉教授である新井邦二郎教授。日本の建築設備学者で早稲田大学名誉教授である井上宇市教授。美術評論家で多摩美術大学美術学部教授でもある椹木野衣教授。秩父神社宮司、京都大学名誉教授でもある宗教学者の薗田稔教授。元上智大学文学部新聞学科教授である法学者の田島泰彦さん。東北芸術工科大学非常勤講師でもある彫刻家の平井一嘉さん。出身は山形県ですが、秩父市内に長く住んで民俗学の研究を続けた在野の民俗学者、斎藤たまさん。大正から昭和の建築家、住宅作家であった山田醇さん。大正から昭和期の建築家で多くのモダンな建物を手掛けた関根要太郎さん。NHKの元シニアアナウンサーで、現在はディレクターを務める肥土貴美男さん。実業家、投資家として知られた与沢翼さんなどがいます。
スポーツ関係では、千葉ロッテマリーンズで投手を務めた元プロ野球選手の黒沢翔太さん。元大相撲力士、元プロレスラーで、現在はプロレス関係やステーキ居酒屋などの事業を行う実業家の田上明さん。花籠部屋に所属した昭和中期の大相撲力士で、引退後は常盤山親方を務めた若秩父髙明関。ムーンサルトプレスなどを得意技とする女子プロレスラーの中島安里紗選手。17歳のデビューから73歳4か月弱まで現役で活躍し、2021年現在の現役最年長記録を樹立している元競泳選手の加藤峻二さん。幕末生まれ、明治から昭和初期の剣道家で、昭和の剣聖の一人といわれた高野佐三郎さん。女子自転車競技選手である塚越さくら選手。1992年アルベールビル五輪のスピードスケート男子500mで銅メダルを獲得した元スピードスケート選手の井上純一さん。中央競馬会(JRA)に所属する競馬騎手の井上敏樹騎手などが秩父市の出身です。
歴史上の人物では、南北朝時代の南朝方の武将で新田四天王の一人といわれた畑時能。1852年(嘉永5年)に日本で最初の帝王切開手術を行い、成功させた医師の伊古田純道などが現在の秩父市にあたる地域の出身です。
秩父市 町域別対応エリア
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ア行
- 相生町(アイオイチョウ)、阿保町(アボマチ)、荒川小野原(アラカワオノバラ)、荒川上田野(アラカワカミタノ)、荒川久那(アラカワクナ)、荒川白久(アラカワシロク)、荒川贄川(アラカワニエガワ)、荒川日野(アラカワヒノ)、伊古田(イコタ)、和泉町(イズミチョウ)、上野町(ウエノマチ)、浦山(ウラヤマ)、太田(オオタ)、大滝(オオタキ)、大野原(オオノハラ)、大畑町(オオバタケマチ)、大宮(オオミヤ)、小柱(オバシラ)
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カ行
- 金室町(カナムロマチ)、上影森(カミカゲモリ)、上町1(カミマチ1)、上町2(カミマチ2)、上町3(カミマチ3)、上宮地町(カミミヤジマチ)、上吉田(カミヨシダ)、久那(クナ)、熊木町(クマギマチ)、黒谷(クロヤ)
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サ行
- 桜木町(サクラギマチ)、定峰(サダミネ)、品沢(シナザワ)、下影森(シモカゲモリ)、下宮地町(シモミヤジマチ)、下吉田(シモヨシダ)
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タ行
- 滝の上町(タキノウエマチ)、田村(タムラ)、近戸町(チカトマチ)、寺尾(テラオ)、栃谷(トチヤ)、道生町(ドウジョウマチ)
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ナ行
- 中津川(ナカツガワ)、中町(ナカマチ)、中宮地町(ナカミヤジマチ)、中村町1(ナカムラマチ1)、中村町2(ナカムラマチ2)、中村町3(ナカムラマチ3)、中村町4(ナカムラマチ4)、永田町(ナガタマチ)、野坂町1(ノサカマチ1)、野坂町2(ノサカマチ2)
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ハ行
- 番場町(バンバマチ)、東町(ヒガシマチ)、日野田町1(ヒノダマチ1)、日野田町2(ヒノダマチ2)、別所(ベッショ)、堀切(ホリギリ)
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マ行
- 蒔田(マイタ)、三峰(ミツミネ)、みどりが丘(ミドリガオカ)、宮側町(ミヤカワチョウ)、本町(モトマチ)
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ヤ行
- 柳田町(ヤナギダマチ)、山田(ヤマダ)、吉田阿熊(ヨシダアグマ)、吉田石間(ヨシダイサマ)、吉田太田部(ヨシダオオタブ)、吉田久長(ヨシダヒサナガ)