那須烏山市でテレビアンテナ工事をお考えの方へ

あさひアンテナでは那須烏山市での工事実績多数。
那須烏山市でアンテナ工事でお困りの方はお任せ下さい。

当あさひアンテナでは栃木県那須烏山市はじめ、県内全域での地デジ、BS/CSなど各種アンテナ設置工事について、豊富な経験と実績がございます。那須烏山市にお住まいで、地デジその他アンテナの新規設置、また修理や交換などをお考えの方は、まずはご相談だけでも当あさひアンテナへ、お電話やメールでお気軽にお問い合わせください。 栃木県那須烏山市(なすからすやまし)は、県の東端部、中央やや北寄りに位置する市です。市の総面積は174.35平方キロメートル。2021年(令和3年)6月1日時点での住宅基本台帳における市の総人口は25,345人。うち男性が12,686人、女性が12,659人になります。また市内にはおよそ10,458世帯が暮らしています。那須烏山市は、山地と渓流に恵まれた自然豊かな市であり、国の重要無形民俗文化財である「山あげ行事」でもよく知られています。 東京都隅田区にある東京スカイツリーから那須烏山市までは、およそ102キロから117.5キロの距離になります。スカイツリーからの地デジ電波はまったく受信できない地域になりますが、市域内では烏山向田中継局、馬頭中継局、矢板中継局その他の地デジ電波を市域の各地で受信できます。しかし市域内でも地デジ電波を受信できない地域もある他、受信可能な地域でも現場の環境によっては、地デジ受信に関してさまざまな条件や制約が生じるケースもございます。 当あさひアンテナでは、那須烏山市全域での地デジその他、各種アンテナ設置工事に対応しております。弊社には那須烏山市はじめ栃木県内全域での作業経験が豊富で、地域ごとの地デジ電波の特性を把握し、現場に合わせた最適なアンテナ設置工事をご提案できる腕のいい専門の職人が揃っております。那須烏山市にて地デジ、CS/BSなど各種アンテナ工事をお求めのお客様は、確実な地デジ受信と、丈夫で長持ちするアンテナの設置をお約束する、当あさひアンテナのフリーダイヤル(0120-540-527)か、ホームページからのお問い合わせフォーム(https//asahi-antenna.jp/contact)へとご連絡ください。 「2021年現在の新型コロナウィルス流行に関しまして」 このたびの新型コロナウイルス流行に際しまして、弊社では現場に出向く職人はもちろん、全従業員にマスクと除菌スプレーを配布し、作業車や作業着などの除菌を頻繁かつ丁寧に行う他、こまめなうがい、手洗いなども徹底し、従業員自身の身を守ると同時に、お客様にご迷惑をおかけしないよう最大限の配慮を行っております。また従業員には業務よりも体調管理を優先し、体調に異変がある場合は、安全が確認できるまで休むよう指導しております。現場でのお客様への対応についても、万が一のリスクを避け、お客様の安全に万全を期するため、失礼ながら基本的にマスクを装着したままでご対応させていただいております。申し訳ありませんが、なにとぞご了承ください。

那須烏山市の方でアンテナ工事に関するよくある質問

Q

那須烏山市に適した地デジアンテナの機種はどのようなものですか?

A

現在、ご家庭で用いられる主な地デジアンテナの機種は、八木式アンテナとデザインアンテナになります。
八木式アンテナは屋根の上などによく見られる、魚の骨のような形状の地デジアンテナです。日本ではテレビ放送の黎明期から使われている昔ながらのアンテナで、素材や耐久力などは時代につれて進化し続けていますが、基本設計は開発当時から変わっていません。それほど設計の完成度が高く、現在でも地デジ電波の高い受信能力を誇る機種です。ただ基本的に屋外に設置される八木式アンテナは風雨など自然環境の影響を受けやすく、歳月につれて確実に老朽化が進行する弱点もございます。現在の八木式アンテナの寿命は平均10年程度ですが、この年数は海沿いや豪雪地帯など、設置現場の環境によっても大きく変わってきます。
デザインアンテナは家屋の外壁などに設置する、平面で軽量薄型の地デジアンテナです。家屋の外観を損なわない、自然環境の影響を受けにくく経年劣化を軽減できる、修理やメンテナンスも簡単など多くのメリットがあり、現在では人気ナンバーワンの地デジアンテナになります。また現在のデザインアンテナは基本モデルが20素子相当であり、八木式アンテナと比べても受信性能にほとんど差はございません。ただデザインアンテナは八木式アンテナよりも設置位置が低い分、受信感度もやや低くなる傾向がございます。またアンテナ本体価格や設置工事費も、八木式アンテナに比べるとやや割高になります。
那須烏山市は栃木県の東端部、やや北寄りに位置する市です。市域の多くは山地にあたり、中央部より東寄りを南北に流れる那珂川沿いの平地や、那珂川から北西方向に延びる支流の荒川や江川沿いの平地に、市街地、住宅地などが広がっています。
那須烏山市から東京スカイツリーまではおよそ113キロ弱から131キロ強の距離であり、スカイツリーからの地デジ電波はまったく受信できない地域にあたります。
那須烏山市内では、どれもNHK宇都宮、広域民放、そして栃木県の地方局、とちぎテレビ(とちテレ、GYT)を送信する中継局として、市の東側に隣接する那須郡那珂川町に位置する馬頭中継局の地デジ電波が、市域の那珂川の周辺一帯で受信できる他、市域の那珂川沿い、南端近くに位置する烏山向田中継局の地デジ電波も、中継局から那珂川沿いと、さらにほぼ荒川、江川沿いに延びる地域で受信可能です。
また矢板市に位置する矢板中継局の地デジ電波は市域の北西側および西側の一部で受信できます。さらに市域の那珂川より西側、前述した中継局の地デジ電波が届かない地域では、市域南部中央の烏山神永中継局、南西端の鴻野山中継局、西端部の喜連川中継局、北西端の南那須志鳥中継局など、市内外にその周辺地域で地デジ電波を受信できる中継局が存在します。
総じて那須烏山市では、主な市街地である那珂川沿いの大半の地域と、その西側の一帯の多くで地デジ電波を受信できます。ただ西側でも地デジ電波が届かない地域も存在する他、那珂川沿いより東側、山地にあたる地域では地デジ電波がほぼ受信できません。
また基本的に市内では八木式アンテナ、デザインアンテナのどちらも使用可能ですが、市内では各地の中継局の地デジ電波が入り混じっていることや、地デジ受信できる地域が限られること、また山地や丘陵地が多く地形が複雑になることにより、現場によっては、より高所に設置できる八木式アンテナの方が地デジ受信に有利となるなど、現場ごとにもっとも適切な地デジアンテナの機種や設置位置、アンテナの方向な、さまざまな条件や制約が生じるケースも考えられます。
当あさひアンテナでは、八木式アンテナ、デザインアンテナとも、国産DXアンテナ社製の最新モデルをご用意し、八木式アンテナは軽量で耐水性と対風速性が高く、長寿命が望める機種を用い、アンテナ本体価格を含む基本工事価格15000円からで設置をお引き受けしております。
デザインアンテナは20素子相当、業界最小クラスの厚さ4.9cm、大きさ9cm×22cmの超薄型モデルをご用意し、アンテナ本体価格を含む基本工事価格20000円からで設置をお引き受けいたします。さらにこれら標準機種で受信が安定しない場合は、別途に高性能アンテナや、アンテナブースター、アッテネーター設置の用意もございますので、どのような現場にも対応可能です。
弊社では地デジアンテナの設置に際し、高性能の電波測定器による現場調査を実施しており、現場においてもっとも適切なアンテナの種類や設置位置など、できる限りお客様のご要望に応じた方法をご提案いたします。もしご希望の条件でどうしても受信に問題が出る場合は、弊社の豊富な工事経験に基づき、できるだけご要望に近い代案をご提示いたします。
また弊社ではアンテナ設置のご相談および、ご自宅を訪問しての地デジ電波調査、アンテナ設置工事費のお見積もりまですべて無料で行っております。弊社のアンテナ職人は豊富な経験と高度な技術を駆使して、現場の電波状態から、もっともリーズナブルでありながら、自然環境の影響を受けにくく、故障のリスクを避けアンテナの長寿命が望めるなど、お客様にとって総合的にもっともお得となる設置方法をご提案いたしております。
那須烏山市において地デジアンテナの新規設置や交換をお考えの方は、電波状態の確認やお見積りから、アンテナ機種のご希望、その他のご相談も含め、当あさひアンテナのフリーダイヤル(0120-540-527)へと、どうぞお気軽にお問い合わせください。

