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茨城県てどんなところ??

茨城県ってどんなところ??

茨城県は関東地方の北東部に位置し、関東地方や首都圏に含まれる県です。律令制における常陸国の全域が大半を占め、そこに明治時代、千葉県より移管された下総国猿島郡、結城郡、豊田郡、岡田郡の全域と、相馬郡、葛飾郡、香取郡の一部によって成り立っています。県内には44の市町村と7の郡があり、市の数は32で、郡の下に10の町と2の村があります。

ちなみに地方自治法における普通地方公共団体(地方自治体)としての「市」「町」「村」の違いは、それぞれ市は基本的に人口が5万人以上。中心的な市街地に全戸数の6割以上が集中する。商工業その他の都市的な業態に従事する者および、その同一世帯に属する者の人数が全人口の6割以上。その他、都道府県の条例で定める都市的施設などの都市的要件を備えているといった条件を満たす自治体になります。町は都道府県ごとに人口数などの条件が異なりますが、茨城県の場合は5,000人以上の人口と、一定の建築物の連なりを意味する連坦戸数または連坦率、官公署の存在、産業別就業人口割合など、都道府県の条例で定められる「町」の要件を満たした自治体になります。村には特に法的な要件はなく、市や町の要件を満たさなければ、自動的に村となります。

また現在の制度における「郡」ですが、これは明治以降においては複数の町村を編成した行政企画で、市や町と同じく郡役所や郡長の役職などが置かれたものです。この制度は戦後の地方自治法で改正され、現在では郡に住所表記や広域連合、選挙区の区画割りなどの他に大きな意味はなくなっています。また区や市は郡に属さないため、市制施行によって村や町が市になると属していた郡から外れることになり、市制施行や合併などで所属していた町や村がすべて消滅すると、郡そのものも消滅します。

2020年(令和2年)現在、茨城県に現存する群は、東茨城郡、那珂郡、久慈郡、稲敷郡、結城郡、猿島郡、北相馬郡の7郡になります。かつては他に西茨城郡、多賀郡、鹿島郡、行方郡、新治郡、筑波郡、真壁郡が存在しましたが、所属する町や村が合併などによって廃止されたことで、すでに消滅しています。

茨城県は、県内に政令指定都市を持たない県の中ではもっとも人口が多い県です。また地形は平地が豊富で、可住地面積が全国でも上位であること、人口が特定の都市に集中せず、県域全体に広く人口が分布しているなどの特徴もあります。

県名の「茨城」は、国郡里制時代に置かれた茨城郡に由来します。「茨城」の名称は、奈良時代初期に編纂された地誌「常陸国風土記(ひたちのくにふどき)」にまでさかのぼります。この文書の序文には、常陸国の成立以前に置かれた6つの「クニ」である「新治」「筑波」「茨城」「那賀」「久慈」「多珂」のひとつとして茨城が記されています。常陸国の成立に際し、この茨城国を踏襲して成立したのが茨城郡であるとされています。同記では、「茨城」の名前の由来として二通りの説話が挙げられています。ひとつは、朝廷から派遣された大臣である多氏一族の黒坂命(くろさかのみこと)が、先住民の賊を茨棘(いばら)を使って滅ぼしたというもの。もうひとつの説話は、黒坂命が人々を悪賊から守るため、茨で城を築いたというものです。

これらはヤマト政権の勢力拡大を英雄に仮託した起源説話としてよく見られるもので、実際の起源は明らかではありません。これらの説話を別として「茨(いばら/うばら)の生えた地域」を指した地名とする説もあります。

また平安時代中期に編纂された辞書である「和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)」によると、当時の茨城郡内には特に「茨城郷」が存在しています。この茨城郷の比定地は石岡市の茨城(ばらき)という説が有力であり、この地は常陸国の古国府や茨城郡の郡家も置かれたと推定されている、政治的な中心地でもあります。また付近の茨城廃寺跡(ばらきはいじあと)からは「茨木寺」の墨書を持つ土器が出土しており、「茨城」が古くは「茨木」とも記されたことがわかります。

明治維新以降、藩県併置時代から廃藩置県の当初は「茨城県」は設置されていませんでした。その後、すぐに行われた諸県の統合に際して、水戸県、松岡県、宍戸県、笠間県、下館県、下妻県の6県を主体として、茨城県が成立したのが県名のはじまりです。これは水戸県の属した茨城郡を県名に採用したためですが、江戸時代には徳川御三家のひとつ、水戸藩が存在した水戸県が県名に採用されなかったのは、水戸藩の新政府への貢献が認められなかったためとされています。ちなみに水戸の周辺は律令制時代には茨城郡でなく那珂郡に属していましたが、安土桃山時代に豊臣秀吉が行った太閤検地の際に、茨城郡に移管されています。

なお「茨城県」の「茨」の字はかつて都道府県としては唯一の表外漢字字体でした。「茨」の脚の部分は「次」ではなく「二欠」が正しくなります。しかし2010年(平成22年)の常用漢字改訂により、常用漢字に含まれてるようになりました。

また県名「茨城」は、今日では「いばらき」と読まれます。大阪府北部に存在する茨木市も同じく「いばらき」と読みますが、双方ともしばしば「いばらぎ」と誤読されることがあります。因みに大阪府茨木市の市名の由来は、茨の木が多く茂っていたこと、茨を切って屋根をふいたなどから「茨切(いばらきり)」が転訛したものだとの説があります。歴史的な読みでは、前身の茨城郡について「和名類聚抄」では「牟波良岐」と記されており「むばらき」「うばらき」などと読むことが出来ます。「常陸国風土記」の江戸時代、1839年(天保10年)刊本では「うばらき」の読み仮名があり、現在の読み「いばらき」は「うばらき」が転訛したものとみられます。

 

シンボル

茨城県の県章は、ブルーの円の上部に、白く抜く形でうず巻きが入っているデザインです。この意匠は「常陸国風土記」の「茨城郡」の条に「茨(うばら)」が見えるなど。本県の自然や歴史に関係の深いバラ(薔薇)をモチーフに、バラのつぼみが開きかける姿をダイナミックに象徴したものです。新たな時代を先導する県に相応しい「未来指向の斬新なイメージ」を基調とし、茨城県の「先進性」「創造性」「躍動」「発展」を表したデザインです。色は県のシンボルカラー「いばらきブルー」を基本としています。この県章は、新しい時代へ向かう県民の心のよりどころとして、県政120年を迎えた1991年(平成3年)11月13日に制定されました。

茨城県の県花はバラです。バラはバラ科バラ属の植物の総称、または特に園芸種である園芸バラ、栽培バラの総称です。バラは主に低木やつる植物であり、葉や茎に棘があることでも知られ、名称「バラ」も和語で「いばら(茨)」が転じたものです。元来は5枚の花びらを持つ花でしたが、園芸種では八重咲きが大半になります。色も品種によって様々ですが、いわゆる「バラ色」は、赤とマゼンタと中間的な紅色です。バラといえば高貴で華やかな一方、棘があって危険なイメージもあることから「美しいバラには棘がある」などの慣用句もあり、少女漫画などでは麗人の背景などに描かれる一方、ホラー作品のモチーフに使われることもあります。

バラを題材にした言葉や作品は無数にありますが、一例を挙げると「青いバラ(the blue rose)」は品種改良でも作ることができないため「不可能」「神の奇跡」などの意味があります。ただ現在では遺伝子操作により作り出された「青いバラ」が存在します。

茨城県県とバラの関係は古来より深く、前述の通り「常陸国風土記」には黒坂命が茨で城を築いて賊を退治した説話もあり、茨城の山野には、ノイバラ(野茨、別名を野薔薇)、テリハノイバラ(照葉野茨)、ヤマテリハノイバラ(山照葉野茨)、モリイバラ(森茨)などが自生していたと見られますが、県花としては特にノイバラと指定せず、一般的なバラとしています。県花としてのバラは、県名「茨城」にちなむと同時に、県章、県旗のがバラを象っていることから選ばれ、県章及び県旗とともに県民の心の象徴として広く県民に親しまれるようにと1966年(昭和41年)3月28日に定められました。

茨城県の木はウメ(梅)です。ウメはバラ科サクラ属の落葉高木であり、サクラ(桜)に並ぶ春の花として、古来より日本で愛されている木です。俳句でも「梅」は春の季語ですが「早梅」「寒梅」や「探梅(たんばい、うめさぐる)」は冬の季語になります。またウメといえば、梅干をはじめさまざまな食品に用いられる「梅の実」の代名詞にもなっています。

県の木としては、1966年5月に毎日新聞社の提唱で、各都道府県の木を選ぶ「緑のニッポン全国運動」が展開されたことから、茨城県にも「県の木選定委員会」が設置されました。この委員会において、本県の植物分布からウメやアカマツ(赤松)など5種類の候補を選定し、県民からの応募数が一番多かったウメが、同年10月6日に県の木として指定されました。県内では偕楽園(かいらくえん)がウメの名所として知られ、およそ100種、3,000本が植えられています。他にもウメの名所には弘道館公園などがあります。

茨城県の鳥はヒバリ(雲雀)です。ヒバリはスズメ目ヒバリ科ヒバリ属に分類され、古来より春を告げる鳥として、洋の東西を問わず親しまれています。日本では告天子(こうてんし、こくてんし、ひばり)や叫天子(きょうてんし)。また天雀(てんじゃく)、姫雛鳥(ひめひなどり)、噪天(そうてん)、日晴鳥(ひばり)など、多くの別名があります。

ヒバリはその独特の囀り声で知られ、和名は晴れた日(日晴り)にさえずることや、さえずりの音に由来するなどの説があります。ヒバリは俳句では春の季語にもなっており、春の繁殖期が始まるとオスがさえずりながら空高く飛んでゆく、縄張り宣言の行動「揚げ雲雀」は古くから人々に親しまれています。かつてはヒバリを飼い慣らして「揚げ雲雀」のさえずりと高さを競わせる遊びもありましたが、現代では「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律」によって、ペットとしてのヒバリの飼育は認められていません。

県の鳥としては、1965年(昭和40年)の愛鳥週間に、野鳥の保護と繁殖を図るため県で「県民の鳥」を公募し、応募数が一位となったヒバリを、茨城県鳥獣審議会の審議を経て同年11月3日「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律」に基づいて指定しました。ヒバリは天高く舞う春の天使として、鳴き声がのどかな中にも希望を沸かせる力強さがあり、また麦作が盛んである茨城県の環境に調和し、親しまれる鳥という理由から指定されています。

茨城県の魚はヒラメ(鮃、平目)です。ヒラメは、カレイ目カレイ亜目ヒラメ科に属する魚の一種ですが、広義にはヒラメ科とダルマガレイ科に属する魚の総称でもあります。ヒラメは最大で全長1メートル、体重10キロ程度になる魚です。日中は海底の砂泥などに身を潜めており、他のカレイ目の魚と同じく、身体が左右に扁平であるという特徴をもちます。見分け方は俗に「左ヒラメに右カレイ」といわれるように、ヒラメの目は両目とも頭部の左側半分に偏ってついている(カレイはその逆)という特徴があります。またヒラメは小魚や小型甲殻類を捕食するため、ゴカイや小エビなどを食べるカレイに比べて口が大きく、歯も一本一本が大きく鋭いのも特徴です。

日本ではヒラメは刺身や寿司に用いられる高級食材であり、一本釣りや延縄、定置網、底曳き網、刺し網などさまざまな漁法で漁獲されます。またカレイよりも成長が早く、海底で静止していることが多いためにあまり酸素を必要とせず、海水もさほど汚さないことから、陸上での養殖も盛んになっています。

県の魚としては、茨城の美しい海や川と水産業への理解を深めるために「県のさかな選定委員会」が設置され「旬のさかな」候補を選定して公募を行いました。その中でもっとも得票数が多く、また県沿岸の重要資源であることなどからヒラメが県の魚として、1995年(平成7年)6月1日に決定されました。同時に、青から緑がかった墨を使い、筆でヒラメをシンプルに描いたようなシンボルマークも、全国から集まった応募作の中から選ばれています。また「旬のさかな」は、海産種では春の鹿島灘ハマグリ(蛤)、夏のカツオ(鰹)、秋のヒラメ、冬のアンコウ(鮟鱇)、また淡水種ではワカサギ(公魚)が選定されました。

 

歴史

現在の茨城県の県域に人が住みはじめたのは、現代からおよそ2万4000年前、火山灰層(姶良・胆沢火山灰、略してAT)の堆積前後からであると考えられています。この堆積層の下からナイフ形石器や局部磨製石器、焼けた礫石群などが見つかっています。これらの石器の時期より後に、樺太、北海道、東北などの北や、九州、西日本などの南から細石刃が伝播しています。この時期の遺跡では、ひたちなか市の後野B遺跡などが確認されており、細石刃核、細石刃、彫器、掻器などが出土しています。

前述の通り今日の茨城県は、明治以降、律令制における常陸国の全域と、下総国の一部によって成立した県です。現在の茨城県の大半を占める常陸国は、飛鳥時代にあたる7世紀に成立しています。成立時期については「常陸国風土記」によると、645年(皇極天皇4年)より行われた大化の改新で律令制が成立した直後と見られますが、当時の資料などから「常陸」という呼称の成立は7世紀末とする考えもあります。また令制国の成立前は「日高見国」と呼ばれていたと考えられます。ちなみに大化の改新の中心人物で、藤原氏の始祖になる藤原鎌足も、常陸国の出身だとする説があります。

その後、新たな律令国の新設や範囲の再編などで、常陸国は現在の茨城県から西南部を除いた範囲となります。平安時代には、常陸国と上総国、上野国の3国は、国守に必ず親王が補任される親王任国となり、国級は大国にランクされました。親王任国の国守となった親王は「太守」と称し、通常、従六位下から従五位上になる他の国主の官位より高く、正四位以上になりました。親王太守は現地へ赴任せず、国司の実質的な長官は、その部下である常陸介が務めました。律令制による国郡支配が解体されてゆく平安時代の末期以降は、荘園の分立や郡の分割が進みます。なお平安時代中期の豪族で、自ら新皇を称し、平将門の乱を起こした平将門も常陸国の出身です。

鎌倉時代の末期には、鎌倉幕府の武将で、のちに足利尊氏の倒幕軍についた佐竹貞義が常陸守護となって以降、その地位を佐竹氏が世襲します。その後、佐竹氏は家中の内紛などを経て、戦国大名として小田原北条氏(後北条氏)などの周辺勢力と争うことになります。佐竹氏の歴代当主でもっとも有名なのは、戦国時代から安土桃山時代の武将である佐竹義重(よししげ)です。義重は武勇と智謀に優れ「鬼義重」「坂東太郎」などとも呼ばれた名将で、小田原北条氏や伊達政宗と激しい攻防を繰り広げています。義重はのちに豊臣秀吉について常陸国の統一を果たし、長男の義宣(よしのぶ)に家督を譲って隠居します。しかし関ヶ原の戦いに際して、義宣が東軍と西軍のどちらにつくか家中の意見を統一できず、旗幟を鮮明にしなかったため、徳川家康により、佐竹氏は出羽国久保田(現在の秋田県)へと減封されることになります。

江戸時代初期には、多少の変遷を得て、今日の水戸市の周辺に、徳川家康の十一男で当時6歳の鶴千代丸(のちの徳川頼房)を藩主とする水戸徳川藩が成立し、徳川御三家のひとつとなります。他にも常陸国には府中藩や宍戸藩。また松岡藩、土浦藩、笠間藩、下館藩、谷田部藩、麻生藩、牛久藩、下妻藩などが存在しました。また現在の県の南西部にあたる地域にも、下総結城藩などの諸藩がおかれ、県域全体は各藩と幕府領、旗本領などで細分化されることになります。

水戸藩は徳川御三家の中でも唯一、参勤交代を行わず、藩主が江戸に常住し、将軍を補佐する江戸定府の藩となります。これは徳川幕府三代将軍、徳川家光が頼房を頼り、頼房も江戸に留まって家光を助けたことが慣習化したものです。、のちには万が一の事態に備え、将軍目代の役目を受け持つようになったともいわれます。これが水戸徳川藩の藩主が、代々「副将軍」と呼ばれた理由です。ただ、この副将軍とは通称であり、正式にそういう地位や役職があったわけではありません。

水戸徳川家の人物としては、頼房の三男であり、徳川家康の孫にあたる水戸徳川藩第2代藩主、徳川光圀(みつくに)が有名です。光圀は若き日には、現在でいう不良少年、いわゆる「かぶき者」として放蕩や乱暴を行った逸話もありますが、18歳のときに司馬遷の「史記」伯夷伝を読んで感銘を受けて以降、学問に打ち込むようになります。水戸藩主となってからは、史書「大日本史」を編纂するなど多くの文化事業を行った他、5代将軍、徳川綱吉の代には徳川一門の長老として大きな影響力を持ちます。

また光圀は、学級肌で好奇心が強かったことでも知られ、諸説はあるものの、日本ではじめてラーメンや餃子、チーズ、牛乳酒、黒豆納豆を食べ、オランダ製の靴下、メリヤス足袋を使用した人物ともいわれています。

今日では水戸光圀といえば、時代劇の主人公「水戸黄門」としてもよく知られています。光圀は存命の当時から名君として知られ、江戸時代の後期からは、隠居後の光圀が身分を隠し、家来をつれて諸国を漫遊し、民百姓のために現地の権力者の横暴を懲らしめる「水戸黄門漫遊記」が、講談や歌舞伎などで人気を博します。この人気は近代になっても映画やテレビ時代劇などに引き継がれています。

この「水戸黄門の全国行脚」伝説は、「大日本史」編纂の資料を集めるため家臣を諸国に派遣したことや、隠居後に水戸藩の領内を巡視した話などからきていると考えられます。ただ光圀は実際には、江戸や水戸以外には、日光や鎌倉、金沢八景、房総などしか訪れておらず、勿来(現在の福岡県いわき市南部)と熱海(静岡県最東部)を除いて、現在の関東地方から出た記録はありません。

ちなみに「水戸黄門」とは、水戸藩主で中納言・権中納言に任命された「水戸中納言」を唐名(漢風名称)で呼んだものです。一般的に「水戸黄門」とは光圀のことですが、水戸藩主で中納言・権中納言に任命された、すなわち「水戸黄門」にあたる人物は、実際には光圀を含めて7人います。

水戸徳川家以外にも、現在の茨城県からは、常陸水戸藩の第9代藩主で、攘夷論者として活動した徳川斉昭(なりあき)や、その七男で一橋徳川家の9代当主から徳川家15代将軍、最後の徳川将軍となった徳川慶喜(よしのぶ)。江戸時代後期に徳川幕府で御庭番を務め、樺太を探索した探険家として知られる間宮林蔵。幕末の京都を守った剣客集団「新選組」の初代局長で、近藤勇、土方歳三らと抗争を繰り広げた芹沢鴨。やはり新選組の参謀として、近藤や土方との暗闘の末に暗殺された伊東甲子太郎など、さまざまな人物を輩出しています。

また水戸光圀の修史事業にはじまり、第6代藩主の徳川治保や、弘道館を設立した徳川斉昭によって発展した、儒学思想を中心に国学、史学、神道を結合させた政治思想の学問は、水戸学(みとがく)と呼ばれ、幕末の尊皇攘夷思想の原点となり、芹沢鴨や伊東甲子太郎、さらには吉田松陰や西郷隆盛といった幕末の志士にも大きな影響を与え、明治維新の原動力にもなっています。

 

地理

茨城県は地方区分としては、日本列島の東部にあたり、主に関東平野の一帯を示す関東地方、東京都を中心にした周辺を指す首都圏、東京圏、また関東地方の中では北関東、東関東などに分類されます。

首都圏は首都圏整備法および関連法にて「東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県、茨城県、栃木県、群馬県、山梨県」の1都7県と定義されています。東京の都市圏を指す東京圏および関東地方は、一般的には茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県の1都6県を指し、山梨県が含まれる場合もあります。北関東は文字通り関東地方の北部を指し、主に茨城県、栃木県、群馬県の3県を指しますが、埼玉県が含まれることもあります。

茨城県の東側は太平洋にあたり、県全体は、右を向いた三日月の、左側(西側)中央から上向きに突起が、そして下部が大きくふくれているような形にも見えます。また霞ヶ浦を空白として見ると、首の長い犬のような生物が、右を向いて座っているような姿にも見えます。県の北側は東北地方の福島県に、西側は北よりの多くを栃木県、南よりの一部を埼玉県に、南は千葉県に接しています。

2020年現在、茨城県の面積は6,097.06平方キロメートルであり、全国の都道府県でも第24位の広さになります。また県内の中部以南に関東平野が含まれ、多くの地形が平坦になるため、可住地面積は3,982.47平方キロメートルと、全国でも第4位の広さになります。

茨城県の全般的な地形として、県の北側、およそ3分の1は山岳地帯になっています。この山岳地帯は東北地方から茨城県北部にかけて、太平洋側に連なる阿武隈山地(阿武隈高地)の南端にあたります。一帯は那珂川(なかがわ)や久慈川(くじがわ)などの河川によって谷ができ、地形が細分化される開析が進行しており、那珂川と久慈川にはさまれた地域を八溝山地(やみぞさんち)、久慈川と里川(久慈川支流)にはさまれた地域を久慈山地(くじさんち)、里川の東側を多賀山地(たがさんち)と呼んでいます。

八溝山地は県の北西部を南北に走り、栃木県との県境になっています。この山地の北西端には県内では最高峰、標高1022メートルの八溝山があり、福島県、茨城県、栃木県の県境になっています。また八溝山地を侵食して東西に流れる河川を境として、複数の山塊に区別することもあり、久慈川支流の押川を南限とする八溝山塊。那珂川を南限とする鷲ノ子(とりのこ)山塊。JR東日本水戸線が走る低地を南限とする鶏足(とりあし)山塊などと呼ばれています。さらに、これに筑波山(つくばさん)や加波山(かばさん)を中心とする筑波山地(筑波山塊、筑波連山)を八溝山地に含めることもあります。

久慈山地は西の久慈川と、東の久慈川の支流である里川にはさまれています。この山地は北へ行くほど東西の幅が狭く、標高が高くなるめ、険しくなります。その北部を東西に短かく連絡する月居峠は、古来より交通の要衝となっていました。この峠の下には日本三名瀑のひとつである袋田の滝(ふくろだのたき)があり、茨城県の代表的な観光地になっています。この山地の主峰は標高653.7メートルの奥久慈男体山(おくくじなんたいざん)です。

多賀山地は北へ行くほど幅が広くなり、なだらかな高原地形となっています。分水嶺は西側の里川に寄る形で偏っており、東側には大北川、花貫川、十王川(梁津川)などが入り込んで渓谷を作っています。

また茨城県の中部から南部にかけては関東平野の一部となっています。この一帯の平地は常総平野(じょうそうへいや)とも呼ばれています。また阿武隈山地より南側の茨城県全域を常陸台地と呼び、千葉県北部の下総台地も含めて全体を常総台地と総称することもあります。さらに久慈川、那珂川、利根川の各支流など、常総台地を流れる河川を境としてさらに細かい台地に区分する場合もあります。。

このほか、筑波山地の東部、旧八郷町で現在の石岡市の一部を八郷盆地(やさとぼんち)と呼ぶこともあります。

茨城県内の水系では、県内の一級河川には利根川、那珂川、久慈川があり、いずれも太平洋(鹿島灘)に注いでいます。主要な河川では、利根川水系の支流である鬼怒川、小貝川が県の西部を北から南へ流れています。これらが合流する利根川の下流域は、古代には香取海(かとりのうみ)と呼ばれる内海が形成されており、霞ヶ浦(かすみがうら)などはその名残と考えられます。なお、霞ヶ浦は西浦、北浦、外浪逆浦などに区分されることもあります。他にも県内には牛久沼、涸沼などの淡水湖沼があります。

利根川水系の主な支流には、鬼怒川や小貝川の他、新利根川、桜川があります。江戸川や中川、権現堂川は茨城県と千葉県、埼玉県の県境の一部に、渡良瀬川は茨城県と栃木県の県境の一部になっています。二級河川には大北川、十王川などがあります。

その他、茨城県の主要地形には、湖沼などに千波湖、涸沼、牛久沼、菅生沼、渡良瀬遊水地、常陸川水門、霞ヶ浦用水などが、海浜には波崎海岸、下津海岸、大竹海岸、大洗海岸、阿字ヶ浦海岸、河原子海岸、伊師浜海岸、五浦海岸があります。

 

人口

2020年10月1日時点での茨城県の人口総数は2,854,131人です。男女別では男性が1,426,155人、女性が1,427,976人になっています。また県内には1,184,986世帯が暮らしており、1世帯あたりの平均人員は2.41人です。茨城県の人口は日本の総人口のうち、およそ2.3パーセントを占めており、人口数では静岡県に次ぐ全国で第11位になります。茨城県に次ぐ第12位は広島県となり、県内に政令指定都市を持たない県の中ではもっとも人口が多い県となっています。また県内に人口30万人以上の都市は存在せず、人口20万人以上の市は県庁所在地の水戸市とつくば市の2市。10万人以上20万人未満の市は、年度によって差違はあるものの5市から6市で、その他は10万人未満の市町村になります。このように人口が特定の都市に集中せず、県域全体に広く分布している点は、県内に平地が多く、可住地面積の広さが全国でも第4位と上位であることと共に、茨城県の特徴となっています。

 

気候

茨城県の気候は太平洋側気候になり、冬は少雨で乾燥、夏季は多雨で多湿となります。また県内でも太平洋沿岸部は海洋性気候、内陸部は内陸性気候となります。全般的に冬季の朝晩は沿岸部を除いて放射冷却によって気温が下がり、夏季は埼玉県に近接する一部の地域を除いて北東気流の影響を受けやすくなり比較的、冷涼となります。県内には豪雪地帯に指定される地域は存在しませんが、南東部を除く地域、特に北西部の山間部では南岸低気圧や北東気流の影響により、局地的に大雪となることもあります。なお茨城県は、豪雪地帯に指定されている地域がない県では最北端に位置しています。