Q

那須烏山市で地デジアンテナを設置できるのは屋根の上や壁面だけですか?

A

一般的に八木式アンテナは屋根の上、デザインアンテナは外壁に設置するというイメージがございます。しかし現在ではアンテナの性能向上や施工技術の進歩によって、確実な受信性能を維持しつつ、外観の重視や、アンテナの故障、経年劣化などを抑えるため、家屋のさまざまな位置に設置する工法もございます。
八木式アンテナやBS/CS110度アンテナでは、例えば壁面やベランダの外、内側など風雨を受けにくい位置に設置することで、アンテナ本体への負担を軽減する工法がございます。ベランダ内側への設置では空間を少し消費いたしますが、その分、経年劣化や故障のリスクを抑えられ、メンテナンスも簡単になります。ただどちらのアンテナも電波の方向に向けることが必須のため、ご自宅の位置や角度などの条件により、アンテナを設置できる場所に制約が生じます。その点はどうかご承知おきください。
那須烏山市は市域の多くが山地にあたり、冬場は降雪もあり、積雪になることもございます。このような地域で特に八木式アンテナをお使いの場合、アンテナへの積雪によりダメージが蓄積し、故障や寿命低下を招く雪害も起こりえます。
他にも海に近く潮風の影響を受けやすい地域では、潮風によって通常より八木式アンテナの錆びが進行し、アンテナの寿命低下や故障の原因となる塩害が起こりえます。台風や強風の多い地域では、やはり風雨によるダメージの蓄積などもあり、現場の自然環境によって、八木式アンテナにさまざまな影響が発生するケースが考えられます。
対策として、雪害では通常より取付金具の強度(耐荷重)が高く、表面に雪が付着しにくい加工がなされた雪害対策用のアンテナを用いる。塩害ではアンテナ本体や固定具、ケーブルなども含めて錆びに強い抗錆び、対塩害仕様のものを使用するなどの方法がございます。さらにアンテナや接続部全体を覆う「レドーム」と呼ばれるカバーを装着することで、雪害、塩害をはじめ、さまざまな自然環境や経年劣化への対策に高い効果が得られます。
弊社の職人は、通常のアンテナ設置においても、高い技術を用いてアンテナケーブルや各部に防水テープを隙間なく巻きつけ、接続部からの浸水や塩分による腐食を阻止する緻密な施工を行っており、潮風や強風、積雪などの影響を受けやすい地域でも、通常の八木式アンテナと代わらない強度と寿命をお約束いたします。山地などで地デジ受信のため、より高所にアンテナを設置する必要のある現場では、ポールの先端に各種アンテナを設置することで受信感度を高めるなどの工法もございます。
これら各種工法において特別な技術や別途機材を用いる場合は、相応の追加工費が必要となりますが、通常の設置とほとんど変わらない場合は、八木式アンテナ、BS/CS110度アンテナとも基本工事費用の15000円からでお引き受けしております。
壁面に設置するデザインアンテナは、基本的に風雨など自然環境への抵抗力が高くなっておりますが、弊社では基本設置工事で、壁に取り付ける際のネジ穴に防水用シリコンを埋め込み、穴からの浸水などによる腐食を防止する施工を行っております。
またデザインアンテナでは、ご自宅の外観にまったく影響を与えず、降雪や潮風など自然環境の影響も受けず、経年劣化も最小限に抑える工法として、屋根裏(天井裏)の空間に設置する工法もございます。弊社では屋根裏にデザインアンテナを設置する工事も、追加工費不要の基本工事価格20000円でお引き受けいたします。また屋根裏へのアンテナ設置も、弊社のモットー「見えないところも綺麗に」に基づき、見栄えのいい施工を実施しております。このモットーには、配線などを整理したシンプルで無駄のない施工によって、故障のリスクを軽減し、メンテナンスも簡単になるというメリットもございます。
ただ屋根裏へのデザインアンテナ設置は、屋根という外壁を隔てるため、どうしても屋外よりは電波状態が低下します。特に那須烏山市は、地デジ受信が可能な地域が限られ、また多くの中継局の地デジ電波が入り混じること、地形が複雑になることなどの要因で、各現場での地デジ受信についてもさまざまな条件が発生することがございます。
そのため現場周辺の地形や電波状態などの環境から、ご自宅の屋根裏空間の形状、断熱材の素材など、条件によっては地デジ電波が受信できず設置不可能なケースや、別料金で高性能アンテナやアンテナブースターの設置が必要となるケースもございます。その点は何とぞご了承ください。

Q

自宅で購入した地デジアンテナの設置のみをお願いできますか?

A

当あさひアンテナでは、地デジアンテナ設置その他、あらゆる工事においてお客様のご要望を最優先にする施工を心がけております。もちろんお客様が他店でご購入された各種アンテナの設置にもご対応いたします。
令和になって以降も、大規模な水害や地震などによる被害が、日本各地で何度も発生しております。遺憾ながらこの日本列島においては、規模の大小はあれ、突然の災害によって、家屋に思いがけない被害が生じる可能性は常にございます。
ただ残念ながらアンテナ工事業者にもそのような災害などに乗じ、公式サイトや流しの営業による説明では格安を謳いながら、アンテナ本体を別料金に設定し、安価で品質の低い地デジアンテナに高値をつける、またお客様に無断で不必要な機材や追加工事を加算するといった手口で、不当な高額料金を請求する悪質な業者も存在します。お客様におかれましても、設置工費は安価に思えても、使用するアンテナ機種、型番や、工事ごとの料金体系などが不明瞭な業者にはご注意いただきたく思います。
当あさひアンテナでは、まずお客様に信頼していただけるよう、弊社サイトにて基本設置工事費、各オプション工事ごとの料金体系をすべて明示し、ご提供する地デジおよびBS/CS110度アンテナの機種や型番も明記しております。もちろんお客様へのご相談なく、独断で追加機材や工事を加算することも決してございません。
弊社の地デジアンテナは前述の通り、八木式アンテナ、デザインアンテナとも、国産一流メーカーのDXアンテナ社製、高性能最新モデルをご用意し、アンテナ本体価格を含む標準工事費でご提供しております。アンテナ本体込みの標準工事費は、八木式アンテナで15000円、デザインアンテナは20000円からになっております。またCS/BS110度アンテナも、同社製2K4K8K対応型の最新モデルを用い、アンテナ本体価格込み標準設置費15000円からでお引き受けしております。
弊社では常に業界最安値に挑んでおりますが、もし他業者でより安い見積もりが出た場合は、その見積書をメールなどでご提示ください。まったく同じ工事内容で、さらに安くお見積もりいたします。もちろん値下げしてもアンテナ本体や部材の品質を落とすことは決してございません。弊社が国産高性能アンテナを、設置工事費込みの業界最安値でご提供できる秘密は、大量仕入れを前提にメーカーと直接交渉しての部材コスト削減。他業種と提携しての広告費削減。完全自社施工による中間マージン削減。弊社と直接契約した専門の職人が効率的に担当区域を動くことによる人件費削減などで総合的なコストカットに努める、業者だからこそ可能な企業努力にございます。
また弊社では地デジアンテナ設置に際し、高性能の電波測定器を用いて各現場の電波状態を確認することで。電波強度や経年劣化の阻止、外観性などあらゆる条件を織り込み、もっとも有利となるアンテナ機種と設置方法をご提案いたしております。
また地デジ受信の確実性や、受信したい放送局などの条件によっては、ケーブルテレビをご利用されるという選択肢もございます。当あさひアンテナでは、地デジアンテナの設置にこだわらず、お客様のご要望を最優先に、もっとも確実かつリーズナブルな方法をご提案いたします。
那須烏山市は栃木県の東端部、やや北よりに位置し、市域の多くが山地にあたる市です。市内では、どれもNHK宇都宮、広域民放、そして栃木県の地方局、とちぎテレビ(とちテレ、GYT)を送信する中継局として、市の東側にある馬頭中継局の地デジ電波が那珂川の周辺一帯で、那珂川沿いの南端近くに位置する烏山向田中継局の地デジ電波は那珂川沿いと、荒川、江川沿いに延びる地域で受信できます。
また矢板中継局の地デジ電波が市域の北西側および西側の一部で受信できる他、市域の内外に設置された烏山神永中継局、鴻野山中継局、喜連川中継局、南那須志鳥中継局の地デジ電波を、その周辺地域で受信できます。
那須烏山市内では那珂川沿いより西側の多くの地域で地デジ電波を受信できることになりますが、市域内は山地が多く地形が複雑になり、西側でも地デジ電波が受信できない地域もある他、多くの中継局の地デジ電波が入り混じることもあり、那須烏山市内でも現場ごとに地デジ受信の条件がさまざまに異なってまいります。
そのため那須烏山市内の地デジアンテナ設置に関しましては、アンテナ工事専門の職人が現場ごとの環境、電波状態などを確認し、お客様のご要望に沿った確実な地デジ電波受信のため、もっとも適切なアンテナの機種や工法、設置の位置や方向などの判断が必要となります。
したがってお客様がご自身で購入された地デジアンテナでは、弊社の同タイプ国産アンテナより品質や性能が低い、現場の電波状態や設置位置、受信したい中継局に不向きなどの理由で、現場やご要望に応じた十分な地デジ受信性能を得られないことや、ご希望のテレビ局の電波を受信できないことも考えられます。
またたとえアンテナ本体価格は安価でも、本体価格と設置費用の総額が、弊社のアンテナ価格込み設置工事費より割高になることも十分に考えられます。
弊社ではアンテナ設置のご相談および、ご自宅を訪問して、現場でもっとも適切となる地デジ電波の調査、アンテナ設置工事費のお見積もりまですべて無料で行っております。
那須烏山市にて新しい地デジアンテナの設置や交換をお考えのお客様は、ご自身でアンテナを購入される前に、まずは弊社のフリーダイヤル(0120-540-527)へ、設置なさりたいアンテナ機種や視聴なさりたいテレビ局、また工事費用の目安など、ご納得いただけるまで、どのようなことでもご相談いただければ幸いです。

那須烏山市にお住まいで画面にE201、E202、E203の文字が出ている方

テレビ画面に"E201、E202、E203"と表示され番組が視聴できない

アンテナトラブルの形式として、突然、ご自宅のテレビで地デジのテレビ番組がまったく映らなくなり、画面に「e201」「e202」「e203」などの記号が表示されることがございます。これはテレビやアンテナにトラブルが発生し、テレビが自己診断機能を働かせてエラーコードで原因を示している状態です。最近のテレビはコードと同時にトラブルの原因を文章で表示するものもありますが、電波受信に関するトラブルの場合は、主に前述の三種類のコードが表示されます。なおエラーコードの種類は、トラブルの原因によって他にも数々のものがございます。