県内の主な地域別の気候としては、北茨城市や日立市、高萩市などが該当する北部の沿岸部では、海に面しているため、県内でも比較的、温暖な地方になります。日立市の冬季の気温は北部にありながら、南部に位置する鹿嶋市と共に県内でもっとも高くなり、1月の平均最低気温は0.1度です。また夏季は冷涼となり、北茨城では8月の平均気温が23.5度と県内でもっとも低くなり、一年を通して海洋性気候の特色がよく出ている地域になります。

常陸大宮市や常陸太田市、大子町など北部の山間部では、冬季の冷え込みは筑波山を除いて県内でもっとも厳しくなり、ときにはマイナス10度前後の寒さになることもあります。大子町では1月の平均最低気温がマイナス5.5度である一方、夏の日中は猛暑日になるほど暑くなります。ただ熱帯夜は稀となるなど、内陸性の気候になる地域です。

鹿嶋市や神栖市などが含まれ、沿岸部も含まれる南東端部は、やはり海洋性の気候となり、冬期も冷え込みが少ない、県内でもっとも温暖な地域になります。特に千葉県銚子市に隣接する神栖市の沿岸部は、関東地方全体でも温暖な地域となっています。また積雪になることはほとんどなく、夏場は冷涼な地域です。

古河市やその周辺にあたる南西端部は、県内でもっとも夏の暑さが厳しい地域となり、しばしば猛暑日も記録します。埼玉県や群馬県の平野部に近い気候特性となり、冬季は上州(群馬県)名物として知られる、からっ風の影響を特に受けやすくなります。朝晩の冷え込みは、県内の他の地域に比べるとやや弱く、1月の平均最低気温はマイナス1.7度と、太平洋沿岸部を除いた内陸部では、霞ケ浦に隣接する土浦に次いで高くなっています。夏季の最低気温も古河市は県内でもっとも高く、熱帯夜になることも珍しくありません。

水戸市からつくば市、龍ケ崎市などにかけて、県内の大部分が該当する中央部および南部の平野部は、冬季の気温は関東平野部ではもっとも低い部類となり、1月の最低気温の平年値は、つくば市でマイナス3.2度、鉾田市でマイナス3.1度、最南部の龍ケ崎でもマイナス2.4度などとかなり低くなっており、1952年(昭和27年)2月5日には、つくば市でマイナス17.0度、龍ケ崎市では1984年(昭和59年)1月20日にマイナス15.5度を記録しています。このように平野部でもマイナス10度以下まで下がることがあり、21世紀に入ってからも下妻市、筑西市、鉾田市ではマイナス10度以下を観測しています。しかし霞ケ浦の影響を受ける地域では冷え込みが弱まります。

一方、夏季も北東気流の影響を受けやすいため熱帯夜は少なくなります。水戸市の周辺など東部地域では北東風によって、ときに突発的なゲリラ降雪が発生することがあります。また晩春から初秋にかけては、まれに竜巻も発生します。

 

地域

茨城県には全部で32市7郡10町2村があり、県内の町は全て「まち」、村は「むら」と読みます。茨城県の地域区分としては、県域はまず自然的な条件から、広義において県南、県央、県北、鹿行(ろっこう)の4地域に分けられます。さらに社会的、経済的特性、特に都市化を条件に加えて、広義の県南地域が、県南と県西に二分されます。

県北地域は、県内でも北側に突出した部分からなり、地域内に日立都市圏を有します。地域内の市部は日立市、ひたちなか市、常陸太田市、高萩市、北茨城市、常陸大宮市、那珂市の7市で、郡部(町村部)は那珂郡東海村、久慈郡大子町の1町1村になります。

県央地域は、県でも県北地域や南東側に突出する鹿行地域、南西側に突出する、県南、県西地域を結ぶ中央部にあたり、地域内から県北地域にかけて水戸都市圏が存在します。地域内の市部は、県庁所在地で中核市である水戸市、笠間市、小美玉市の3市で、郡部(町村部)は、東茨城郡の茨城町、大洗町、城里町の3町になります。

鹿行地域は、県の中央から南東方向に細長い角のように突き出ている部分からなる地域であり、名称はかつての鹿島郡と行方郡から1字ずつとったものです。学校の部活動の地区名などでは「県東(けんとう)」と呼ばれることもあります。地域内にある神栖都市圏は千葉県の一部にも広がっています。地域内の市部は、かつての鹿嶋郡にあたる鹿嶋市、神栖市、鉾田市と、行方郡にあたる行方市、潮来市の5市からなっています。

狭義の県南地域は、広義の県南地域の東半分にあたり、県内では南端部を含む一帯になります。県内で東京都にもっとも近く、東京都市圏の一部に含まれる他、県内を中心とする都市圏では最大の規模である、つくば都市圏を有します。地域内の市部は、業務核都市、特例市である、つくば市。業務核都市の土浦市、牛久市。また取手市、龍ケ崎市、石岡市、守谷市、稲敷市、かすみがうら市、つくばみらい市の10市から成り立っています。

県西地域は、広義の県南地域の西半分で、県全体から見ても南西の端の地域にあたります。地域内は小山都市圏および東京都市圏の一部に含まれており、また古河都市圏、筑西都市圏を有しています。地域内の市部は、古河市、筑西市、常総市、坂東市、結城市、桜川市、下妻市の7市で、郡部(町村部)は結城郡八千代町と、猿島郡五霞町および境町の3町になります。

水戸地方気象台が気象情報や注意報、警報などを発表する区分も、上記の5地域になります。また、県北地域と県央地域を合わせて茨城県北部、鹿行地域、県南地域、県西地域を合わせて茨城県南部と表す場合もあります。

茨城県内でも、県央地域と県北地域にあたり、1875年(明治8年)5月6日までの茨城県であった北部と、旧印旛県北西部、旧新治県北部の南部では。地域色が異なっています。また旧・新治県でも、国道51号沿線(大洗鹿島線と鹿島線)と国道6号(常磐線)沿線。旧・印旛県では国道6号(常磐線)沿線、つくばエクスプレス沿線、県西地域とでは、経済的な基盤も異なってきます。茨城県内において北部で人口が減少し、南部で人口が増加傾向にある状態を「南北格差」また「南北問題」と呼ぶことがあります。県では現在、地域格差を解消するためのさまざまな施策を行っています。

県内、各地域の特徴としては、北部(県北・県央地域)は水戸を中心とした地域で、戦国時代は佐竹氏の領地、江戸時代には水戸藩の領地に属していました。1978年(昭和53年)4月17日以降、車のナンバーは全域が「水戸」になっています。日立市、ひたちなか市とその周辺には日立製作所関連の工場が多く存在します。その地域では地名の「日立市」と区別するため、日立製作所を「日製(にっせい)」と呼ぶことが多くなります。

北関東自動車道がこの地域と栃木県、群馬県を結んでおり、中核国際港湾、重要港湾である茨城港(日立港区、常陸那珂港区、大洗港区)が一大物流拠点となっています。また2010年3月11日には茨城空港が開港しています。東海村や大洗町の周辺は、東海第二発電所をはじめとする原子力関連施設が集中する地域のひとつです。久慈川以北の沿岸部である旧多賀郡では、方位を指す際に「海側、山側、水戸側、平側(たいらがわ)」と呼ぶこともあります。

この地域では人口減少や大型店の撤退などが相次いでおり、山間部には過疎地域も存在し、徐々に増加している傾向があります。これは東京一極集中などの影響により、青年層が都市部へ流出していることが一因と見られています。

南部(県南地域)はつくば地域を中心としていますが、東京圏に属する地域も有します。かつては土浦が中心的な役割を担っていました。1875年5月6日までは、千葉県(旧・印旛県)および、新治県の一部で、常磐線・つくばエクスプレスや国道6号・国道294号を中心とした地域です。平安時代には平将門の地盤となった地であり、江戸時代には守谷藩、谷田部藩、牛久藩、常陸府中藩、柿岡藩、常陸北条藩、土浦藩、江戸崎藩、龍ヶ崎藩、志筑藩、玉取藩、小張藩、常陸古渡藩、片野藩の領地に属していました。

現在は水郷筑波国定公園の一角であり、筑波山、霞ヶ浦(西浦)を有しており、立地から県の南側にあたる千葉県や東京都、埼玉県などとの繋がりが深い地域です。一方、居住地以北のつながりは限定的であり、南部の南端にあたる取手駅からは、水戸駅より東京駅に行くほうが短時間で近距離になるなど、県庁所在地である水戸方面を含め、県内の他地域との関係は浅くなります。

2005年(平成17年)に開通した、つくばエクスプレス沿線における大規模なニュータウンの造成、圏央道の整備が進んでおり、地域内では人口の増加や大型店進出が続いています。

この地域からは東京都内や千葉県などへ通勤、通学する人が多くなります。また千葉県の東葛地域などから茨城県南部への昼間人口移動も活発です。そのため茨城県でも千葉県と互いに大きな影響を及ぼしあっている地域という意味で、なかば揶揄を交えて、俗に「ちばらき」と呼ばれることもあります。また特に東京都区部に通勤、通学する住民は、消費活動も東京都で行う傾向があり「茨城都民」と呼ばれることもあります。そのような理由から場合によっては、茨城県南西部も南関東に含まれることがあります。

1978年4月17日以降、車のナンバーは県南地域全域が「土浦」でしたが、2007年(平成19年)2月13日からつくば市、守谷市、つくばみらい市はご当地ナンバーである「つくば」になりました。これ以外の市町村では引き続き「土浦」を使用しています。

東部(鹿行地域)は、鹿嶋や潮来をはじめとする地域です。1875年5月6日までは新治県の一部であり、大洗鹿島線、鹿島線、東関東自動車道・国道51号の沿線にあたります。鹿行地域は全域がJリーグ鹿島アントラーズのホームタウンであり、本拠地の鹿嶋にはサッカーが定着しています。県南と同じくに水郷筑波国定公園の一角であり、筑波山を望む地域です。前川あやめ園・十二橋めぐりの水郷や鹿島神宮など、歴史ある観光名所も存在します。また鹿島灘沿岸の鹿嶋、神栖、鉾田にはレジャーに向いた海岸や海水浴場があり、各地からサーフィンなどマリンリゾート客が訪れます。自動車のナンバーは1978年4月17日以降、鹿行地域全域が「水戸」になっています。

東部でも主に鹿嶋、潮来、神栖は、国道51号や東関東自動車道の沿線である千葉県香取、成田、千葉や総武線沿線の銚子などとかかわりが深く、この地域も「ちばらき」と呼ばれることがあります。

鹿行地域では神栖がもっとも人口が多くなります。農業では鉾田が、遠州灘沿岸(静岡県西部と愛知県東部)と並ぶメロンの一大産地であり、出荷量は日本一になります。また鹿島港を中心に鹿島臨海工業地帯が造成されて以降、鉄鋼や石油化学などが集中する臨海工業地域になっています。鹿島灘沿岸では、鹿嶋や神栖を中心に風力発電の施設が集中して見られます。

西部(県西地域)は、古河や筑西をはじめとする地域です。元の猿島郡と、西葛飾郡の一部、真壁郡、結城郡および豊田郡、岡田郡の一部にあたり、旧真壁郡以外はかつて下総国、千葉県に属していました。

古河は宇都宮線の沿線にあたるため、埼玉県や栃木県の一部と誤解されることが多くなります。結城も新4号国道が通っているため、埼玉県や栃木県、群馬県の両毛地域との繋がりが深く、県内の他地域との繋がりは浅くなっています。国や県の出先機関が集中している筑西も、栃木県との境にあるため、県庁所在地である水戸方面との関わりは浅い状態です。1978年4月17日より車のナンバーは県西地域全域が「土浦」でしたが、2007年2月13日からは全域がご当地ナンバー「つくば」になりました。

 

産業

茨城県の産業としては、まず農業が上げられます。県内は日本でも屈指の農業地帯として知られ、古くは大和政権期には大国といわれ「常陸国風土記」では「常世の国」と謳われています。県内の大半を平地が占め、その多くが農地であることから、森林率は31パーセントと大阪府に次いで全国でも2番目に低くなっています。またメロンの生産量では全国1位になります。

農業産出額は年度によって異なりますが、北海道に次ぐ第2位や、鹿児島県に次ぐ第3位など、全国的にも上位を維持しています。また2018年(平成30年)の東京都中央卸売市場における茨城県産の青果物取扱高は567億円で、15年連続で全国1位となっています。

県内で取れる主な農作物には、野菜では、稲敷市などで取れる南瓜(カボチャ)、常総市などの胡瓜(キュウリ)、太子町の蒟蒻(コンニャク)、鉾田市や行方市の薩摩芋(サツマイモ)、行方市の芹(セリ)やエシャレット、太子町などのお茶、鉾田市などのトマト、小美玉市などの韮(ニラ)、鉾田市や茨城町の人参(ニンジン)、坂東市などの葱(ネギ)やレタス、八千代町などの白菜、神栖市のピーマン、境町などのホウレンソウ、美浦村や稲敷市のマッシュルーム、鉾田市などの三つ葉(ミツバ)、牛久市などの落花生、土浦市などのレンコン(蓮根)などがあります。

果実では、鉾田市などのメロンやイチゴ(苺)、筑西市や桜川市のコダマスイカ(小玉西瓜)、かすみがうら市などのナシ(梨)や栗(クリ)、常陸太田市などのブドウ(葡萄)、太子町などのリンゴ(林檎)などがあります。

穀物では、県内全域で取れる米や、常陸太田市などの蕎麦(ソバ)。畜産物では、県北山間地域の奥久慈軍鶏、県内全域の鶏卵、常陸牛、ローズポーク、常陸の輝き(豚肉)など。林産物では城里町などのシイタケ(椎茸)やマイタケ(舞茸)、大子町や高萩市の山葵(ワサビ)など。その他の農産物では、つくば市などの芝(シバ)が名産品になります。

水産業では、茨城県の沖合は暖流の黒潮(日本海流)と寒流の親潮(千島海流)が合流する地域で、漁場として最適であり、沖合漁業と沿岸漁業が盛んです。水産品では、鮎(アユ)、北茨城市や日立市のアンコウ、ひたちなか市のカツオ、茨城町や神栖市の蜆(シジミ)、山地の名前を冠した鹿島灘はまぐり、常磐沖全県のヒラメ、霞ヶ浦(西浦、北浦)のワカサギなどがあります。また霞ヶ浦の鯉(コイ)も全国的に有名です。

その他の名産品では、食品には県内全域が産地として有名な納豆や、米どころとしてさまざまな蔵元がある日本酒の他、干し納豆、那珂市のつぼ焼き、梅酒、ひたちなか市や東海村の干しいも、水戸市で有名な水戸の梅や、水戸の銘菓であり、もち米から作られる和菓子の吉原殿中、シャトーカミヤ。牛久市の常陸ワインなどのワインがあります。また県内には取手市のキリンビールや守谷市のアサヒビールなど大手ビールメーカーの工場があり、ビールの生成量は日本一です。

食品以外では、笠間市周辺で作られる陶器の笠間焼、「ガマの油売り」で知られる軟膏薬で、筑波山名物として知られるつくば市の、がまの油。茨城県や栃木県を主な生産の場とする絹織物である結城紬、淡水真珠などがあります。

茨城県の郷土工芸品には、笠間焼、結城紬の他、つくばね焼、五浦天心焼、粟野春慶塗、結城地方の桐下駄、結城桐箪笥、水戸やなかの桶、とよさとの桶・樽、涸沼竿、石岡府中杉細工、茨城籘工芸、竹矢、雪村うちわ、ひたち竹人形、総和竹絵画、古河竹工画、西ノ内紙、かな料紙、国寿石大子硯、いしげ結城紬、水海道染色村きぬの染、常陸獅子、水府提灯、桂の雛人形、万祝・大漁旗、手描き鯉のぼり、線香、浮世絵手摺木版画、真壁石灯籠、べっ甲細工、梵鐘、米粒人形、大穂のほうき、武道具、淡水真珠、あやめ笠、繁昌笠、結城まゆ工芸、張り子の達磨・虎・兎、霞ヶ浦帆引き船模型があります。

商工業では、県内ローカルから全国的な企業まで、茨城県内に本社を置く企業が数多くあります。特に日立市、ひたちなか市には日立グループの企業の工場が数多くあり、鹿島臨海工業地帯を形成する鹿嶋市や神栖市には鉄鋼や石油化学を中心にした工場が多く置かれています。また石岡市、鹿嶋市、かすみがうら市、つくば市、土浦市、日立市、ひたちなか市などには大手製造業の研究拠点が数多く存在します。

茨城県のテレビ・地デジアンテナ設置工事の電波について

東京都を中心とする首都圏における地デジ放送は、東京都のほぼ全域とその周辺である茨城県、神奈川県、埼玉県、千葉県など多くのエリアにおいて、電波塔(送信塔)の役割を、東京都墨田区押上に位置する高さ634メートルの東京スカイツリーが担っています。スカイツリーからは、地デジのテレビ放送ではNHK、広域民放および、東京都の地方局である東京MXの地デジ電波を送信しています。ただスカイツリーからの地デジ電波は、NHK、広域民放の出力が10kwであり、関東地方の広範囲をカバーしているのに対し、東京都の地方局である東京MXの出力は3kwになり、東京MXの電波が届く範囲は、東京都内と隣接する地域などのみになります。また東京都内や周辺の県でもスカイツリーから遠く離れた地域や、山地などになるとスカイツリーの地デジ電波は届かなくなります。 茨城県では、スカイツリーからの地デジ電波は筑波山にさえぎられる形になりますが、筑波山より以西、および以南の地域ではほぼ全域で、スカイツリーからのNHK、広域民放の地デジ電波が受信可能です。ただし東京MXの電波はまったく届かない地域になります。 県内の東部では、石岡市、小美玉市、鉾田市などの地域であれば、スカイツリーからのNHK、広域民放の地デジ電波が受信できます。ただしこれらの市でも、筑波山の陰になる、スカイツリーから遠いなどの一部においては、スカイツリーからの電波が受信できない地域も存在します。 茨城県でも長く突出する形になる中央部より北部にかけては、スカイツリーからの地デジ電波はまったく届かない地域になります。しかし県内には、スカイツリーが受信できる地域を含め、県内ほぼ全域に渡って、周辺地域に地デジ電波を送信するための小規模な電波塔(中継塔)が建てられているため、茨城県内のほぼ全域でNHK,、広域民放の地デジ電波を受信することができます。 茨城県の地デジ中継局には、水戸市に位置し、NHK水戸、広域民放を送信して、水戸市内から周辺の常陸大宮市、常陸太田市、笠間市、かすみがうら市、鉾田市の市域までをカバーする水戸局。やはりNHK水戸、広域民放を送信し、かすみがうら市を中心に、小美玉市、鉾田市、行方市、稲城市、土浦市、石岡市などをカバーする、かすみがうら中継局。NHK水戸を送信し、つくば市を中心に、かすみがうら市、行方市、龍ヶ崎市、常総市、坂東市、下妻市などをカバーし、埼玉県の一部でも受信できる筑波中継局などの広範囲をカバーするものから、各市町村やその一部を対象にした小規模なものまで、数多くあります。 ただ茨城県内でも北部の山地など、地形が複雑で中継局の電波が届きにくい、中継局の設置が十分でない、その他さまざまな理由から、スカイツリーや地方局からの地デジ電波が十分に受信できない地域もございます。そのような難視聴地域にあたる自治体などでは、受信障害対策中継放送(ギャップフィラー)が行われています。これは中継局の電波が届かない地域や、高層建築の陰、地下街などの難視聴地域に小規模の中継局を設置して、地デジ電波などの受信を可能とするものです。 この中継局を設置するのは、NHKや広域民放などの放送事業者ではなく、地方自治体、高層建築物の所有者、視聴者による共同受信組合などが地上基幹放送局の免許を取得し、特定地上基幹放送事業者となって行います。なおギャップフィラーとは「隙間を埋める」という意味になります。茨城県では鉾田市および久慈郡大子町の相川下郷テレビ組合がこの事業者として、極微小電力放送局(ギャップフィラー送信局を要所に設置し、これを運用しています。 茨城県内では、東京スカイツリー、周辺の中継局、ギャップフィラー中継局と、県内のどの電波塔、中継局から受信する場合でも、ほとんどの地域で、八木式アンテナ、デザインアンテナなど、主要な地デジアンテナ機種が使用可能です。またNHKおよび広域民放であれば、ほとんどの場合は一台の地デジアンテナで受信が可能になります。 ただ県域の中部から南部にかけて、平地にあたるで地域であれば地デジ受信に関する障害は少なくなりますが、北部の山地や筑波山の付近、また平地部でも高層建築の近隣など現場の条件によっては、デザインアンテナより高所に設置できる八木式アンテナの方が受信に有利となるなど、機種によって受信能力に差が出ることや、その他、現場ごとの環境や条件によって、適切なアンテナの機種や設置できる位置、方向などにさまざまな条件や制約が生じるケースもございます。 茨城県に限らず、地デジアンテナの設置工事においては、その現場で受信できる電波塔の中からもっとも電波状態がよいものを選定し、適切に受信できるよう、アンテナの設置位置や角度などの調整が必要となります。 当あさひアンテナでは、茨城県をはじめ、あらゆる地域における地デジアンテナの設置に際して、高性能の電波測定器による現場調査を実施しております。さらに茨城県における各電波塔の位置やその電波強度を知り尽くした経験豊富な職人のノウハウによって、県内各地の現場において、もっとも適切なアンテナの種類や設置位置など、できる限りお客様のご要望に応じた方法をご提案いたします。もしご希望の条件でどうしても受信に問題が出る場合は、弊社の豊富な工事経験に基づき、できるだけご要望に近い代案をご提示いたします。 また地デジアンテナの標準機種で受信が安定しない場合は、別途に高性能アンテナや、アンテナブースター、アッテネーターなどの機器の設置の用意もございますので、どのような現場にも対応可能です。 弊社ではアンテナ設置のご相談および、ご自宅を訪問しての地デジ電波調査、アンテナ設置工事費のお見積もりまですべて無料で行っております。弊社のアンテナ職人は豊富な経験と高度な技術を駆使して、現場の電波状態から、もっともリーズナブルでありながら、自然環境の影響を受けにくく、故障のリスクを避けアンテナの長寿命が望めるなど、お客様にとって総合的にもっともお得となる設置方法をご提案いたしております。 茨城県において地デジアンテナの新規設置や交換をお考えの方は、電波状態の確認やお見積りから、アンテナ機種のご希望、その他のご相談も含め、当あさひフリーダイヤル(0120-540-527)へと、どうぞお気軽にお問い合わせください。

茨城県内の地上デジタル放送電波中継局

日本の各都道府県では、ほとんどの地域において、その都道府県内を視聴対象にした地方局(地方チャンネル)が存在します。首都圏であれば東京都の東京MXをはじめ、神奈川県のテレビ神奈川(TVK)、埼玉県のテレビ埼玉(テレ玉、TVS)、千葉県の千葉テレビ放送(チバテレ、CTC)などがあり、その地デジ電波は主にその都道府県内に設置された中継局から送信され、該当する都道府県内とその周辺地域で受信、視聴が可能です。 各地方局、いわゆるローカル局では、その都道府県内を対象にした、ローカルな報道やバラエティ番組。また地域のスポーツや祭礼、イベントの中継、速報など、地元密着型のローカル番組を製作、放送しています。その他には主に、他地域の地方局が製作したローカル番組の放送。映画やテレビドラマなどの再放送枠、深夜アニメ枠などが用意されています。 ただ2020年現在、茨城県には、県内向けの民放テレビ局が存在しません。現時点で茨城県は、民放テレビ局とFM局(親局)のどちらも存在しない唯一の都道府県になります。ただ茨城県内向けのAMラジオ局である茨城放送(IBS)が現在、テレビ放送への進出を検討している他、茨城県が運営するインターネットテレビとして「いばキラTV」が2012年(平成24年)に開局され、県内の話題を中心にしたさまざまな番組を配信しています。 また茨城県でも千葉県に接する南側の境界付近の一部では千葉テレビが、埼玉県に近い南西の一部地域では浦和局から送信されるテレビ埼玉が、栃木県に隣接する西端一帯の一部地域では同県の地方局であるとちぎテレビ(とちテレ、GYT)が受信できるケースもあります。これら他地域の地方局は、茨城県内で受信できない地域でも、ケーブルテレビなどを利用することで視聴が可能になります。