「e201」は、テレビ本体に届く電波のレベルが低下しているというエラーコードです。これは主にBS、CS放送で、豪雨や大雪など、悪天候の場合に表示されることが多くなります。BS、CS放送は衛星放送のため、悪天候では、波の乱反射によって電波状態が悪化するという弱点がございます。BSでは悪天候の際に電波を切り替え、画質、音質を落とすことで受信できるようにした「降雨対応放送」に切り替わる場合もあります。悪天候による受信不良は、天候の回復と同時に自然と復旧いたします。地デジ放送では、このコードが表示されることは少ないのですが、周辺の電波状態の悪化やアンテナ機器のトラブルなどにより、ときに表示されることもございます。
「e202」は、テレビ本体ににまったく電波が届いていないというエラーコードです。原因は大風や地震などによるアンテナ角度のずれや倒れるといったトラブル。またアンテナ本体、アンテナ線、ブースター(増幅器)、分配器など、どこかに故障が発生したことも考えられます。また単純にテレビとアンテナ線との接触不良という場合もありますので、このコードが表示されたときは、まずテレビやレコーダーなどの機器と、アンテナ線との接続部分をチェックしてください。
「e203」は、該当する放送局が放送休止しているというエラーコードです。基本的に放送局が、メンテナンスやトラブルなどによって放送を休止していることから発生する不具合です。このコードが表示されたときは、その他のチャンネルを確認して、正しく映っているなら放送局側に原因があると判断できます。ただアンテナ関係の故障でも、このコードが表示される場合がありますのでご注意ください。
これらのエラーコードが表示されたときは、ブロックノイズの際と同じく、まずテレビのリセットや、テレビとアンテナ線の接続部を確認するなどしてください。それでも回復しない場合は、アンテナ関係にトラブルが起こっていると考えられます。
その場合も、やはり当あさひアンテナのフリーダイヤル(0120-540-527)にご相談ください。まずお電話口にて、コードの種類やご自宅のアンテナ環境などとお伺いして、ご自宅で可能な対策をご説明いたします。もしお電話で問題が解決しないときは、ご用命いただければ、弊社の職人が最短即日でご自宅へ出向き、現場調査で原因を特定いたします。
当あさひアンテナでは、どのようなご相談であっても、出張費、見積もり費、キャンセル費はすべて無料で対応させていただきます。またトラブルの原因を特定した後は、弊社の職人からお客様に、修理に必要な工事のご説明と見積もり価格を提示いたします。その内容にお客様が納得され、正式にご契約なされた時点ではじめて工事にかからせていただきます。それまでは決して無断で工事を進めることはなく、料金も一切発生いたしません。
さらにアンテナ工事後の保証など、アフターフォローの体制も万全のものを用意してございます。テレビ映りに不具合が発生して、エラーコードからアンテナトラブルだと思われる場合は、まずは当あさひアンテナのフリーダイヤル(0120-540-527)へとお気軽にお電話ください。

那須烏山市についてもっと知りたい
これからお引越しを考えている方

那須烏山市てどんなところ??

那須烏山市は、栃木県の中東部で、県境に接する東端部に位置しています。市域は八溝山地(やみぞさんち)の西麓、塩那丘陵(えんなきゅうりょう)の南端、那珂川(なかがわ)の中流域にあたります。町の中央部、やや東寄りを南北に那珂川が流れており、その支流である荒川と江川が市域の北西方向から流れ、那珂川の付近で合流し、市域の南端近くで那珂川に注ぎます。他にも市域には那珂川の支流に大沢川、市域の東部には木須川、小木須川、西部には小貝川、大川、江川支流の岩川などが流れています。
那珂川の周囲は平地になっており、西側の河岸段丘に旧烏山町の市街地が存在します。また丘陵を縫うように流れる荒川や江川沿いの地帯に南那須市街地、烏山市街地が形成されています。那珂川から東部は山間地帯であり、那珂川県立自然公園に属する山間地と細かな河川により成り立っています。
那須烏山市の気候は典型的な太平洋側気候になります。海から離れた内陸部であるため、日較差、年較差が比較的、大きくなり、内陸性気候の特徴が見られます。冬場はからっ風が吹き降水量が少なく乾燥しており、12月から2月の降水量は、平年値1,300mm程度である年間降水量の1割にもいたりません。日中の最低気温は氷点下に達し、特に好天の朝は放射冷却の影響を強く受けて、マイナス5度以下になることもありますが、日中は最高気温が10度前後に達して、寒い日でも5度程度まで上がります。春から夏、秋季にかけては降水量が多くなって湿度が増し、特に5月から10月の降水量は年間降水量の7割から8割に達します。総じて年間平均気温は13度前後で、寒暖の差は大きいのですが、全体的には温暖で生活しやすい地域といえます。またケッペンの気候区分では温暖湿潤気候に区分されます。
現在の那須烏山市の市域では、鎌倉時代の1213年(建暦3年)から1218年(建保6年)に、那須十郎が越前国(現在の福井県)から紙漉き職人を招き、厚手の和紙である程村紙(ほどむらし)を創製しています。当時の地名に由来する程村紙は烏山和紙ともいい、現在では国選択の無形文化財であり、地元学校の卒業証書などには透かし入りの程村紙が使用されています。
室町時代の1418年(応永25年)には、那須資重(なすすけしげ、沢村五郎資重)が烏山城を築城。実質的な町のはじまりとなります。戦国時代の1560年(永禄3年)には領内に疫病が流行し、当時の烏山城主、那須資胤(なすすけたね)が八雲神社に病魔退散を祈願し、現在の「山あげ祭」のはじまりとなります。
安土桃山時代の1590年(天正19年)には、成田氏長(なりたうじなが)が2万石で当地に入封し、烏山藩が立藩しますが、以後、江戸時代にかけて領主は何度も替わってゆくことになります。江戸時代中期の1725年(享保10年)10月に、大久保常春(おおくぼつねはる)が烏山藩に3万石で入封して以降、1869年(明治2年)の版籍奉還まで8代続きます。
1836年(天保7年)には、烏山藩の借財は34,000両あまりになり、翌1837年(天保8年)には、烏山藩は二宮金次郎として知られる二宮尊徳(にのみやそんとく)を招聘します。当時の尊徳は、財政再建を指導する仕法(しほう)家として知られており、天性寺の境内にお救い小屋が設置され、およそ1万人以上が救済されたものの、烏山藩の復興はうまくいかなかったといいます。
明治維新後、今日の那須烏山市が成立するにいたる歴史は、1889年(明治22年)4月1日の町村制施行に伴い、那須郡に烏山町と向田村(むかだむら)、境村(さかいむら)、七合村(ななごうむら)。また荒川村(あらかわむら)、下江川村(しもえがわむら)が発足します。
1954年(昭和29年)3月31日には烏山町と境村、向田村、七合村が合併し、新たな烏山町となります。
また同年6月1日には下江川村と荒川村が合併して南那須村(みなみなすむら)となります。1971年(昭和46年)9月1日に南那須村が町制を施行して南那須町となり、1997年(平成9年)12月1日には塩谷郡氏家町と境界変更を行っています。
そして2005年(平成17年)10月1日に、那須郡の烏山町と南那須町が新設合併を行い、那須烏山市が発足します。その後、2012年(平成24年)8月1日には、さくら市と境界変更を行っています。
市名は郡名と地名の組み合わせになりますが、地名「烏山」の由来には諸説あります。
ひとつは室町時代の応永年間、沢村(那須)五郎資重が、那珂川の東側にあった稲積城(いなづみじょう)から城を移築する際、当初は那珂川の東側の山への築城を考えていました。しかしそのとき一羽のカラス(烏)が飛来し、金の幣束(へいそく)をくわえて那珂川の西側でもっとも高い山の頂上に幣束を落としたことから、資重は「烏は熊野権現の使いという。権現様のお告げではないか」と考え、その山に城を築き、烏山城と呼ぶようになったとの伝説があります。烏山という地名もここから生まれたといわれます。
一方、江戸時代の前半、那須氏の歴史について書かれた「那須記」では、烏山は烏山城に由来する地名とされています。もともと、この地は8世紀末から「坂主」「酒主」と書かれてきました。また那珂川沿岸の丘陵には群鳥が棲む草むらがあり「烏山」と呼ばれており、そこへ築城した資重が烏山城と名付け、地名も烏山としたといわれます。
他にも読みからの推察では「川原(カワラ)」「洲(ス)」「山(ヤマ)」から転訛したとの説もあります。
また旧町が属していた那須郡の「郡」ですが、これは明治以降においては複数の町村を編成した行政企画であり、市や町と同じく郡役所や郡長の役職などが置かれたものです。この制度は戦後の地方自治法で改正され、現在では郡に住所表記や広域連合、選挙区の区画割りなどの他に大きな意味はなくなっています。また区や市は郡に属さないため、那須烏山市のように合併や市制施行によって村や町が市になると、属していた郡から外れます。現在、栃木県内で那須郡に属しているのは、那珂川町と那須町の2町のみです。
現在の那須烏山市は、人口は約3万人、栃木県東部地域の政治、経済、行政の拠点都市になっています。関東地方では千葉県勝浦市についで人口が少ない市です。また総面積の174.35平方キロメートルは、県内の市町村では12番目の広さで、県全体の面積の2.7パーセントにあたります。県庁所在地である県都、宇都宮市からは北東方向へおよそ30キロから35キロ、電車ではで約1時間の位置にあり、宇都宮都市圏に属しています。