茨城県の見所と文化

方言 茨城県の方言ですが、前述の通り、茨城県はかつての常陸国と下総国北西部によって形成されており、現在、茨城弁、茨城方言などと呼ばれるものは、茨城県が成立して以降のものになります。茨城弁は栃木弁と共に、歴史的には東関東方言地域に属しています。一方、東北方言、特に東北地方南部の福島県や東京方言(江戸言葉)との共通点も多く見られます。ただ現在では、関東地方の傾向として共通語化が進み、東京都に近い南部を中心に方言が衰退しつつあり、主に首都圏の方言が使われるようになっています。 茨城弁の代表的な例としては「なんだっぺ?(なんだろう?)」「〜すっぺ(〜しよう)」「行ぐべ(行こう)」などがよく知られています。この「~っぺ」や「~べ」などの語尾は、文語の助動詞「べし」の名残といわれており、元来は「べ」が次第に「っぺ」に訛化したものともいわれています。 また茨城弁では、カ行(かきくけこ)や、タ行(たちつてと)が語中や語尾にくる場合、例えば「できる」が「でぎる」、「だから」が「だがら」など、清音が濁音化します。他にも「い」と「え」の区別があいまいであり、例えば「公園」が「こういん」、「柴犬」が「しばえぬ」に聞こえるなど、「い」「え」の中間的な発音が使われたり、この二字が入れ替わったりします。この二点は栃木県の栃木弁にも見られる特徴です。また茨城弁には、江戸のいわゆる下町言葉「べらんめえ」の影響が強く見られます。ただ茨城県内でも、東京より、栃木より、福島よりなどの地域によって、他地域の言葉の影響などもあり、同じ茨城弁でも微妙に差異が存在します。 また茨城弁の言葉としては、「出鱈目」「いい加減」「愚か」(な人、もの)など否定的なニュアンスを示す「ごじゃっぺ」、「だらしない男」を意味する「でれすけ」、じれったくていらいらする気分を表す「いじやける」などがあります。 食文化 茨城県の食文化、郷土料理には、あんこう鍋やアンキモなどの、アンコウ料理があります。あんこう鍋は、深海魚であるキアンコウ(ホンアンコウ)を主な具材とする鍋料理で、一般では「西のふぐ鍋、東のあんこう鍋」と呼ばれる冬の代表的な鍋料理で、東日本で広く食べられており、特に茨城県と福島県いわき市の名物として知られています。 中でも「どぶ汁」と呼ばれるものは、元々は漁師が船の上で調理した、まったく水を使わず、あんこう自体や具である野菜の水分と味噌だけで調理する、より濃厚で栄養価の高いあんこう鍋です。名前の由来は、アンキモが溶けた汁がどぶのように濁ることから、また「どぶ」には「すべて」という意味があり、アンコウのすべてを入れることから来ているとの説もあります。 ただ水を使わない本来のどぶ汁は、慣れた人でないと調理が難しく時間もかかることから、近年ではアンキモを多く使って出汁などを加え、本来のどぶ汁に近い濃厚な味わいにしたあんこう鍋のことも、どぶ汁と呼ばれています。 またあんこうの肝臓であるアンキモはそれ自体が海のフォアグラとも称されており、江戸時代には「三鳥二魚」と呼ばれる5大珍味の1つに数えられていた。ちなみに三鳥二魚とは、鶴(ツル)、雲雀(ヒバリ)、鷭(バン)の3鳥と、鯛(タイ)、鮟鱇(アンコウ)の2魚のことです。またアンキモは水戸藩から皇室に献上されていた郷土料理でもあります。 しもつかれとは主に栃木県の伝統的な郷土料理で、茨城県、群馬県などもに広まっています。初午の日に作り、赤飯とともに稲荷神社に供える行事食でもあり、新巻鮭の頭と節分の残りの大豆、根菜、その他の残り物を細かく切り刻むか、鬼おろしと呼ばれる竹製の目の粗い大根おろし器ですり下ろすなどして、酒粕を加えて煮込んだものです。地域によって、しもつかり、しみつかり、しみつかれ、すみつかれ、すみつかり、などとも呼ばれます。 しもつかれは味や香りが独特であることから好みが分かれ、また本来は家庭料理であることから、家庭ごとの具材や調理法によって大きく味が変わってきます。近年では万人も食べやすい味に工夫がなされ、現地のスーパーマーケットなどでも販売されています。 水戸納豆は小粒の納豆を使うのが特徴で、水戸地方では古くから自家製の納豆を食していました。これを明治創業の「天狗納豆」が製造義技術を確立し、販路を拡大して、全国的にも知られる名産品にしました。現在では複数の企業が「天狗納豆」のブランドを用いています。 茨城県の納豆料理には、そぼろ納豆(おぼろ納豆、しょぼろ納豆)があります。これは。納豆に刻んだ切り干し大根を混ぜ、醤油などで味をつけたものであり、酒の肴やご飯のおかずとして食べられます。 また干し納豆はその名の通り、納豆を天日干しして長期保存を可能にしたものです。ちなみに納豆を乾燥させても納豆菌は死滅しません。そのまま食べる他、湯につけて戻す、お茶漬けにするなどの食べ方もあります。 2004年(平成16年)に放送されたNHKの連続テレビドラマ「ねばる女」は、故郷の水戸を嫌って飛び出し、東京で家具デザイナーとして成功した飯島直子さん演じるヒロイン、水沢葉月が、ふとしたきっかけから故郷に戻り、一時的に納豆作りを手伝ううち、生きがいを見出すというストーリーです。このドラマにちなんだご当地グルメとして、納豆の他に山芋、オクラ、メカブ、ナメコなどをトッピングした丼料理「ねばり丼」があります。 けんちんそばは、茨城県の主に北部で古くから食べられてきたご当地そばで、その名の通り、けんちん汁を使ったかけ蕎麦、つけ蕎麦のことです。ちなみに茨城のけんちん汁には、豚肉や味噌が入ります。 他にも県内のご当地麺には、古河市で提供されている、「古河七福神めぐり」と「古河のカレーめん」を合わせ、七福神にちなんで、地元産のカボチャや白菜など七種類の具材を盛り込むことをルールとして、店舗ことに工夫を凝らした古河の七福カレーめん。ひたちなか市の店舗が発祥であるご当地ラーメンで、キャベツ、ニンジン、カボチャ、味付けレバーやホルモンその他の具材で作った甘辛い餡をラーメンや冷やし麺にかけたもので、茨城県のソウルフードとしても人気が高いスタミナラーメン。同じくひたちなか市で半世紀以上に渡って愛されている、うどんほどの太さの「手延べせいろ蒸し麺」が使ったご当地焼きそばの那珂湊焼きそば(なかみなとやきそば)。江戸時代に水戸光圀が日本で最初に食べたとされるラーメンを再現して、麺にレンコン粉を練りこみ、五辛と呼ばれるニラ、ラッキョウ、ネギ(葱)、ニンニク(大蒜)、ショウガ(生姜)の薬味を添えるのが特徴である、水戸藩らーめんなどがあります。 サンヨー食品から発売されている袋麺タイプのインスタント麺、アラビヤン焼そばは、長らく千葉県の北部から茨城県の南部を中心に販売されているご当地インスタント焼きそばでした。当初は全国で販売されていましたが、茨城県と千葉県のみで人気があり、他の地域では売り上げが低かったことから、1980年頃より地域限定の商品となっていました。現在では「サッポロ一番」ブランドに組み入れられ、インターネットを通じて徐々に人気が広まり、2009年(平成21年)からはふたたび日本全国での販売が行われています。 缶やペットボトルのコーヒー飲料であるマックスコーヒーは、加糖練乳(コンデンスト・ミルク)が多く使われており甘味が強いのが特徴で、かつては千葉県と茨城県、栃木県を中心に限定販売されていた商品でした。そのため数々の漫画や映画、テレビドラマなどでも、茨城県や千葉県を象徴する商品としてよく登場しています。 行方氏のご当地グルメには、霞ヶ浦で養殖されたアメリカナマズのカマ肉を使った「なめパックン」や、茨城県産の豚肉と玉ねぎによるメンチカツを行方特製ソースで味付けした「ぶたパックン」。霞ヶ浦産の鯉をやはり特製ソースで味付けした「こいパックン」、地元合鴨農法で育った鴨肉と鶏肉をミックスした「かもパックン」など、ユニークな材料で人気の高い、行方バーガーがあります。 干しいも(ほしいも、干し芋)は、サツマイモを蒸して乾燥させた食品です。正式名は「甘藷蒸切干」。また「乾燥芋(かんそういも、かんそいも)」「きっぽし」「いもかち」などとも呼ばれます。日露戦争では野戦食として活用され「軍人いも」とも呼ばれました。生産は日本各地で行われていますが、産業としては総生産量のおよそ9割が茨城県で生産されています。 干しいもの発祥は静岡県御前崎市といわれており、1908年(明治41年)に静岡県から茨城県那珂湊(現在のひたちなか市)に製法が伝わり生産がはじまりました。茨城県の土壌が原料のサツマイモに適していたことや、冬の乾燥した気候が生産に適していたことから県内での生産量が増加し、1955年(昭和30年)には茨城県が総生産量で全国首位となりました。 茨城県内でも堀出神社が境内末社として「ほしいも神社」を創建する。ひたちなか商工会議所では、干しいもを利用したパイ菓子の開発や、書籍「ほしいも学校」を出版するなどの「ほしいも魅力発信プロジェクト」を行い、県の名産品としてアピールしています。 茨城県のブランド肉では、県内の指定された生産者が飼育した黒毛和種の牛から、日本食肉格付協会枝肉取引規格にて、歩留等級AまたはB、肉質等級4以上に格付けされた牛肉の銘柄で、適度に脂身が入った赤身が特徴の常陸牛(ひたちぎゅう、ひたちうし)があります。 豚肉では、ローズポークは3種類の系統豚を交配した雑種豚であり、茨城県の銘柄豚として指定された生産者と販売者のみ取り扱うことができます。名称は茨城県養豚試験場が開発した系統豚「ローズ」を基にしており、その由来は茨城県の花であるバラです。またバラの花のように鮮やかな肉になってほしいとの意味もあります。 地鶏では奥久慈しゃも(軍鶏)が、弾力あり肉質と濃厚な味が特徴のシャモに、名古屋コーチンとロードアイランドを掛け合わせた県のブランド鶏です。通常のブロイラーの約3倍の期間と、エサと環境に配慮した飼育により、濃厚な味わいの肉質となります。 この常陸牛、ローズポーク、奥久慈しゃもは「茨城3大ブランド肉」にもなっています。 他にも、県の新たなブランド豚である常陸の輝き、中国の太湖豚(タイフウトン)系の原種豚の品種名で、猿島郡境町にある塚原牧場の登録商標名でもある梅山豚(めいしゃんとん・めいさんとん)などがあります。 その他の県のブランド品には、県南西部を中心に生産されているお茶のさしま茶。蕎麦の品種であり県北地域の特産物となっている常陸秋そば。つくば市の筑波山麓で生産される特別栽培米で、筑波山由来のミネラル分豊富な水がうまみを引き出すとされ、アイスクリームなどにも利用されている北条米などがあります。 茨城県の食品関係の企業には、千葉県の野田市、銚子市と並んで醤油の関東三大銘柄地と呼ばれた土浦市に現存する唯一の醤油醸造業者で、伝統製法に一部のみ近代化の設備を取り入れ、味わい深い製品を生産する柴沼醤油醸造株式会社。シーフードを中心としたレストランチェーンで、カニピラフが人気商品のメヒコなどがあります。また鹿嶋市の銘菓である常陸風土記(ひたちふどき)は、大納言小豆で求肥を包んだもので、鹿島神宮参道「菓子舗丸三老舗」の代表的な和菓子です。 他に茨城県の名物料理には、豆腐を納豆のように藁苞(わらづと)で包み、塩ゆでしたもので、茨城県以外には福島県や群馬県、岐阜県などの一部地域で作られている、こも豆腐(つと豆腐)。常陸太田市の山あいで、冬場に薄く切ったこんにゃくを気温で凍らせ、解凍を繰り返すことでスポンジ状にする。しみこん(凍みこんにゃく)。カツオのたたきに似た調理法で作る火取りかつお。レンコンや各種野菜、油揚げなどを味付けし、酢をかけて煮る家庭料理の煮合え(煮合い)などがあります。 名所 茨城県は、東側を太平洋に面し、内陸部には筑波山をはじめとする産地や、かつては内海であった湖の霞ヶ浦などを擁しており、自然の景勝に恵まれています。歴史的にも水戸藩をはじめ、歴史上の人物などに関連する史跡も豊富で、観光地としても見どころの多い県です。 旧跡や歴史に冠する施設などでは、水戸市には、水戸藩第9代藩主の徳川斉昭(烈公)が開園した日本庭園で、梅の名所として知られる日本三名園のひとつであり、国の史跡および名勝、また日本遺産の一部にも指定されている偕楽園があります。水戸徳川家の居城で、水戸藩の政庁が置かれた水戸城跡は、茨城県の指定史跡であり、日本100名城のひとつにも選ばれています。その旧三の丸に位置する、徳川斉昭が開いた藩校、弘道館(こうどうかん)は、保存されている旧弘道館が国の特別史跡に指定されており、その正庁、至善堂、正門が国の重要文化財になっています。日本遺産の一部でもあり、周辺は弘道館公園として整備され、やはり梅の名所になっています。 常磐神社は、水戸黄門として知られる水戸藩第2代藩主、徳川光圀と徳川斉昭を祀る神社であり、テレビ時代劇「水戸黄門」にちなんだ葵紋の印籠を模った印籠守を授与しています。水戸市には他に水戸市水道低区配水塔などの史跡があります。 また水戸徳川家の史跡としては、常陸太田市に徳川光圀の隠居所である西山荘(せいざんそう)があり、国の史跡及び名勝に指定されています。ただ当時の建物は1817年(文化14年)の野火によって焼失し、現存のものは1819年(文政2年)に第8代藩主、齊脩により再建されたものです。園内には当時の守護役の侍の居宅が復元され、資料館として運営されています。 牛久市では、浄土真宗東本願寺派本山東本願寺によって造られた全高120メートルのブロンズ(青銅)製大仏立像で、「世界一の大きさのブロンズ製仏像」としてギネス世界記録に登録されている牛久大仏(うしくだいぶつ)があります。牛久大仏の周辺は小動物公園や花畑などがある浄土庭園になっており、公園墓地「牛久浄苑」との複合施設でもあります。 牛久シャトーは旧称をシャトーカミヤといい、東京都台東区浅草の洋酒バー「神谷バー」などで知られる神谷伝兵衛が、1903年(明治36年)に「牛久醸造場」として創業した、日本初の本格的なワイン醸造場で、現在は旧事務室、旧醗酵室、旧貯蔵庫の3棟が国の重要文化財に指定されています。他にも牛久市には不動明王を本尊とし、境内の「縁切り稲荷」で知られる牛久成田山真浄寺があります。 つくば市には国の史跡である小田城跡や、筑波山を神体山として祀る神社であり、主要社殿として男体山本殿、女体山本殿、拝殿の三ヶ所が存在する筑波山神社などの名所があります。 北茨城市には、日本美術院を創設した近代日本の美術史学研究の開拓者、岡倉天心が、1905年(明治38年)に思索の場所として自ら設計、建設した六角堂(五浦六角堂、五浦の六角堂)が存在します。この六角堂は茨城大学美術文化研究所六角堂として国の登録有形文化財になっていましたが、2011年(平成23年)の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)における津波により、土台のみを残して消滅しました。その後、2012年に再建され、岡倉天心旧宅・庭園及び大五浦・小五浦の一部として国の登録記念物に登録されています。 また同市内の石岡第一発電所は1911年(明治44年)に発電を開始し、現在も稼働している水力発電所であり、施設全体が国の重要文化財に指定されています。 