市内の産業では、農業は、稲作と養豚、乳用牛、肉用牛などの畜産が主ですが、全体的な産出額は減少傾向にあります。近年では首都圏農業が推進され、トマト、イチゴ(苺)、ナシ(梨)などの園芸、観光農園や直売所などが盛んです。林業では烏山地区を中心に、スギ(杉)やヒノキ(檜)の植林地が多く、地元産の木材である八溝材生産の拠点であると同時に、シイタケ(椎茸)やワサビ(山葵)など特用林産物の生産も盛んになっています。一方、農林業とも、担い手の減少や従事者の高齢化などで、その環境は厳しさを増している面もあります。
市内の名産品には「中山かぼちゃ」があります。これは戦後、北海道の開拓者が生産していたものが、現在の市域に伝わったもので、栽培が難しく土地を選ぶために生産量が限定されていますが、上品な甘さと食感に特徴があるカボチャ(南瓜)です。
工業では古くより、前述の烏山和紙などの伝統工業が存在しました。また戦後の高度経済成長や工業化の進展により、市内には富士見台工業団地や烏山東工業団地が造成され、県内外からの企業を誘致し、機械や電気工業などの割合が高まりました。しかし近年は、産業の空洞化などにより、工業を取り巻く環境は厳しい状況になっています。一方で近接する宇都宮テクノポリスセンター地区に「とちぎ産業創造プラザ」が整備され、産学官連携による新事業創出に向けた動きも見られます。
商業やサービス業については、歴史的には栃木県東部の経済的な中心地でしたが、近年では個人消費の低迷や交通網の整備により、宇都宮市やさくら市、塩谷郡高根沢町などに購買層が流出し、小売店舗の数や商品販売額は減少傾向にあります。そのため商店街の活性化が課題となっています。
ただ観光関連業に関しては、那珂川県立自然公園をはじめ、日本の原風景ともいえる豊かな自然景観や那珂川、荒川。また温泉や歴史伝承施設、農業体験施設、農産物直売所など。他にも国指定の重要無形民俗文化財「山あげ行事」などの豊富な観光資源を有しており、十分な発展の可能性を有しています。
市内の観光名所などには、白壁の武家屋敷風の建物で、市内最大の名物である「山あげ行事」をミニチュアや展示、映像やロボットの講釈などで紹介する「山あげ会館」。1978年(昭和53年)に高瀬地区で発見された化石「大金くじら」をモチーフにした建物で、休憩・観光案内の他、農産物の販売所や、地域交流室などもある「大金駅前観光交流施設」。新鮮な乳製品なども味わえる「こぶしが丘牧場」。また温泉施設には大金温泉、寿乃湯などがあります。
史跡では前述の那須資重の居城、烏山城跡があります。現在では栃木県立自然公園となっており、石垣や土塁などが良好な形で現存しています。また搦手門である神長門が移築されて現存しています。烏山城は川口松太郎さんの小説で、映画化、テレビ時代劇化もされた「蛇姫様」の舞台にもなっています。登場人物の「蛇姫」は、大久保忠胤の四女「於志賀の方」がモデルです。
市内の寺には、龍門の滝の入口に位置し、848年(嘉祥元年)に慈覚大師により開基され、前述の蛇姫の墓所がある太平寺。織田信長の位牌、那須家六代の墓がある天性寺。勅額の門がある泉渓寺などがあります。
自然の名所には、那珂川の支流、江川にかかる幅65メートル、落差20メートルの滝、龍門の滝(りゅうもんのたき)があります。この滝はサクラ(桜)や紅葉の名所でもあり、名前の由来は、滝の中ほどに「女釜」「男釜」という2つの甌穴(おうけつ)があり、そこに大蛇が住んでいたという言い伝えに由来します。龍門の滝の入り口には「龍門ふるさと民芸館」があり、龍門カフェなどが併設されている他、手を合わせるとハイテク龍が目を覚ます賽銭箱などのギミックも楽しめます。
また市内では各地で「やな」が楽しめます。やなとは、川の中に足場を組み、木や竹で簀の子状の台を作った「梁(やな)」という構造物を設置し、上流から泳いできた魚がかかるのを待つ「梁漁(やなりょう)」を売り物にした食事処です。観光やなともいい、市内には那珂川・矢沢のやな、ひのきやのやな、荒川・一ツ石観光やな、森田城やななどがあり、観光客自身が漁や料理を楽しめます。
市内の祭礼といえば、第一に前述の「山あげ祭」(山あげ行事)があげられます。山あげ祭とは、前述のように室町時代、領主の那須資胤が牛頭天王に疫病退散を祈願した際に行われた奉納の相撲や神楽獅子が起源です。
現在では八雲神社例大祭の奉納行事で、7月第4週の金、土、日曜日、市街地に仮設の舞台を作って歌舞伎を行う祭りとして知られています。幅7メートル、高さ10メートル以上、奥行き100メートルの山と舞台装置一式をすべて手作りで組み立てて、所作狂言(歌舞伎)や神楽などの余興を奉納して解体、移動を一日6回程度、3日間に渡って繰り返し、町中を巡行するというもので、その移動総延長は20キロにも及びます。
元来の「山あげ行事」は、その名前の通り、主体は網代に和紙を貼った高さ十数メートルの「山」をあげる(立てる)行事です。起源は江戸中期、恵みが町の隅々まで行きわたるようにと土を盛って築山を作ったのがはじまりで、その大きさを競ううちに、当時は高級品だった特産の烏山和紙(程村紙)で山を作るようになったといわれています。山に「滝」が描かれるのはその名残で、町の全域を潤すという意味がこめられています。さらにその後、山を背景に東京や宇都宮、笠間、常陸大宮などから一座を招いて余興が催されるようになりました。昭和50年代には、保存会を設けて地域住民が所作狂言(歌舞伎)を演じるようになり、現在にいたっています。
現在では、「烏山の山あげ行事」として国の重要無形民俗文化財に指定されています。また2016年(平成28年)には、本行事を含む、日本各地の国の重要無形民俗文化財である祭礼行事33件が一括して「山・鉾・屋台行事」という名称で、ユネスコの無形文化遺産の代表一覧表に記載されました。他にも市内の祭りには、毎年8月に花火大会やさまざまな催しが行われる、大金いかんべ祭があります。