石岡市の西光院は、平安時代初期の807年(大同2年)に、京都の僧である徳一大師が開山したとされる寺院で、本尊は自然石の馬頭観音です。本堂は「関東の清水寺」とも呼ばれ、茨城県の有形文化財に指定されている他、5メートルを超える一木造の巨像、立木観音菩薩像は「立木観音」の名で茨城県指定文化財に、梵鐘は石岡市指定文化財になっています。 土浦市にある土浦城跡は、現在は太鼓櫓門が現存し、東西二か所の櫓が復元されています。水害の際にも水没せず、水に浮かぶ亀の甲羅のように見えたことから「亀城(きじょう)」の異名を持ち、茨城県指定史跡第1号や、続日本100名城のひとつにもなっています。 笠間市の笠間稲荷神社は、別名を胡桃下稲荷(くるみがしたいなり)や紋三郎稲荷といい、日本三大稲荷のひとつとされ、「笠間稲荷と佐白山」として茨城百景にも選定されています。五穀豊穣、商売繁盛の神として古くから信仰を集め、現在でも日本各地から年間300万人を超える参拝客が訪れる稲荷神社です。初詣には80万人以上の参拝者が訪れ、初詣参拝者数では茨城県で第1位を誇っています。 鹿嶋市の鹿島神宮は常陸国一宮であり、全国にある鹿島神社の総本社です。千葉県香取市の香取神宮、茨城県神栖市の息栖神社と並ぶ東国三社の一社でもあり、国宝である直刀・黒漆平文大刀拵(附・刀唐櫃)、通称「韴霊剣」や、国指定の重要文化財である本殿、石の間、拝殿、幣殿など、多くの文化財も保有しています。 潮来市にある臨済宗妙心寺派の寺院、長勝寺(ちょうしょうじ)は、山号を海雲山といい、本尊は阿弥陀如来です。寺内の銅鐘が国の重要文化財であり、堂門や本堂、その他の建築物や物品が茨城県指定有形文化財になっています。 稲城市の横利根閘門(よことねこうもん)は、稲敷市と千葉県香取市の県境付近に位置する横利根川の閘門であり、利根川改修工事の一環として1914年(大正3年)に着工し、1921年(大正10年)に完成しています。日本における煉瓦造閘門のひとつの到達点を示す近代化遺産として、重要文化財に指定されています。 他にも県内には、猿島郡境町、古河市、坂東市に点在する猿島坂東三十三観音霊場。ひたちなか市の那珂湊反射炉跡。つくばみらい市の板橋不動尊などの旧跡が存在します。 自然の景勝では、かつての内海であり、現在では面積220.0平方キロメートルで、日本では第2位、茨城県では最大の湖になる霞ヶ浦(かすみがうら、霞ケ浦)があります。県内では土浦市、かすみがうら市、潮来市、行方市、鉾田市、石岡市に面している霞ヶ浦は日本百景に選定されており、釣りやヨット、水上オートバイなどのレジャーや、遊覧船、観光帆曳船が運航される観光地になっています。またはワカサギ、シラウオ(白魚)、コイ、フナ(鮒)、ウナギ(鰻)、アユ、ボラ(鯔、鰡)などが獲れる漁場にもなっています。 霞ケ浦と並ぶ茨城県のシンボルである筑波山は、筑波山神社の境内地であり、西側で標高871メートルの男体山(なんたいさん)と、東側の標高877メートルである女体山(にょたいさん)からなる山です。雅称に紫峰(しほう)、筑波嶺(つくばね)などがあります。 つくば市と土浦市、桜川市、石岡市にまたがる筑波山は、「万葉集」にも詠まれており、日本百名山、日本百景のひとつになっています。富士山と対比して「西に富士、東に筑波」とも称され、全域が水郷筑波国定公園に指定された保護エリアであり、中腹から山頂付近は特別保護地区(自然公園法)に指定された筑波山神社境内地にもなっています。標高140メートル付近では、在来種の筑波みかん、または福来みかん(ふくれみかん)と呼ばれる小型ミカンなどのミカン(蜜柑)が栽培されている他、標高250メートル付近の中腹には、つくば市営の筑波山梅林があり、登山やハイキングの場としての人気の高い山です。 他にも県内の山には、桜川市と石岡市の境に位置する標高709メートルの山で、県内では筑波山に次いで高い筑波連山北部の山のひとつである加波山があります。加波山は古くから天狗の山としても知られる山岳信仰の地で、山頂には加波山神社本宮の本殿が鎮座しています。また峰寺山(みねでらさん)は、筑波連山北部の支峰のひとつで、石岡市の北西部にある標高379.6メートルの山です。中腹には、八号盆地を一望できる天台宗の古刹、西光院と、猿を中心とした動物公園の東筑波ユートピアがあります。 五浦海岸(いづらかいがん)は北茨城市にある海岸で、花園花貫県立自然公園に属しています。「関東の松島」の異名を持つ景勝地で、日本の渚百選、日本の音風景100選、茨城百景、日本の白砂青松100選、日本の地質百選に選ばれている他、岡倉天心旧宅・庭園及び大五浦・小五浦の一部として国の登録記念物に登録されています。 太子町にある袋田の滝は、久慈川支流の滝川上流にあたり、長さ120メートル、幅73メートルの瀑布で、冬場には「氷瀑」と呼ばれる、滝が凍結する現象が発生することもあります。奥久慈県立自然公園および日本の名勝に指定されており、華厳滝、那智滝と並んで日本三大名瀑のひとつに挙げられる場合もあり、日本の滝百選にも選定されています。江戸時代は水戸藩の領地であり、水戸黄門こと徳川光圀が訪れたこともあるといわれます。 常陸太田市、久慈郡大子町、常陸大宮市にまたがる竜神峡(りゅうじんきょう)は、竜神川の浸食によって形成された峡谷で、下流には竜神ダムがあり、ダム湖の上には歩行者専用の吊橋である観光用の竜神大吊橋が架けられています。竜神大吊橋の全長は375メートルで、歩行者専用の吊橋として、かつては日本一の長さを誇りました。ダム湖の湖面からの高さは約100メートルで、橋からは阿武隈高地や八溝山地の山並みを見渡せる展望が広がり、紅葉の名所でもあります。また日本最大級のバンジージャンプのポイントとして、テレビ番組などで用いられることもあります。 花園花貫県立自然公園(はなぞのはなぬきけんりつしぜんこうえん)は、茨城県の北部、北茨城市、高萩市、日立市、久慈郡里美村、多賀郡十王町などにまたがる自然公園で、多賀山地の山岳部、花園渓谷などの渓谷部、五浦海岸などの海岸部などからなり、指定面積は約25,000ヘクタールと県内の自然公園、国定公園の中でももっとも広いものです。 潮来市の水郷は、利根川下流域の十六島および前川から霞ヶ浦一帯に広がる低湿地地帯で、水郷筑波国定公園二指定されています。 施設 茨城県内の各種施設では、豊かな自然を生かした国定公園に、水郷筑波国定公園、県立自然公園、奥久慈県立自然公園、花園花貫県立自然公園、高鈴県立自然公園、太田県立自然公園、御前山県立自然公園、大洗県立自然公園、笠間県立自然公園、吾国・愛宕県立自然公園、水戸県立自然公園があり、ジオパークには、筑波山地域ジオパークが存在します。 その他の主な公園には、つくば市の赤塚公園、科学万博記念公園、洞峰公園。潮来市の茨城県水郷県民の森、水郷潮来あやめ園。笠間市の茨城県笠間芸術の森公園。筑西市の茨城県県西総合公園。石岡市の茨城県フラワーパーク・ふれあいの森。神栖市の港公園。ひたちなか市の国営ひたち海浜公園。守谷市の常総運動公園。水戸市の千波公園。日立市の日立市かみね公園。稲敷市のこもれび森のイバライド。北茨城郡茨城町の涸沼自然公園などがあります。 博物館、美術館などでは、かつての水戸藩の文化を残す水戸市に、茨城県近代美術館、茨城県立図書館、茨城県立点字図書館、茨城県立歴史館、水戸芸術館などの文化施設が集中しています。他にも大洗町にある日本最大級の大型水族館、アクアワールド・大洗。岡倉天心などの業績を称える北茨城市の茨城県天心記念五浦美術館。日立市出身の作曲家、吉田正さんの資料を集めた同市内の吉田正音楽記念館。鹿嶋市のカシマサッカーミュージアム。虹の塔などがあるレジャー施設、行方氏の霞ヶ浦ふれあいランド。笠間市の茨城県陶芸美術館、笠間日動美術館。筑西市のしもだて美術館、同氏出身の陶芸家、板谷波山(いたやはざん)を記念する板谷波山記念館。学術研究都市であるつくば市の、地図と測量の科学館、つくばエキスポセンター、茨城県つくば美術館。守谷市の社会教育施設、アーカススタジオ。坂東市のミュージアムパーク茨城県自然博物館などがあります。 ホール・コンベンション施設は、やはり文化都市であるつくば市に多く、つくばカピオ、つくば国際会議場、つくば文化会館アルス、ノバホールなどが見られます。他にも日立市の日立シビックセンター。水戸市の茨城県立県民文化センター。鹿嶋市の鹿嶋勤労文化会館などがあります。 大型スポーツ施設には、鹿島アントラーズのホームである鹿嶋市の茨城県立カシマサッカースタジアム、水戸ホーリーホックのホームである水戸市のケーズデンキスタジアム水戸をはじめ、市名を冠した水戸市民球場や、ひたちなか市民球場、ひたちなか市総合運動公園。また、ひたちなか市、那珂市、那珂郡東海村にまたがる笠松運動公園。下妻市の筑波サーキット。取手市の取手競輪場。稲敷郡美浦村の日本中央競馬会 美浦トレーニングセンターなどがあります。 イベント 伝統行事から市民イベントまで、茨城県内の主な催しには、年頭から春のものに、国の選択無形民俗文化財、茨城県指定無形民俗文化財に指定されており、72年に一度の3月末という長期スパンでも知られる、常陸太田市および日立市の金砂神社磯出大祭礼。2月から3月、梅の季節に行われるつくば市の筑波山梅まつり、水戸市、偕楽園の水戸の梅まつり。3月3日前後に久慈郡太子町で行われる百段階段でひなまつり。3月の東茨城郡大洗町、大洗春祭り 海楽フェスタ。3月から4月の古河市、古河桃まつり。4月の日立市、日立風流物。4月から5月、笠間市の笠間の陶炎祭。5月から6月に潮来市、水郷潮来あやめ園で行われる水郷潮来あやめまつりなどがあります。 初夏から夏には、6月から7月に東茨城郡茨城町、涸沼自然公園で行われる、ひぬまあじさいまつり。7月の茨城町、小鶴祇園祭や、日本一の大神輿渡行が行われる筑西市の下館祇園祭、牛久市の、うしくカッパまつり。8月の土浦市、土浦キララまつり、潮来市の潮来祇園祭禮、水戸市の水戸黄門まつり、ひたちなか市、国営ひたち海浜公園のROCK IN JAPAN FESTIVAL、つくば市の、まつりつくばなどが行われます。 秋から冬にかけては関東三大祭のひとつである石岡市の常陸國總社宮大祭、日本三大花火大会のひとつで10月に行われる土浦市の土浦全国花火競技大会。同時期に水戸市で行われる水戸まちなかフェスティバル。11月にはつくば市の筑波山もみじ祭り、茨城町の、いばらきまつり、平将門を称える坂東市の将門まつり、大洗町の名産品をテーマにした大洗あんこう祭、関東一の芋煮会である常陸大宮市の、やまがた宿芋煮会。12月には桜川市下泉地区の大飯祭り、笠間市の悪態まつりなどが行われます。 国際交流 茨城県は、1985年(昭和60年)の国際科学技術博覧会(つくば'85)における交流を縁として、翌1986年(昭和61年)4月にイタリア共和国エミリア・ロマーニャ州、フランス共和国エソンヌ県、コスタリカ共和国アラフェラ県と友好提携を結び、これらの県州との間で友好使節団の派遣、フェアの開催、学校間の交流などの様々な交流を進めています。エソンヌ県については、2018年に新たな協定を締結し、翌2019年(令和元年)には「芸術・文化的交流の促進」などに関わる交流推進計画を策定しています。ただアラフェラ県については、コスタリカ共和国が県制度を1998年(平成10年)に廃止したことに伴い、茨城県との友好提携も消滅しています。 また2020年現在、県を含めた25の県内市町村の自治体が、海外の41都市と姉妹または友好都市の提携を結んでいる他、病院、公園、博物館、教育機関などの海外交流も盛んに行われています。 キャラクター 茨城県のマスコットキャラクターには、かつて「ハッスル黄門」様がいました。ハッスル黄門様はその名の通り、水戸徳川藩第2代藩主の水戸光圀、というよりテレビ時代劇「水戸黄門」のイメージそのままに、頭巾に袖なし羽織姿の「ご老公」を愛らしくキャラクター化したもので、県の花であるバラを一輪もっています。 ハッスル黄門様は、2007年に開催された「ねんりんピック茨城大会」のマスコットキャラターとして誕生し、2008年(平成20年)の「国民文化祭茨城大会」。2009年の「技能五輪アビリンピック茨城大会」など多くの県内イベントのマスコットになりました。他にも2010年3月11日に開港した茨城空港のPRマスコットや、カルビーのポテトチップス茨城限定バージョンのパッケージなどでも活躍し、また2009年には、テレビ時代劇「水戸黄門」で5代目水戸光圀を演じた里見浩太朗さんとの対面も果たしています。 さらにハッスル黄門様は茨城県内に限らず、日本各地の都道府県のイベントから、さらにはフランスや大韓民国など海外にも進出し、茨城の魅力をPRすると同時に、現地のゆるキャラと友好を深めるなど、それこそ全国を漫遊して茨城県のために大活躍していました。2014年(平成26年)にはダンスやパラグライダーなどのスポーツにも対応できるよう、筑波山で修行をしてスマートになり、頭巾を脱いだ形態の「スーパーハッスル黄門」も登場しています。 このように事実上、茨城県のマスコットとしてさまざまな活躍を見せたハッスル黄門様ですが、なぜか正式に県のキャラクターとして公認されることはなく、2019年(平成31年)3月31日にハッスル黄門様は「寄る年波」も理由に隠居(引退)します。 ハッスル黄門様のご隠居後、「いばらきの魅力発信隊」の後任には茨城県非公認キャラクター「ねば~る君」が就任しています。また新たに茨城県公式バーチャルYouTuberとして「茨ひより」も起用されています。 ねば〜る君(ねばーるくん)は2013年(平成25年)より活動している、茨城県の名産である納豆をモチーフにした県非公認のマスコットキャラクターです。 ねばーる君は納豆の粒に顔と手足がついて、頭にはちょん髷のような突起があり「ねばーる君」の名札がついた縞模様の腹巻(藁苞(わらづと))を巻いています。県非公認のまま「いばらきの魅力発信隊」PRキャラクターとなった、ねばーる君は世界の人々に納豆を好きになってもらうため、この世に誕生した納豆の妖精で、父は大豆、母は納豆菌だそうです。7月10日生まれの男の子で、身長710メートル、体重710グラムの710歳の赤ちゃんで、この身長体重および年齢は、年月がすぎても変わらないといいます。また本物の納豆よりやや色黒(焦げ茶色)です。出身は藁(わら)で、現在は茨城県納豆町冷蔵庫710号室の発泡スチロール製の家に住んでいます。 好きな人はお米ちゃん、なまたまごちゃん、親友ねぎしくん。好きな歌はBABYMETAL「ギミチョコ!!」や、元ピンクレディーのMIE未唯さんが歌う「NEVER」、織田裕二さんの「Love Somebody」で、好きな理由はどれも歌詞に「ネバネバネバ(never)」が入っているからだそうです。また好きな映画は「ネバーエンディング・ストーリー」だといいます。性格は粘り強く努力家ながら、落ち込みやすい面もあり、引きこもりだった過去もあるそうです。現在は納豆で世界の平和を願っています。またライバルは夏で、夏場のの必須アイテムは納豆ジュース(麦茶)とナツヲノリコエール(保冷剤)だといいます。 ねばーる君の特技は、伸びること、ややテンポは遅いものの自由自在で毒舌ありの軽快なトーク、ゲーム実況、絵本読み聞かせ、漫才、コントなどで、語尾は基本的に「ねば~」。納豆に関する言葉をよく使い、口癖は「ありが納豆ねば~!」「ネバーギブアップねば~!」です。また伸びる縁起物の異名も持ち、その身体に触れると成績や業績、寿命、運気などが伸びるといわれています。 他にも、嬉しいと伸びて悲しいと泣く。また「納豆大好き!」の声でハイテンションとなり、全身で喜びを表現する。腰藁(腹巻)から、ねば〜る君の欠片から生まれたキャラクター「小粒ちゃん」が登場する。伸びる舌で「納豆占い」を行う。口から「納豆うなぎ」という物体を出す。ほおの渦は納豆を混ぜた際のカラシ(辛子)をイメージしているなどの特徴があります。 またねばーる君は、キャラクター性の類似から、ときに千葉県船橋市の非公認キャラクター「ふなっしー」のパクリ疑惑をかけられることもあります。当人はふなっしーさんを尊敬しているものの、自分はあくまで独自のキャラクターであると主張しています。そのふなっしーとは、2015年(平成27年)の第66回NHK紅白歌合戦にて初共演しています。目標とするキャラクターは1985年に筑波市を中心に行われた国際科学技術博覧会(科学万博、つくば万博)のマスコットキャラクター「コスモ星丸」だそうです。 茨ひよりは、2018年8月3日に登場した、自治体では初の公認となる茨城県公式バーチャルYouTuberであり、茨城県に入庁3年目の女性職員が、県のインターネットテレビ局「いばキラTV」の女性アナウンサーに起用されたという設定になっています。実際に当時の県知事が異動辞令を発令しています。また同僚からはポンコツ扱いされているという噂もあります。 茨ひよりは、茨城県出身のイラストレーターであるハルタスクさんがデザインした女性キャラクターで、青い上着、黄色いスカート、ピンクの靴、緑また白の下着という服装になっています。これはそれぞれ、県の名物であるネモフィラの青、干し芋の黄色、偕楽園の梅花のピンク、新緑の緑をイメージしたもので、頭には県の名産、アンコウの髪飾りをつけています。名前は一般公募によって集まった候補の中から決定されました。 2019年3月には、彼女がアナウンサーを務める、いばキラTVのチャンネル登録者数が、日本の地方公共団体の公式チャンネルでははじめて10万人を突破し、同年6月にはG20貿易・デジタル経済大臣会合の歓迎レセプションに動画で出演。また県内で行われた「いきいき茨城ゆめ国体・大会」のPR担当に抜擢されるなど、茨ひよりは現在もますます活躍の幅を広めています。 フィクション 茨城県を主な舞台にしたフィクションで、今日でももっとも有名なものは、前述の「水戸黄門漫遊記(水戸黄門)」など、水戸徳川家藩主、水戸光圀を主人公にした時代劇や時代小説などの諸作品になります。前述の通り、水戸光圀が実際に全国漫遊をしたという史実はありませんが、「大日本史」作成の資料集めのために家臣を各地に派遣したこと、隠居後によく領内を視察したことなどから、隠居後の光圀が全国各地を漫遊し、各地で世直しを行うという物語は、江戸時代より講談や演劇などで定着していました。 明治末期、日本で映画製作が行われるようになると、時代劇の定番作品として「水戸黄門漫遊記」が製作され、尾上松之助さん、山本嘉一さん、大河内傳次郎さん、市川右太衛門さんなど当時の映画スターが水戸黄門を演じました。戦後には月形龍之介さんを主演にした映画シリーズが人気を博し、タイトルも徐々に「水戸黄門漫遊記」から「水戸黄門」へと代わってゆきます。 今日の「水戸黄門」としては、1969年(昭和44年)にナショナル劇場(現:パナソニック ドラマシアター)としてスタートし、2011年12月19日の最終回スペシャルまで、42年間の長期にわたって放送されたテレビ時代劇「水戸黄門」のイメージが強くなっています。このシリーズでは、東野英治郎さん、西村晃さん、佐野浅夫さん、石坂浩二さん、里見浩太朗さんの五人が歴代の水戸光圀を演じています。 また2015年には里見浩太朗さん主演の「水戸黄門」がスペシャル番組として復活した他、2017年(平成29年)からはBS-TBSにて、ナショナル劇場版と同じ制作会社、スタッフで、武田鉄矢さんが光圀を演じる「水戸黄門」新作ドラマを放送しています。 映画、テレビドラマなど、多くの「水戸黄門」作品では、諸国漫遊を行う光圀のお供として、佐々木助三郎こと助さん、渥美格之進こと格さんが登場しますが、この二人の発祥は明治時代、大阪で行われた講談からになります。これは「東海道中膝栗毛」の要素を取り入れたものだといわれています。ちなみに助さんのモデルは実在の水戸光圀の家臣で「大日本史」編纂のため日本各地に出向いた佐々宗淳(別名:佐々介三郎(さっさすけさぶろう))、格さんのモデルもやはり実在した水戸藩士で、光圀が招聘した明の儒学者、朱舜水(しゅしゅんすい)に学び、その優秀さを称えられた儒学者でもあった安積澹泊(あさかたんぱく、通称:覚兵衛)だといわれています。 現在「水戸黄門」といえば、基本的な展開として「越後のちりめん問屋の隠居」を称する光圀一行が、旅の途中で現地の代官などの悪事を知り、探索を開始。そして悪人の横暴が極まったところで現場に乗り込み、大立ち回りの末、格さんが「この紋所が目に入らぬか!」と、三つ葉葵の紋所が入った印籠を掲げて正体を明かし、恐れ入った悪人に対して光圀が悪事の証拠などを示し、裁きを申し渡すという展開が広く知られています。この印籠を掲げるスタイルは、ナショナル劇場のテレビ版「水戸黄門」の毎回の定番としてはじまり、定着したものです。放送当時にはこのパターンを踏襲したテレビアニメ「まんが水戸黄門」も放送された他、同ドラマ版を元にした「水戸黄門」がファミリーコンピューターのゲームソフトになったこともあります。 また水戸黄門の登場人物としては、光圀公と助さん格さんの他に、光圀一行を助ける神出鬼没の忍者で、当初は中谷一郎さん、のちに内藤剛志さんや津田寛治さんが演じた風車の弥七や、元は光圀を狙う刺客から仲間になった由美かおるさん演じるくノ一で、入浴シーンでも知られる、かげろうお銀。野村将希さん演じる怪力無双の忍者で、壁を破壊して現れるのが定番の柘植の飛猿。また高橋元太郎さん演じる一行のムードメーカー、うっかり八兵衛などがよく知られていますが、これらの人物も、ナショナル劇場版オリジナルの登場人物です。 余談ですが、本シリーズの番外編として、かげろうお銀を主役に据え、仲間のくノ一や柘植の飛猿など忍者たちの活躍を描く「水戸黄門外伝 かげろう忍法帖」という作品も放送され、本編からは光圀や助さん格さん、うっかり八兵衛などもゲスト出演しています。 テレビドラマや映画の他にも、水戸光圀が登場する時代、歴史小説は数多く存在しますが、有名なものでは、光圀の生涯を描いた冲方丁さんの「光圀伝」などがあります。 他にも茨城県の歴史上の人物を題材にした作品には、加藤剛さん演じる平将門を主人公に描いた1976年(昭和51年)のNHK大河ドラマ「風と雲と虹と」や、その原作となった海音寺潮五郎さんの小説「平将門」「海と風と虹と」。常陸国の戦国武将、佐竹義重を描いた簑輪諒さんの時代小説「でれすけ」。やはり戦国時代の剣士、兵法家で、天真正伝香取神道流を修めて鹿島新當流を開いた塚原卜伝(つかはらぼくでん)を題材にした小説に、池波正太郎さんの「卜伝最後の旅」や津本陽さん「塚原卜伝十二番勝負」など。また津本さんの作品を堺雅人さん主演にて、NHK-BSプレミアムでテレビドラマ化した「塚原卜伝」。間宮海峡を発見した江戸時代後期の探検家、間宮林蔵を題材にした小説に、吉村昭さんの「間宮林蔵」。池波正太郎さんの「北海の猟人」。北方謙三さんの「林蔵の貌」など。徳川幕府最後の将軍、徳川慶喜を描いた小説には、山岡荘八さんの「徳川慶喜」や司馬遼太郎さんの「最後の将軍‐徳川慶喜‐」、また司馬さんの作品を原作にしたNHK大河ドラマ「徳川慶喜」などがあります。他にもこれらの人物を題材にした、または登場する作品は、小説や漫画、映画、テレビドラマなど、ジャンルを問わず枚挙に暇がありません。 また幕末の剣客集団として知られる新選組の関係では、水戸藩浪士で新選組の初代局長となった芹沢鴨と、その一党の新見錦、平山五郎、野口健司、平間重助など。また参謀として参加した伊東甲子太郎とその弟の鈴木三樹三郎。箱館戦争で土方歳三が戦死した後、最後の隊長を務めた相馬主計(主殿)。また流山で近藤勇を捕縛した勤皇志士の香川敬三などが現在の茨城県各地の出身で、新撰組を題材にした多くの作品に登場しています。 ただ新選組を題材にした作品の多くは、実際に新選組を統率した近藤勇、土方歳三、沖田総司などの試衛館一派を中心に描かれるため、彼らと対立し、暗殺されることになった芹沢鴨、伊東甲子太郎などは敵役として描かれることが多くなります。特に芹沢鴨に関しては、乱暴狼藉の逸話が多く残ることから、近藤たちに暗殺されるのもやむを得ない無法な悪人として描かれることが大半です。 ただ2004年のNHK大河ドラマ「新選組!」で佐藤浩市さんが演じた芹沢鴨では、乱暴者ながら奥行きある一面も描かれた他、久保田千太郎さん、園田光慶さんによる劇画「新撰組流血録 壬生狼」は、独自の解釈による意外な人物像で、組織としての新撰組を確立させるため、あえて汚れ役を引き受ける主人公としての芹沢鴨を描いています。 伊藤甲子太郎は、1864年(元治元年)に北辰一刀流の同門である藤堂平助の仲介で、弟の鈴木三樹三郎らと共に新選組に加盟した人物です。剣術だけでなく水戸学を学んだ教養人でもあり、参謀兼文学師範に任じらり、容姿端麗で巧みな弁舌から、当時から優れた人物と見られていました。しかし、伊東と新選組は攘夷という点で思想は一致していたものの、佐幕派である新撰組に対し、伊東は勤王(倒幕)の志をもっていました。そのため、のちに伊東一派は新撰組を離脱し、御陵衛士を結成します。この思想上の対立から、近藤たちは伊東を暗殺し、高台寺党とも呼ばれた御陵衛士一派の粛清を図ります。この一件は油小路事件、または油小路の決闘とも呼ばれています。 新選組を題材にした小説などでは、この油小路事件が中盤の見せ場としてよく取り上げられ、伊東は近藤一派と思想的には対立するも、志士としては一角の人物に描かれることが多くなります。一方で才に驕って近藤たちを説得できると甘く見ていた、また近藤の暗殺を謀っていたと描かれることもあります。 茨城県を舞台にした近現代の作品としては、映画では「ゴジラ」シリーズに、いわゆる平成VSシリーズと呼ばれる第17作「ゴジラvsビオランテ」、第20作「ゴジラvsメカゴジラ」、第21作「ゴジラvsスペースゴジラ」、第22作「ゴジラvsデストロイア」があります。これらの作品では、ゴジラに対抗することになる筑波生命工学研究所や、G対策センター、対ゴジラ部隊Gフォースの本拠がつくば市にあるという設定になっています。 また第3期ゴジラシリーズとなる第23作「ゴジラ2000ミレニアム」および第24作「ゴジラ×メガギラス G消滅作戦」では、ゴジラがエネルギー源として那珂郡東海村の原子力発電所を狙うという設定で、東海村の他、鹿嶋市や鹿島灘などが舞台となっています。 他にも、日本史上のさまざまな暗殺事件を取り上げた中島貞夫監督の「日本暗殺秘録」では、主演の千葉真一さん演じる実在した人物、小沼正の故郷である旧那珂郡平磯町が登場します。古屋兎丸さんの漫画を映画化した「いちばんきれいな水」は、つくば市で多くのロケが行われ、実質的な舞台になっています。「男はつらいよ」シリーズ第34作「男はつらいよ 寅次郎真実一路」には龍ヶ崎市、つくば市などが登場します。現在の筑西市出身で陶芸家としてはじめて文化勲章を授与された板谷波山さんの生涯を描いた映画「HAZAN」は、茨城県および下館市の全面協力を得て製作されました。 ロリータ少女とヤンキー少女の奇妙な友情を描いた嶽本野ばらさんの小説「下妻物語」はタイトル通り下妻市が舞台であり、中島哲也監督による、深田恭子さん、土屋アンナさん主演の映画版では同市や牛久市などが登場します。福田雄一さんの戯曲を自身の脚本、監督で映画化した「大洗にも星はふるなり」も、タイトル通り東茨城郡大洗町を舞台にしています。新岡勲さんの劇画を渡哲也さん主演で映画化した「ゴキブリ刑事(でか)」は、神栖市が主なロケ地および舞台になっています。舩橋淳監督の「桜並木の満開の下に」は東日本大震災の爪痕が残る日立市が、冨永昌敬監督、脚本の「ローリング」は水戸市が舞台になっています。 テレビドラマでは、前述の時代劇作品や、水戸市を舞台にした「ねばる女」の他、高度経済成長期を描いた2017年(平成29年)上半期のNHK連続テレビ小説「ひよっこ」では、有村架純さん演じるヒロインの谷田部みね子が茨城県北西部の架空の村、奥茨城村出身という設定になっており、茨城県の各地でロケも行われています。 小説、漫画、アニメなどでは、恩田陸さんの小説で、テレビドラマ化もされた「六番目の小夜子」や映画化もされた「夜のピクニック」、また短編「図書室の海」「ピクニックの準備」などが、恩田さんの母校、水戸一高をモデルにしたとされ、水戸市が舞台になっています。有川浩さんの小説でアニメ化もされた「図書館危機」は実在する茨城県立美術館を舞台としています。秩序が崩壊した近未来の日本を描く打海文三さんの小説で、漫画化もされている「応化戦争記」シリーズは、茨城県内にある架空の常陸市が主な舞台となっており、県内の各地が登場します。貴志祐介さんの小説でテレビアニメ化もされた「新世界より」は、1000年後の神栖市をモデルにした神栖66町が主な舞台になっており。周辺地域や筑波山も登場します。 春日部タケルさんによるライトノベルで、漫画「邪神ちゃんドロップキック」で知られるユキヲさんがイラストを担当した「俺の脳内選択肢が、学園ラブコメを全力で邪魔している」は、水戸市が主な舞台になっています。本作は漫画化、テレビアニメ化もされています。 アニメでは、女子高生同士のソフトな恋愛関係を描いたタチさんの4コマ漫画をアニメ化した「桜Trick」が、稲敷市にかつて存在した高校やその周辺を舞台のモデルにしています。つくば市に拠点を置くアニメ製作スタジオ「スタジオぷYUKAI」が製作し、無料で配信しているインターネットアニメ「あぐかる」は、コミカルなストーリーを通じて、茨城県の農産物や名所を宣伝する作品になっています。 戦車を用いた架空の武道「戦車道」をテーマにして、大洗女子学園に通う西住流戦車道の家元の娘、西住みほを主人公に、戦車道に青春をかける女子高生たちを描いたテレビアニメ「ガールズ&パンツァー」は、主な舞台は巨大船舶の上に存在する海上都市ですが、その母港が東茨城郡大洗町であり、大洗町の風景が忠実に再現され、実名で登場する施設なども描かれます。 本作のヒットにより、大洗町は本作とさまざまなタイアップ事業、イベントなどを行い、いわゆる「聖地巡礼」を行うファンたちによって高い経済効果がもたらされるなど、アニメと実在地域のコラボが高い効果を挙げた例としても広く知られています。