那須烏山市の場所

栃木県那須烏山市は、県の東端部、中央付近のやや北寄りに位置する市です。東西にやや長い市の北側を那須郡那珂川町に、北西側をさくら市に、南西側を塩谷郡高根沢町に、南側の西寄りを芳賀郡市貝町に、東寄りを同郡茂木町に面しています。また東側は茨木県常陸大宮市に接しています。
那須烏山市は、山地と那珂川、荒川などの渓流に恵まれた自然の豊かな市です。かつては栃木県東部の、特に経済的な中心地域でした。現在でも農林業、工業、商業などが行われているものの、やや衰退傾向も見られます。一方、国の重要無形民俗文化財で、ユネスコの無形文化遺産の代表一覧表にも記載されている「山あげ行事」で知られている他、烏山城跡や竜門の滝、那珂川県立自然公園に含まれる市域頭部の山間地と渓流、また点在する温泉など、歴史と文化、そして自然の景勝に恵まれており、観光地としての魅力が豊富な市でもあります。県都である宇都宮市までは鉄道で1時間弱、道路網も整備されており自動車でも出やすいなど、豊かな自然環境と文化、そして利便性を兼ね備えた、県内でも暮らしやすい市のひとつです。
那須烏山市の市章は、下部にふたつのグリーンのブーメラン型を配置して山を表し、その上から黄色い太陽が笑顔を見せて、上部から三つの光の点が出ている、童話の挿絵を思わせるものです。ふたつの山を表すブーメラン型は2羽のカラス(烏)であり、太陽で「自然」と「やさしい町」をデザイン化したものです。山とお日様のイメージは、恵まれた自然環境と、あたたかい人とのふれあいを。上部の3つの光は、それらの中で豊かな生活を営む知恵を表現しています。この市章は、新たな市が成立した2005年10月1日に制定されたものです。
那須烏山市の市歌は「那須烏山市民の歌~希望の光~」です。歌詞は公募により集まった60点の中から、市歌制定委員会の審査、検討により、滋賀県近江八幡市の南ます子さんの作品が最優秀賞に選ばれました。この南さんの作品を市歌制定委員会が一部補作し、荻野治子さんの作曲で完成して、2014年(平成26年)10月26日に制定されました。この市歌は、市のWEBサイトで聴くこともできます。
那須烏山市のキャッチフレーズは「五感で楽しむ那須烏山」です。これは市民や市内在勤、在学の人を対象に募集し、79点の作品の中から、烏山高校卒業生である八巻朋花さんの作品が最優秀賞に選ばれたものです。これは那珂川や荒川の清流が流れる緑豊かな自然や、約450年の歴史を持つ伝統行事、烏山の山あげ行事。また八溝そば、中山かぼちゃなどの食文化や、伝統工芸の烏山和紙など、見て、聞いて、食べて、触って、香りで楽しめる市の多彩な魅力をシンプルな言葉で表現したものといえます。
那須烏山市は、アメリカ合衆国ウィスコンシン州メノモニー市と1991年(平成3年)に姉妹都市を提携し、相互に中学生を派遣して、グローバルな人づくり、街づくりを進めています。
また友好都市では中華人民共和国青海省の畜牧獣医学会と協定書を締結し、学生相互訪問などで交流を深めています。
なお一般的に「姉妹都市」と「友好都市」には実質的な違いはありません。ただ欧米などの文化圏では主に「姉妹都市」の呼び名が用いられるのに対し、中国などの儒教文化圏では「姉妹」から上下関係が連想されることを避けて、主に「友好都市」の呼び名を使います。
日本国内では東京都豊島区と2004年(平成16年)11月に非常災害時相互応援協定を締結。埼玉県和光市とは1996年(平成8年)9月に災害時における相互応援協定を締結。青森県北津軽郡中泊町(旧中里町)とは、1996年から2003年(平成15年)まで中学生を対象とした交流事業を実施しました。
那須烏山市の木はケヤキ(欅)、市の花はコブシ(辛夷)、市の鳥はカラス(烏、鴉、鵶、雅)、市の魚はアユ(鮎)です。これらのシンボルは2007年(平成19年)10月1日に制定されています。
ケヤキはニレ科ケヤキ属の落葉高木で、ツキ(槻)の別名もあります。高さ20メートルから25メートルの、ホウキを逆さにしたような雄大で美しい巨木となり、中には40メートルを超える個体もあります。4月から5月にかけて淡い黄緑の小さな花が咲き、秋の紅葉もまた美しく、街路樹や庭木などによく見られる他、樹齢の長い巨木が国や地方自治体の天然記念物になっていることもあります。また昔は、一本のケヤキがさまざまな活用法で一家の生計を救うこともあった、貴重な木でもあります。ケヤキは那須烏山市が未来に向かって伸びる力、発展する力を表しているといえます。
コブシはモクレン科モクレン属の落葉広葉樹の高木です。2月から3月にかけての早春に他の花より早く白い花を梢の一面に咲かせ、馥郁たる香りを漂わせ「田打ち桜」の別名があります。花は6枚の花弁を持ち、花言葉は「友情、歓迎」です。蕾や樹皮は風邪薬や鼻炎の薬として用いられます。和名「コブシ」の由来は、開花の様子が子供の握り拳のように見える。つぼみの形を拳に見立てた。でこぼこした果実(集合果)の形を子供の握り拳に見立てたなど諸説あり、和名がそのまま英名、学名になっています。漢名は「日本辛夷」で、花のつぼみを乾燥させた生薬名が「辛夷」であることから、日本ではコブシにこの字を当てます。中国では「辛夷」は、ハクモクレン(白木蓮)またはモクレン(木蓮)を指し、コブシを指すのは誤りとされます。コブシの空へと向かう力強い樹形は、子供たちのすこやかな姿を願う市民の心を表しているともいえます。
カラスは鳥類カラス科の1グループ。カラス属、または近縁な数属を含みます。もっとも広義のカラスであるカラス科は、通常のカラスの他にカケス類、サンジャク類、オナガ類、カササギ類なども含みます。
カラスといえば日本では留鳥であるハシブトガラス(嘴太烏)、ハシボソガラス(嘴細烏)になります。他に渡り鳥では北海道にワタリガラス(渡鴉)、九州にミヤマガラス(深山烏、深山鴉)とコクマルガラス(黒丸鴉)が冬場に飛来します。カラスといえば全身が黒いイメージがありますが、実際にはコクマルガラスは白黒の二色、ホシガラスは暗褐色に白斑など、黒一色ではない種も存在します。
カラスは鳥類の中でもっとも知能が発達しているといわれ、都市部などでは木の実を道路において車にひかせて割り、食べるなどの行動も知られています。またある程度の社会性もあり、協力や鳴き声による意思の疎通なども行っていまする。遊びの行動をとることも観察されています。視力は4色型色覚で色を識別し、人間と同じRGB(赤、緑、青)に加えて紫外線も識別できます。
カラスはその外見や、自然界では死骸の肉を食すこと、また知能の高さが狡猾さとして悪や不吉、死の象徴とされる一方で、世界各地の神話や伝承では、太陽や神の使いとしてあがめられ、その知能から知恵や慧眼の象徴とされる面もあります。日本では古来、吉兆を示す鳥であり、神武天皇の東征の際には、3本足のカラス「八咫烏(やたがらす)」が松明を掲げ導いたという神話があります。また熊野三山の御使いでもあります。
カラスは市名および烏山城の由来であり、那須烏山市にもっともふさわしい鳥であり、さらに神や太陽の使い、知恵の象徴といった伝承から、未来に向かう限りない発展と平和を表す鳥ともいえます。
アユはキュウリウオ目に分類される、川や海などを回遊する、オリーブ色の背中と、銀白色で腹部をもつ美しい魚です。アユの名前の由来は、秋の産卵期に川を下ることから「アユル」(「落ちる」の意)という説や、神前に供える食物「饗(あえ)」から来た説など諸説あります。成魚は全長30センチに至りますが、地域差や個体差もあり、10センチほどで成魚となるものもあります。アユといえば天然アユを中心に、初夏の代表的な味覚として有名です。調理法としては独特の香りを味わえる塩焼きや、揚げ物がよく知られていますが、なれずしの「鮎寿司」や「柿の葉寿司」「笹寿司」なども有名です。特に那珂川や荒川のアユは天然遡上のものとして全国的に有名で、名魚の中の名魚と称されて、那須烏山市にもっともふさわしい魚です。
那須烏山市のイメージキャラクターは「ここなす姫」「やまどん」「からすまる」です。
ここなす姫は、市の鳥であるカラスをモチーフに、髪がカラスの顔になっていて、市の花であるコブシの髪飾りをつけ、山あげ祭を思わせる着物を着た、おてんばなお姫様です。
「からすまる」も、やはり山あげ祭と、城下町にいるカラスの侍をイメージしたキャラクターです。豊かな自然を表す緑の着物と、那珂川や荒川の清流を表す袴に、高く結い上げた髷がチャームポイントの、ここなす姫を守る、二枚目侍風の真面目な武士です。
「やまどん」もやはりカラスの侍で、丸い顔にコブシの花の髷と、市の魚、アユの鞘の刀を差して、青い空と緑の山、那珂川、荒川が描かれた着物に、足元は脚絆でかためています。やはりここなす姫を守る、とぼけた感じの、ちょっぴり不思議な武士です。
3人の名前を合わせると「ここなす、からす、やま(ここ那須烏山)」になります。
ここなす姫は市内の城跡で生まれた8歳のお姫様で、八ヶ代の辰街道を歩いていたところ、からすまるが姫に一目ぼれしました。意気投合した2人が那珂川沿いへ遊びに行き、やまどんと出会います。仲良くなった3人は、力を合わせて那須烏山のまちづくりに励んでいます。
また栃木県立烏山高等学校のゆるキャラには、上半身だけオレンジの学生服を着て帽子をかぶり、大きな鉛筆と本をもった丸っこいカラスの「からら」。またカラスをモチーフにしたヒーロー風の「カラスヤマン」がいます。

那須烏山市の鉄道路線

東日本旅客鉄道(JR東日本)
烏山線
・鴻野山駅
・大金駅
・小塙駅
・滝駅
・烏山駅

那須烏山市のバス路線
・那須烏山市営バス
・那珂川町コミュニティバス(馬頭烏山線:やしお観光バス)

那須烏山市の主要道路

一般国道
・国道293号
・国道294号
主要地方道
・栃木県道10号宇都宮烏山線
・栃木県道12号那須烏山御前山線
・栃木県道25号烏山矢板線
・栃木県道27号那須黒羽茂木線
・栃木県道29号常陸太田那須烏山線
・栃木県道61号真岡烏山線
・栃木県道64号宇都宮向田線
一般県道
・栃木県道102号烏山停車場線
・栃木県道171号山内上境線
・栃木県道176号杉山石末線
・栃木県道222号熊田喜連川線
・栃木県道233号小川大金停車場線
・栃木県道274号牧野大沢線