茨城県の市区町村別対応エリア

ア行

石岡市(イシオカシ)、潮来市(イタコシ)、稲敷郡阿見町(イナシキグンアミマチ)、稲敷郡河内町(イナシキグンカワチマチ)、稲敷郡美浦村(イナシキグンミホムラ)、稲敷市(イナシキシ)、牛久市(ウシクシ)、小美玉市(オミタマシ)

カ行

笠間市(カサマシ)、鹿嶋市(カシマシ)、かすみがうら市(カスミガウラシ)、神栖市(カミスシ)、北茨城市(キタイバラキシ)、北相馬郡利根町(キタソウマグントネマチ)、久慈郡大子町(クジグンダイゴマチ)、古河市(コガシ)

サ行

桜川市(サクラガワシ)、猿島郡五霞町(サシマグンゴカマチ)、猿島郡境町(サシマグンサカイマチ)、下妻市(シモツマシ)、常総市(ジョウソウシ)

タ行

高萩市(タカハギシ)、筑西市(チクセイシ)、つくば市(ツクバシ)、つくばみらい市(ツクバミライシ)、土浦市(ツチウラシ)、取手市(トリデシ)

ナ行

那珂郡東海村(ナカグントウカイムラ)、那珂市(ナカシ)、行方市(ナメガタシ)

ハ行

坂東市(バンドウシ)、東茨城郡茨城町(ヒガシイバラキグンイバラキマチ)、東茨城郡大洗町(ヒガシイバラキグンオオアライマチ)、東茨城郡城里町(ヒガシイバラキグンシロサトマチ)、常陸太田市(ヒタチオオタシ)、常陸大宮市(ヒタチオオミヤシ)、日立市(ヒタチシ)、ひたちなか市(ヒタチナカシ)、鉾田市(ホコタシ)

マ行

水戸市(ミトシ)、守谷市(モリヤシ)

ヤ行

結城郡八千代町(ユウキグンヤチヨマチ)、結城市(ユウキシ)

ラ行

龍ケ崎市(リュウガサキシ)

茨城県の施工事例

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アンテナ本体 型番

  • デザインアンテナsss

    型番:UAH201(最新モデル)
    (同軸ケーブル:白か黒の2色のうち、おすすめは外壁になじむ色)
    工事費込み 20,000円

    カラーバリエーションはオフホワイト、ライトブラウン、スーパーブラック、ブラックブラウンの4色から現場で選択することが可能です。同じUHF20素子相当のデザインアンテナを比較した場合、業界トップクラスの受信性能、高利得を誇る大手DXアンテナ社製。本体の厚みはわずか4.9cm、サイズは9cm×22cmで業界最小クラス。コンパクトサイズのため狭い屋根裏や天井裏などへの取り付けも最適。壁面に取り付けの場合は、極細のビスを6箇所打ち込んで金具を取り付け、金具にガチャンと本体をはめ込みボルトを締めるだけの簡単施工が可能なため建物へのダメージを極力軽減できます。ブースターが必要な場合はUAH201の背面にスッキリ取り付けられる構造になっており、表にブースターが露出しないので外観もキレイに保てます(弊社では電波状況が悪くない限り、なるべくブースターも屋内の、分配器の近くに隠してしております)。修理の場合、ブースター内蔵タイプのデザインアンテナとは異なり、ブースターだけの交換をできるメリットがあります。太陽光発電システムや片流れ屋根で屋根上に屋根馬を立てられず昔ながらの八木アンテナを設置できない住宅にも最適。耐風速(破戒風速)50m/sですが、屋内や外壁など、強風の影響を受けにくい取り付け位置と形状をしているため、災害にも強いアンテナとなっております。当店人気ナンバー1の地デジアンテナでございます。

  • 八木アンテナ

    型番:UA20(最新モデル)
    工事費込み 15,000円

    その昔、八木秀次博士が発明した形状(魚の骨のような形状)からマイナーチェンジを繰り返し洗練されたフォルムとなり、中・弱電界エリアにも対応可能な安心のDXアンテナ社製。UHF20素子アンテナの性能で、吹きさらしで障害物の少ない屋根上に設置することが多いため利得が高くなっております。万が一、壁面や屋内でデザインアンテナを取り付けられない物件 にも最適。従来の鉄製の太いワイヤーとは異なり、ステンレス製の丈夫で錆びにくいワイヤー(支線)を採用。アンテナマストから屋根の四隅に向けて4本の支線を張り巡らせ、さらに張り巡らせた支線の途中からも屋根馬に向けて4本の支線をバランスよく張り、合計8本の支線で頑丈に設置しております。サイズは51.8cm×34cm×101.4cmとなっており、VHF(アナログアンテナ)と比較して、大幅なサイズダウンと軽量化がなされています。しかも耐風速(破壊風速)50m/s。地デジ放送が始まる前の時代より、屋根上に設置するアンテナは災害に強くなっていると言えるでしょう。当店で人気ナンバー2の地デジアンテナでございます。

  • 2K4K8K対応 BS/CS110度アンテナ

    型番:BC45AS(最新モデル)
    工事費込み 15,000円

    2018年12月1日以降、実用放送開始予定の4K8K衛星放送(NHKのみ4K&8Kを同時配信)に備えてオールマイティーなDXアンテナ社製のBC453をBS放送、CS放送をご覧になりたいすべての方へ提供しております(大規模な集合住宅は例外)。従来の2K専用BS/CS110 度アンテナと同じでサイズで円盤の直径は45センチ。そうでありながら、電送周波数の帯域が広いため、従来のフルハイビジョン(2K放送・約200万画素)からスーパーハイビジョン(4K放送・約800万画素/8K放送・約3,300万画素)まで受信可能です。「大は小を兼ねる」と言えます。2020年のオリンピックに向けて4K8Kの実用放送がますます拡充されるということが総務省より発表され、各メーカーの4K8Kテレビは増産がはじまり、その価格も落ち着いてきました。そのような状況のなか、あさひアンテナにも2K4K8K対応BS/CS110度アンテナの問合せが数多く寄せられております。最新式のアンテナでも、大量仕入れでコストをおさえて仕入れておりますので、低価格を実現できました。