那須烏山市出身の芸能人

栃木県那須烏山市出身の著名人には、「ゲッターロボ」「魔獣戦線」「虚無戦記」など多くの人気作を描いた漫画家で、バイオレンス描写を中核にさまざまなジャンルの作品を残した石川賢さん。大正時代から昭和の小説家で「労働者誘拐」「性格破産者」などの作品があり、出生は当時の東京府麹町(現在の千代田区)ですが、父親の故郷である栃木県烏山町で育った江口渙さん。明治末期から大正時代に当時の映画や舞台などで活動した俳優の五味国太郎さん。「モノクローム・ヴィーナス」などの曲がある歌手、シンガーソングライターで、俳優としても活動する池田聡さん。J-POPバンド「LOOP CHILD」でヴォーカル、ギターを務めるミュージシャンの柴野真理子さん。陸上競技選手、陸上競技指導者でもある体育学者で、日本大学名誉教授の澤村博教授。陶芸家として日本を代表する人物である瀧田項一さんなどがいます。
また歴史上の人物では、江戸時代の俳人で、与謝蕪村の師であり、のちに夜半亭宋阿(やはんていそうあ)に名前をあらためている早野巴人(はやのはじん)。江戸時代後期の武士、徳川幕府幕臣、剣客で、薩摩藩に真影流(直心影流)剣術を伝え、剣術師範となった他、関口流(関口新心流)柔術も指導した鈴木藤賢(すずきふじかた)などが、現在の那須烏山市にあたる地の出身です。

那須烏山市町域別対応エリア

ア行

旭1(アサヒ1)、旭2(アサヒ2)、愛宕台(アタゴダイ)、岩子(イワコ)、宇井(ウイ)、大金(オオガネ)、大木須(オオギス)、大桶(オオケ)、大里(オオサト)、大沢(オオサワ)、小倉(オグラ)、落合(オチアイ)、表(オモテ)

カ行

金井1(カナイ1)、金井2(カナイ2)、神長(カナガ)、上川井(カミカワイ)、上境(カミザカイ)、興野(キョウノ)、熊田(クマダ)、鴻野山(コウノヤマ)、小河原(コガワラ)、小木須(コギス)、小白井(コジロイ)、小原沢(コハラザワ)、小塙(コバナ)

サ行

三箇(サンガ)、志鳥(シトリ)、下川井(シモカワイ)、下境(シモザカイ)、白久(シラク)、城山(シロヤマ)、城東(ジョウトウ)、曲畑(ソリハタ)

タ行

高瀬(タカセ)、滝(タキ)、滝田(タキタ)、田野倉(タノクラ)、中央1(チュウオウ1)、中央2(チュウオウ2)、中央3(チュウオウ3)、月次(ツキナミ)、東原(トウバラ)

ナ行

中山(ナカヤマ)、野上(ノガミ)

ハ行

初音(ハツネ)、福岡(フクオカ)、藤田(フジタ)

マ行

曲田(マガッタ)、南大和久(ミナミオオワグ)、南1(ミナミ1)、南2(ミナミ2)、宮原(ミヤバラ)、向田(ムカダ)、森田(モリタ)

ヤ行

谷浅見(ヤアザミ)、八ケ代(ヤカシロ)、横枕(ヨコマクラ)

那須烏山市の施工事例

アンテナ本体 型番

  • デザインアンテナsss

    型番:UAH201(最新モデル)
    (同軸ケーブル:白か黒の2色のうち、おすすめは外壁になじむ色)
    工事費込み 20,000円(税込)

    カラーバリエーションはオフホワイト、ライトブラウン、スーパーブラック、ブラックブラウンの4色から現場で選択することが可能です。同じUHF20素子相当のデザインアンテナを比較した場合、業界トップクラスの受信性能、高利得を誇る大手DXアンテナ社製。本体の厚みはわずか4.9cm、サイズは9cm×22cmで業界最小クラス。コンパクトサイズのため狭い屋根裏や天井裏などへの取り付けも最適。壁面に取り付けの場合は、極細のビスを6箇所打ち込んで金具を取り付け、金具にガチャンと本体をはめ込みボルトを締めるだけの簡単施工が可能なため建物へのダメージを極力軽減できます。ブースターが必要な場合はUAH201の背面にスッキリ取り付けられる構造になっており、表にブースターが露出しないので外観もキレイに保てます(弊社では電波状況が悪くない限り、なるべくブースターも屋内の、分配器の近くに隠してしております)。修理の場合、ブースター内蔵タイプのデザインアンテナとは異なり、ブースターだけの交換をできるメリットがあります。太陽光発電システムや片流れ屋根で屋根上に屋根馬を立てられず昔ながらの八木アンテナを設置できない住宅にも最適。耐風速(破戒風速)50m/sですが、屋内や外壁など、強風の影響を受けにくい取り付け位置と形状をしているため、災害にも強いアンテナとなっております。当店人気ナンバー1の地デジアンテナでございます。

  • 八木アンテナ

    型番:UA20(最新モデル)
    工事費込み 15,000円(税込)

    その昔、八木秀次博士が発明した形状(魚の骨のような形状)からマイナーチェンジを繰り返し洗練されたフォルムとなり、中・弱電界エリアにも対応可能な安心のDXアンテナ社製。UHF20素子アンテナの性能で、吹きさらしで障害物の少ない屋根上に設置することが多いため利得が高くなっております。万が一、壁面や屋内でデザインアンテナを取り付けられない物件 にも最適。従来の鉄製の太いワイヤーとは異なり、ステンレス製の丈夫で錆びにくいワイヤー(支線)を採用。アンテナマストから屋根の四隅に向けて4本の支線を張り巡らせ、さらに張り巡らせた支線の途中からも屋根馬に向けて4本の支線をバランスよく張り、合計8本の支線で頑丈に設置しております。サイズは51.8cm×34cm×101.4cmとなっており、VHF(アナログアンテナ)と比較して、大幅なサイズダウンと軽量化がなされています。しかも耐風速(破壊風速)50m/s。地デジ放送が始まる前の時代より、屋根上に設置するアンテナは災害に強くなっていると言えるでしょう。当店で人気ナンバー2の地デジアンテナでございます。

  • 2K4K8K対応 BS/CS110度アンテナ

    型番:BC45AS(最新モデル)
    工事費込み 15,000円(税込)

    2018年12月1日以降、実用放送開始予定の4K8K衛星放送(NHKのみ4K&8Kを同時配信)に備えてオールマイティーなDXアンテナ社製のBC453をBS放送、CS放送をご覧になりたいすべての方へ提供しております(大規模な集合住宅は例外)。従来の2K専用BS/CS110 度アンテナと同じでサイズで円盤の直径は45センチ。そうでありながら、電送周波数の帯域が広いため、従来のフルハイビジョン(2K放送・約200万画素)からスーパーハイビジョン(4K放送・約800万画素/8K放送・約3,300万画素)まで受信可能です。「大は小を兼ねる」と言えます。2020年のオリンピックに向けて4K8Kの実用放送がますます拡充されるということが総務省より発表され、各メーカーの4K8Kテレビは増産がはじまり、その価格も落ち着いてきました。そのような状況のなか、あさひアンテナにも2K4K8K対応BS/CS110度アンテナの問合せが数多く寄せられております。最新式のアンテナでも、大量仕入れでコストをおさえて仕入れておりますので、低価格を実現できました。